第163話 薬草不足


 2級裁縫師試験も無事合格して帰ろうと片付けていたところ、裁縫ギルドマスターのキャッスルさんから声がかかった。



「トールセンさん、次は1級裁縫師ですね。講習5日間のあと週末2日の試験ですが受けますか?」

「はい、お願いします」

「学校の後、毎日ですよ」

「かまいません」


「ただ、あなた一人のために講習会は出来ないんです。あと2人必要です。人数が集まるまで試験はありません。ですが私の名の下にあなたを必ず講習会に呼ぶことを約束します。それで構いませんか?」

 そうなんだ。

 でも迷っている場合ではない。



「よろしくお願いいたします」

「ではこの申込用紙に記入してください。約束を違えないための魔法契約をいたしましょう」

「いいんですか?」

「ええ、職業ギルドは信頼が第一ですから」



 私は申し込みに記入して、次に1級裁縫師の講習と試験に必ず呼んでもらえるように魔法契約した。

 どうしてこんなに良くしていただけるのだろう?

 あの受付の人なら、絶対に黙っていると思う。

 あれ?そういえば最近見かけないな。



「あのー」

「なんでしょう?」

「前にいらした受付の女性、最近お見掛けしませんが……」

「ああ、ラムですね。彼女は辞めました。元の職場に戻ったようです。受付をする人材は他にもいますので問題ありません。何か用事でもあったのですか?」

「いえ、お見掛けしないなと思っただけです」

 王都のギルド事務員なんか結構なエリートなのに転職する人もいるんだな。

 ああそうか、優秀だと引く手あまたなのかもしれない。



 週末が空いてしまった。

 それでクララさんに学校の友達に薬草採取の付き添いに来て欲しいと言われたが、お金をくれないかもしれないことを伝えた。

「そうね。それを何度もされると困るけど、1度くらいなら友達と遊びに行ったことにしても構わないわ。あなたにも付き合いがあるのだから」



 いいんですか?

 そのことを3人に伝えるとみんな大喜びしていた。

 というわけで、皆とセネカの森に薬草採取のピクニックに行くことになった。



 お昼休憩の時にみんなで決めごとをする。

 まず冒険者パーティーを組むかという話になった。


「普通は組んだ方がいいんだろうけど、どうしよう?」

「これは絶対なんだけど、私が採取したものが混じってしまうと不正をしたと見なされるから一緒にしたらいけないんだ。今回はランクアップが目的だからね」

「そうなんだ。つまりエリーの戦力は当てにできないってことだね」

ジョシュが考えるように頷いた。


「間違えて出したって言い訳してもダメだよ。だから私とパーティーは組まない方がいいと思う。ウチの従魔3匹もくるから別パーティーで、共闘すればいいと思う。

それで獲物はラビット系を優先的にそっちのパーティーが、他のはこっちのパーティーで倒そうと思う。

 もちろん、みんなに余裕があるなら一緒に戦ってもいいと思うけど、あと10匹狩るんでしょ。それとマジックバッグは持ってるの?」


「ジョシュが親父さんから借りてくれてるんだ。ありがとな、ジョシュ」

「僕も必要だからね」

「すごいね。ジョシュのお父さん」

「庭を作るのに土を買うことがあるんだ。そのために大枚はたいて買ったんだって」

 それでもすごい!



 やっぱり王宮勤めの庭師ってお給料高いんだろうな。

 ジョシュは身なりも悪くないし。制服の生地も皆よりちょっといいんだ。

 だからますます何で文官になるんだろう?

 騎士が嫌いなのかな?

 いや剣の話とか、嬉々として話し合ってたぞ。


 まぁ、事情があるんだろう。

 お母さんが反対しているとかね。

 うん、ありそう。



「そういえば、アシュリーはEランクなんだし、無理していかなくてもいいよね?」

「最近、肉が不足している」

 ああ、それでマリウスたちとパーティーを組んだのか。


 学校は基本的に全員寄宿することになっているが、孤児院の子どもたちだけはそれが免除されている。

 理由は彼らが孤児院の収入を支える冒険者になるからだ。



 でもユナは火属性持ちだから森での戦闘に向かないし、ケインも文官科志望で戦闘向きではない。

 アシュリーのように狩猟も出来る冒険者が肉を狩ってみんなの食卓を守るのだ。

 でも簡単に狩れるアランカの森がああいうことになって苦労しているのだろう。



 本当にリッチ出現はみんなにとって思いもしないことだったんだ。



「みんなに相談がある。ユナとケインも連れていきたい。

 実はアランカの森で薬草採取が出来なくて、孤児院の収入が下がっている。

 だが俺らにDランク冒険者を雇う余裕なんかない」


「俺らは構わないけど……」マリウスが口を濁す。

「ユナは私に近寄るなって言ってきてるんだけど、知らないの?」

 授業で先生に言われて教えただけでもあの態度なんだから。


「そうなのか?俺には何も言わない」

「言いたくないのかもよ。ユナの事情もあるでしょ。周りの友達に近寄るなって言われてるかもしれないし。

 彼女は商家に嫁ぎたがってるんだから、評判の悪い私に近寄りたくないんじゃない?私もムスッとされたら気分よくないし。

 それにこれが一番の理由だけど、私が嫌いだからって勝手な行動取られると命の保証は出来ないよ」



 遊びに行く名目とはいえ、引率である私は彼らの命を守らないといけないんだ。

 もちろん、ドラゴ君やモカがいる限りたぶん問題はない。

 でも勝手に遠くに行って、知らないうちに魔獣に襲われたら助けられないかもしれない。

 それを私は危惧していた。



 アシュリーは本当に事情を知らなかったみたいで黙り込んでしまった。

「私の方は一緒に来ても構わないよ。ただ連れてきても私のパーティーじゃなくそっちのパーティにして。それでユナの方の顔も立つでしょ。

 近くにいてくれれば危なかったら助けるから、勝手な行動を取らないように見張って置いてね」



 今回の薬草不足って、孤児院の収入も下がるほどなのか。

 クランの薬草採取も減っているのかもしれない。

 ちゃんと確かめておこう。





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