第181話 使役虫


 水の日は芸術の授業があって私は音楽、マリウスとジョシュは演劇、アシュリーは絵画だ。


 いつもの昼休みにその日の打ち合わせをする。

「私がクランのヒトから得た情報だと、今回のルワン劇場にはパウダールームが1階と2階にあるの。でもどっちがロイドさんの使えるパウダールームかわからない。

だから二手に分かれて見張ってほしいの」


 劇場のことはビアンカさんに聞いた。

 どうしてそんなことを知りたいのか不思議がられたけど、どうしてもというと教えてくれた。



「わかった。多分2階はボックスシートも近いし、貴族専用じゃないかな?

僕が2階に行くからマリウスは1階を頼む」

「おう」

「2人とも、もしかしたら洗脳が出来るような相手かもしれないから、無理せず見張るだけにしてね。追っかけたり、中に入ろうとしたりしないでね」


「うん、あんまりすぐ前もよくないから、離れて見てるよ」

「そうだな。更衣室の前で女を待ってるなんておかしいもんな」

 うん、確かに。変態扱いされたら困るしね。



「すまない、マリウス、ジョシュ。俺も演劇にしておいたらよかった」

「アシュリー、気にすんな。困ったときはお互い様だからな」

 そういってマリウスがアシュリーの肩を組んでに励ました。



 するとモカが目をキラキラさせて、前足を組んで口元に当てていた。

 あっ、妄想中ですね。

 でもどこにBL要素が?肩組んだから?

 これぐらいで?……解せぬ。



 後でモカに聞くと、

「もう!そう言うことはいちいち聞かないの。でもアシュリーは絶対イケメンになるから見てて楽しい」

「でもマリウスにそういう要素ないと思うんだけど」

「マリウスになくても、いつも心からの信頼を寄せてくれる友達に恋心を募らせる美少年。そしてマリウスはほだされ受け……グヒヒ、美味しいわぁ」

「そんなものかぁ」

 ほだされ受けがよくわからないけどBL、奥が深いようです。






 ◇






 翌朝、私が教会の奉仕活動を終えて、従魔たちと学校に向かおうとすると校庭にマリウスがいた。

「マリウス、おはよう」



 おうという返事がくると思っていたら、マリウスは手に持っている剣で私に向かって切りかかってきた。


「マリウス⁈」

 ふざけてるのかと思ってギリギリで避けたが、彼の持っているのが模擬剣じゃない!本物の剣だ!!


 彼はさらに私に切りかかってきたが、いつものスピーディーな動きではなくなんだか精彩に欠いていた。

 マリウス、いったいどうしたっていうの?



 するとどこからともなく石礫いしつぶてが投げられ、マリウスの剣が手から離れ、次の礫で剣はさらに遠くに飛ばされた。

「ジャンセン、これはどういうことだ!」

 ダイナー様が走り寄ってきたが、マリウスは彼を無視して私に飛び掛かろうとした。



「キュマーー‼」

 モカが聞いたことがないほどの怒りの声を上げ、マリウスの頭にしがみついた。

 そして首の後ろをバンバン叩き始めた。

 マリウスが引きはがそうともがいたが、モカは離れなかった。


「エリー!モカがマリウスの首の後ろに何かいるってすごく怒ってる!」

 ドラゴ君が叫んだ。

 後ろ?叩いているとこ?

「モカ!後ろを攻撃するから離れて!」



 モカが私の叫び声と同時に離れると、私が魔法陣を起動させる前にクライン様の冷静な声が飛んだ。


「魂の穢れを落とせ。浄化プリフィケイション

 クライン様の手から強い光が発せられ、マリウスの首から頭にかけて当たると黒い何かが飛び出てマリウスは地面に崩れ落ちた。



 すると黒い何かは私の方に向かってきた。

 信じられないほどの嫌悪感が体中を走り、とっさにビアンカさんの杭を投げつけると刺さって動きが止まった。



 よく見ると黒に赤い模様の入ったスパイダーだった。



 動きが止まったので近寄ろうとすると、ドラゴ君に止められた。

「エリー、動かないからって安全じゃない。呪いがかかるかもしれない」

「呪いって、じゃあマリウスは?」

「彼は教会で清めなくてはならない」


 クライン様がそういうと、阿吽の呼吸でダイナー様が走って行った。



 クライン様はスパイダーに「聖なる檻ホーリーケージ」と魔法をかけると、ごつごつとした水晶の形をした小さな檻の中にスパイダーは入ってしまった。

 クライン様はその檻を拾い、私の方に向き直った。

「どういうことか、説明してほしい」



 いや、私にもわからないんです。

 でもとにかく挨拶をしたら、マリウスに切りかかられたことを話した。



「このスパイダーは悪魔の使役虫の一つだ。これに憑かれた側は自らの意思を失って支配されてしまうんだ。ジャンセン君の汚染があまり深くなければいいんだが」

「汚染ってまさか?」

「あまりに支配が深いと正気を失う」

「そんな……、昨日の午後まではいつものマリウスだったんです」

「半日か、まだ間に合うかもしれない」



 そんな……マリウス。どうしよう。



「彼の午後以降の予定を知っているかい?」

「芸術の授業で劇場に行きました。ジョシュが一緒です」

「ハーダーセン君か。わかった。彼からも事情を聴こう」



 クライン様は私の投げた杭を、プリフィケーションで清めてから返してくれた。

「……聖属性の杭。こんなものを常備しているのか?」

「はい。リッチが出たのでクランのヒトが心配してくれて、用意してくれたんです」

「なるほど、これが聖属性でなかったら危険な行為だった。なぜこの杭を選んだ?」

「わかりません。ただものすごく嫌な気がしてとっさに投げてしまったんです」

「エリー君、君には本当は称号があるのではないか?勇者や聖女のようなものだ」



 私はハッとして、クライン様を見上げた。

 それはレオンハルト様が前に私に聞いてきたことと同じだからだ。



「いいえ、ないんです。本当にないんです」

 頭を振る私をクライン様はじっと見つめていたが、

「ウソは言ってないようだね」

『真実の眼』で精査されていたようだった。



 こんな話をしている間にダイナー様が教師たちを連れてきて、マリウスは担架で教会に運ばれた。



 モカが私に近寄ってきたので抱き上げると、クライン様はモカの頭を撫でた。

「モカ殿のおかげではやく悪魔憑きがわかりました。感謝いたします」

「モカが殿も敬語もいらないよ、だって」

 ドラゴ君の通訳を聞いて、クライン様は見たこともないくらい優しく微笑んだ。

「では、ありがとう。モカ」

 すると私の腕の中でモカはふにゃふにゃになった。


「おや、どうかしたのかな?」

「多分、緊張が解けて疲れたんでしょう。休ませたいのですが」

「ああ、それがいい。君とハーダーセン君は私の執務室に来てくれ。悪魔の存在は無視できない。場所はサミーに案内させよう」



 それでモカをドラゴ君に預けてダイナー様についていこうとしたら、モカが抗議の鳴き声を上げた。

「一緒に行くって」

「なら、おいで。ドラゴ君、ミランダ君、君たちも来たまえ」



 それで私たちはクライン様の執務室へ行くことになった。



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よろしくお願いいたします。



熊って、クマークマ―って鳴くから熊なんだそうです。

怒りすぎてキュマ―になってます。

モカは怒りの余り、エリーの沈黙の魔法を破ってしまったのです。





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