第182話 クライン様の執務室


 クライン様の執務室は、ディアーナ殿下の食堂のような大きな部屋ではなくこじんまりとした部屋だった。



 ダイナー様がおっしゃるには、クライン様は3人の殿下に仕えているため彼らの世話のために必要な手配を日々行っているそうだ。

 王宮から決済の書類が届き、それを精査しながら要不要を分けてサインしているのだという。



 なんかウチのマスターとほとんど変わらないなぁ。



 10歳なのに重いお役目だと思うが、成人すればもっと重責が待っている。

 そういう仕事をすることも一種の訓練なのかもしれない。



 モカはこの部屋をキョロキョロと見回していた。

 落ち着きなよと注意しようかと思ったけど、ドラゴ君がどうしても見ておきたいらしいと伝えてきたので黙っておいた。



「危ない目に遭って気が落ち着かないだろう。サミー、お茶を用意するように言ってくれ」

「はい」

 クライン様は特定の従者や執事を付けていないらしい。

 ダイナー様が食堂にお茶を注文して持ってきてもらうようだ。



「学校側には、トールセン、ハーダーセンに調査を協力してもらう旨を通してあります。ジャンセンの容体についても追って連絡が入るよう手配済みです」

「ディアーナ殿下の姫騎士に、この件は現在調査中のため詳しくは後で連絡すると伝えてくれ」

「かしこまりました」



 ダイナー様が出ていき、しばらくするとドアがノックされた。

「ジョシュ・ハーダーセンです。お呼びと伺い参上いたしました」

「入ってくれ」

「失礼いたします」


「エリー、とんでもないことになったみたいだね」

「うん」


 ジョシュと一緒にダイナー様も入ってきた。

 お茶のワゴンもある。ちゃんと私の従魔3匹分のカップもあった。

 モカはともかくミランダはカップから飲めないよ。でも気遣いが嬉しい。



 ダイナー様が慣れない手つきでお茶を入れようとするので見かねて手伝った。

 いいと言われたが動いている方が気がまぎれるというと、結局全員分の茶を入れることになってしまった。

 まぁ、いいか。



 私がお茶を入れている間、ジョシュは昨日の劇場でのマリウスの様子を聴かれていた。


「そうですね。特に変わった様子はありませんでした。いつもどおり劇場に行って点呼を受けて、居眠りできるように後ろの席に座ったんです。

いつもは1幕で帰るんですが、今回は用があって終幕まで劇場にいて、でも上演はほとんど見ないで二人で居眠りしてたんです」

「帰り際もおかしなことはなかったのかい?」


 ジョシュは少し考えて、

「そう言えば、帰り際首の後ろが痒いって言ってました。虫に刺されたかなって。

それぐらいです。そのまま食堂に寄って夕飯を食べてお互いの部屋に戻りました」

「では今回の用というのは何だったのだね?」



 ジョシュは私を振り返って、

「あのこと言うよ。いいね」

「私はいいけど、アシュリーが」

「悪魔絡みなんだ。例のリッチも関係するかもしれない」

「そうだね」



 それでジョシュはユナが洗脳されているかもしれないということを伝えた。

 その暗示を演劇の授業の時に受けているとの推測から女性用のパウダールームなら密室だからできるのではないかと見張ったことを伝えた。



「マリウスは1階、僕は2階のパウダールームを、幕間の休憩では何もなかったので終幕の後もしばらく二手に分かれて見張っていました。約束した時間になってもマリウスが出てこないので僕も1階のパウダールームを見に行ったらマリウスが出てきたのでそのまま帰りました」


「それで怪しい人物を見かけたのか?」

「いえ、僕は見ていません。マリウスも見ていないと言っていましたが、記憶操作された可能性はありますよね」

 クライン様は頷いた。



「ユナ・ドーンを隔離しよう。私は同じ授業を受けているが彼女が魔法で洗脳されていたり、悪魔憑きだったりする様子はない。

 だがエリー君のいう心制御の可能性はある。

 必要ならレント師に魅了除けを用意させる。それから昨日の劇場の出入りについても調べることにしよう」



「あの、クライン様」

「何だね?エリー君」

「ユナの将来のこともあるので、隔離は内密に行っていただけませんか?それに制御した側に悟られても厄介ですし」

「わかった。今は泳がせておいて、孤児院に戻ってから隔離しよう。サミー手配を」

「はい」



「それにしてもエリー君は寛大なのだね。彼女は君を糾弾した側のように見えたが」

「心制御のせいかもしれませんし、一概に責められないと思います」

「では、彼女を許すのかい?」

「許せるとは思いますが、親しくできるかはわかりません」

 例え洗脳や心制御であったとしても、前と同じにはもうなれないと思う。


 一つはまた同じようなことがあったら、ユナは話してしまうとわかったから。


 そしてもう一つ。

 もし私のせいでユナが心制御されたとしたら、私はユナだけでなく他の誰とも親しく付き合うことは難しくなる。

 仲良くすることで相手を危険に晒すことなんて出来ない。



 もしそうなら、私を狙う誰かを特定して二度とそんな真似を出来ないようにしなければならない。



 でも私にそれほどの価値があるんだろうか?


 しかも悪魔だなんて。


 それも私のせいなんだろうか?

 もしマリウスの魂が救われなかったら、私はどう償ったらいいんだろう。



 ヴェルシア様、どうかマリウスをお救いください。

 どうか、お願いします。


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