第166話 白虎


 朝ご飯が済んでクランの従魔舎に向かうと、ジャッコさんはいなかったが一匹の巨大な白い虎が寝そべっていた。


 少し金色を帯びているような白い毛並みがとても美しかった。

 体は大きいも大きい。どれくらいって言いにくいんだけど12人のベッドが入る乗合馬車よりも大きいです。



 そっと周りを見渡してみたが特に指示書と言ったものはなく、どうやらこの虎のお世話が今日のお仕事の様だ。

 後ろにいた3匹の従魔もあんぐりと口を開けて白い虎を眺めている。



「もしかして白虎?」とモカが言う。

 もう!いつの間に魔石外しちゃって。でも今は誰もいないしいいか。

「ビャッコ?」

「そう、向こうの世界でも伝説の生き物として知られていたわ。幸運を司る百獣の王としてね」

 ふーむ、由緒正しい魔獣なのだな。



「おはようございます。ビャッコさん。私はこのクランの仮契約中のエリーです。

 ジャッコさんのお手伝いに来たんですが、近寄ってもいいですか?」

 するとビャッコさんは体の下から特大ブラシをスーッと差し出した。

 これでブラッシングするんですね。



 それで一生懸命ブラッシングをした。

 ビャッコさんはすごく大きいので梯子も使った。

 下を見るとみんなも小さなブラシで足元を磨いていた。



 3時間ほど頑張っていたら、片足が伸びてきて私を掴んだ。

 しっかりした肉球にきゅっと挟まれる。肉球、柔らかいです。

 なになに?と思ったが、背中の上に乗せてくれただけだった。



 うわぁ、すごいよ。この毛並み。

 今までに触ったこともないぐらいの極上の肌触り。

 毛足が長めのせいか私の体は少し沈んだ。

 ダメだこれ。ヒトを駄目にするお背中です。もふもふ。



 気が付くとドラゴ君もミランダもモカも、全員背中に乗せられていた。もふもふ。

「エリー、ぼくなんだかとっても眠いんだ」

「あたしもー」

「みぃみぃ」



 私がビャッコさんから起き上がろうとすると、太くて長いしっぽがトントンと私を寝かしつけるように優しく叩いてきた。

「お昼寝していいんですか?」と聞くと、肯定するかのように尻尾で頭を撫でられた。


 ビャッコさんもすっかり眠る体勢のようだしお言葉に甘えてしまおう。もふもふ。

 明日は久しぶりに狩りをしなくちゃいけないし、ここで英気を養うんだ。


 1時間ほど眠ると、ビャッコさんは尻尾で私たちを起こしてくれて、転移して帰ってしまった。



「すごく気持ちよかったねー」

「うん。あたし、おじいさまのおかげで最高級ホテルや素敵なお城に泊まったことあったけど、その中でも最高のベッドだったわ」

「ぼくも。ちょっと沈むところが抗いがたかった」

「みぃー!」


「でもエリー。あの虎、白虎かどうかわからないのにずっとそう呼んでたね」

「えっ、正式名称じゃないの?私許可がないと鑑定しないんだ」

 もちろん、敵に会ったらしますよ。自衛だから。


「モカ、鑑定なかったっけ?」ドラゴ君が聞く

「うん、異世界転生必須スキルなのに鑑定ないなんて残念。そのうち習得できるかな」

「ぼくわからない。とりあえず習得練習してみれば」

「そうする」



 体を動かしてみるととにかく軽く感じた。

 ものすごい癒し効果だ。


「ものすごく強い魔獣だった。隠蔽されていて名前もわからなかったし。

 あれはぼくも敵うかわからない。敵じゃなくてよかったよ」

「本当に。それにあのもふもふに攻撃なんかしたくないよ」

「確かに。あれは神の宝だわ~」

「みゃぁ!」

「ミラもそう思う?」

 私がミランダを抱き上げると、嬉しそうに腕の中で丸まった。



「あー、ミラは甘えっ子だ」

 クスクスとモカが笑う。

「あっそうだ。モカ、勝手に魔石外したらダメだよ。明日はみんなと狩りなんだから」

「わかってるって。従魔舎に誰もいないから。明日はちゃんとつけておくよ」

「お願いね。私、モカと離れたくないの。明日は秘密を守ってくれない人がいるから絶対だよ」



 午後の食事がすむと、私は明日のためのポーションと武器の確認をした。

 ドラゴ君とミランダとモカは、サンディーちゃんたちに連れていかれてしまった。

 3匹はすっかりここの子どもたちと仲良しなのだ。



 あとはお弁当の準備もして、防具といってもいつもの制服にローブ、リボンカチューシャにリザードマンの手袋だ。

 一応弓と短剣、投げナイフ、杭も持っていく。魔法攻撃が効かない特殊個体に会わないとも限らないから。



 明日の朝に備えて今日は早寝することにした。


 私がベッドに入ると、3匹も同じベッドに入ってきた。

 もちろん、嫌ではない。むしろ、嬉しい。

 でも、なんだか私が甘えん坊になりそう。

 皆と一緒に寝れなくなったら寂しくて眠れなくなるかもしれない。



 でも今はみんなに甘えよう。

 今日も一日ありがとう。

 ヴェルシア様、おやすみなさいませ。





 ◇




「アラ、ビャッコさん。お疲れさまでした」

 ビアンカが従魔舎から戻ったジャッコに声を掛けた。


「……明日の狩りのためにマスターが守護を掛けてくれって言うからな」

「でも、安易ヨネ。ビャッコのByをJに変えて、ジャッコだなんて」

「マスターにはネーミングセンスがないんだ。初めはシロだぞ。ビアンカがいるのに」

「そうネェ、アタシも髪が白いからシロだったのヨ。ユーダイがかわいくないからビアンカにしてくれたの」



 ジャッコは神獣ではあったが、ただ昼寝が好きな白虎だった。

 東の深い山奥に住んでいたのに、人間どもがやってきて昼寝の邪魔をするので戦うのが嫌でどんどん西に逃げていた。

 すると今度は討伐目的の冒険者がやってきて、殺そうとするので追い払っていたら、最後にユーダイとビリーが来たのだ。



 ユーダイはジャッコを見て、

「白虎じゃないか!神獣だから殺しちゃだめだ」と彼の話を聞いてくれた。

 そしてジャッコは新しい昼寝場所の代わりに、2人と契約したのだ。



 それからユーダイが亡くなって、大変そうなビリーを見かねて人化して手伝い始めて、今に至っている。

 昼寝のために契約したのに忙しすぎないか⁈と思いつつ、なんだかんだと手伝っている。



 ジャッコも従魔が増えれば、自分の仕事をさせることが出来るのでテイマー兼サモナー兼ネクロマンサーになった。

 彼が髪も眼も肌も黒い魔族の姿に擬態したのは、白虎だと悟られないためだ。


 白虎が血に狂い、悪に穢れると窮奇きゅうきという祟り神となるというつまらない迷信がある。白虎と窮奇は全くの別物だというのに。

 それを信じて討伐しようとしてくるものを近寄らせないためだった。



 ジャッコと同等の位の神獣か、契約者のビリーとその眷属ルード、長年一緒にいるビアンカしか知らない。

 年若い聖獣モカや神獣に近いドラゴにも見破ることは出来なかった。



 裏『常闇の炎』は魔族以外からも構成されているのだ。


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肉球でものは掴めないとか、本当はちょっと固いとかはナシですよ。

肉球好きにとって、肉球に挟まれるのは夢なのです。ロマンなのです。

白虎さんは片足でエリーが掴めるくらい大きいのです。





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