第189話 許しとは

 

 残されたアシュリーはよくわからず、頭を振った。

「これは……どういうことなんだ?」


「あのね、元々この決闘は私とクライン様で仕掛けた罠だったの。

 クライン様にユナのことを相談した時に1度の暗示でそこまでの変貌になるのは、やっぱり魅了があるんじゃないかってことだったの。

 でもドロスゼンのスキルには魅了はなくて、愛嬌と交渉しかなかった。

 でもそれだと何回も暗示が必要になるし、失敗しやすい」



 クライン様は洗脳や心制御について、とても詳しかった。王の近習にもなるとそういうことに関わり合う機会があるんだろうね。


 彼が言うには魅了のスキルを多用すると成功しやすいが発覚しやすくなるそうだ。

 だから初めだけ魅了を使って、他の方法でその効果を持続させるといいんだって。

それには、愛嬌や交渉はとてもぴったりの便利なスキルだそうだ。


 それにその方法だと、クライン様の『真実の眼』でも感知しづらいみたいだ。

 あの方の能力は有名だから、その対策だったのかもしれない。

 ユナと私は彼と同じ授業をいくつも取っているからだ。



「だから何らかの形でドロスゼンは魅了を隠しているとしか思えなかった。

 彼女は魔道具になるアクセサリーの類は付けていなかったが、眼鏡をかけていた。

 それで眼鏡が怪しいと思ったんだ」

 ジョシュはどうやらクライン様への伝言の時に事情を聴いたみたいだ。



「私、前々からドラゴ君に繊細な転移魔法の練習を頼んであったの。それで正当な理由で私がドロスゼンの眼鏡に触れさえすれば転移できるようにしたの。

 戦いのさなかに敵の武器を奪うことは正当な行為だもの」


「ドラゴ君が何にもない時に直接奪ったら、泥棒になるからってことだね」


「うん。それでクライン様に魅了スキルを確認してもらって、逮捕しようって話だったんだ。でも私が彼女を釣るためにクライン様とわざとコソコソしたら、案の定ラリック様に告げ口してくれた。しかもその時に魅了による暗示まで使ってくれたの。

 これはラッキーだったね」


「魅了を何度も使ってうまくいったから味を占めたんだね」


「だと思う。でもラリック様のような王家に近い上位貴族は精神攻撃に耐える訓練をされているそうなの。だからかかったけどすぐにおかしいと気が付かれたみたい。

ラリック様は本当に素晴らしいお方だわ」



 ずっと黙って聞いていたアシュリーが口を開いた。

「それじゃあ、ユナは?さっきあいつが言ってたのは嘘だよな?」

 私を嫌ってた話だな。


「うーん、完全にウソとは言い切れないかも」

「そんなことない」


「魅了はね、受け入れる側にそういう気持ちがあればあるほど深くかかるの。

 だからなかったとは言えない。ユナ結構深くかかっているもの。

 でもね、友達を煩わしく感じたり、羨ましく思ったりはよくあることだと思うの。

 私もユナに男の子紹介しろって言われると、めんどくさいなぁって思うもの」


「エリー」

「でもそういうのを乗り越えて本当の友達になるんじゃない?

 私とユナはまだ浅い関係だったし、そこまでは行ってなかったんだよ。それだけ」

「ユナをもう許してくれないのか?」


「名誉棄損では訴えないよ。それはドロスゼンとの約束でもある。デュエルを受けたら訴えないってね。でもそうね。1つだけ、言うこと聞いてもらおうかな」

「何だよ。それ」

「ユナがまともに話が出来るようになったら言う。大丈夫、悪いことじゃない」

「……わかった。信じる」



 ユナを許すか許さないかなら、もちろん許すよアシュリー。

 でもね、やっぱり前のように打ち解けては話せないよ。

 それは私だけじゃなく、ユナもそうなんじゃないかな?



 洗脳や心制御が外れても、その時の記憶が無くなる訳ではない。

 彼女が元のユナに戻っても、私の秘密を言いふらし、みんなで吊るし上げた記憶は残っている。その後で私を無視しづつけ、癇癪を起して悪口を言い続けたことも記憶に残っている。


 私の方も、この心制御は私を陥れる罠だったのかもしれないから、ユナに大変な迷惑をかけてしまった。

 実際に悪いのはドロスゼンだとは思うけど。


 でももし次に何かあったら、お互いにこの事を思い出すに違いない。



 ユナは結構繊細な子だ。

 だからこの記憶から起こる嫌な気持ちを引きずってまで、無理して私と付き合わなくていいと思う。

 それは私もそうなの。

 この記憶から起こる嫌な気持ちを引きずってまで、ユナと無理して付き合う必要はないと思う。



 許しとは、前のように仲良くすることではなく、お互いにその罪を責めないことだと思うの。



 私は授業中に普通にしてもらえばいい。

 もしかしたら、転校するかもしれないしね。

 あれだけ思いっきりラリック様に啖呵切ったんだから、覚悟しておこう。



 それに妄想に巻き込まれない学校で、資格試験頑張って『常闇の炎』の仕事をしつづけるなんて、それはそれでとってもいいような気がする。

 うん、『常闇の炎』セードン支部なんかもいいんじゃない?

 クランのセカンドハウスもあることだし。



 でもマスターが言ってたみたいに、時が経ってあの時はひどい目にあったねーってお互いに笑って言い合えるようなら、そんな風にお互いこの件を乗り越えることが出来たら、その時はまたユナと仲良くしたいな。



 だからこの件はこれでおしまい。

 ドロスゼンの尋問はクライン様の管轄だ。

 私はマリウスのことを何とかしなくちゃ。



 ヴェルシア様、私はこの道へ進みます。

 お導きいただきありがとうございます。






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