第160話 社交の授業
只今、社交の授業中です。
担当のパトリシア・セロー先生の指示に従い、お辞儀をしたり、ドアを開けたり、椅子を引いたりした。
貴族たちと同席しても失礼に当たらないよう身のこなしを覚えなくてはいけない。
この授業はこのようなマナーの基本を繰り返し行い、お茶会や社交場でのふるまいについて学ぶだけだったが、体育の授業の内容が変わったのでこれからはダンスもこの授業で習うことになる。
ダンスになるとパートナーが必要だ。
ジョシュやってくれるかなぁ。
マリウスは……リズム感がちょっと。でも誰もいないよりはずっといいけど。
「はい、さすがAクラスですね。お辞儀も身のこなしも美しいですわ。
それでは次の授業からエスコートの練習を始めたいと思います。
ですが女性が2人足りませんね。わたくしが相手でよろしいかしら」
「セロー先生、このクラスは男女10名ずつです」
「えっ?ですが」
「女生徒のエリー・トールセンが男子の制服を着ているんです」
「トールセンさん?あなた女の子でしたの?
まぁ、言ってくれればあなたに女性のマナーをお教えしたのに」
「トールセンさんのことなら、心配いりませんわ。彼女はエイントホーフェン伯爵夫人のお墨付きをもらっていますもの」
ラリック様が口添えてくれた。
「まぁぁ、そうでしたの。わたくしも伯爵夫人の生徒でしたのよ」
セロー先生は、大変おっとりした女性でのんびりとした口調で続けた。
「ちなみにどのくらいもちましたの?」
あっ、これはあれだな。エイントホーフェン伯爵夫人あるあるだ。
「2時間18分です」
「負けたわ。わたくし2時間4分だったわ」とディアーナ殿下がつぶやいた。
周りの、特に男子は何のことかわからない様子だ。
「エリー、それ何の時間だ?」
マリウスが素直に聞いてくれたので、
「身体強化を使わずにカーテシーを続けていられた時間」
「ゲッ!」
カーテシーはドレスを着て優雅なしぐさでするお辞儀のことだが、腰を落として膝を折った状態なので結構筋肉を必要とする。
「あら、驚くことはございませんのよ。
古い文献にございますの。我が国からの輿入れを快く思わなかったさる王国で我が国の王女を何時間も無視をした、という話ですわ。
王女は無視されていた間、見事なカーテシーを続けて相手を屈服させたのですわ。
それからは貴婦人の心得としてカーテシーを長く続くようにいたしますの」
そう言って、ほほほとセロー先生は優雅に笑った。
むしろその強靭な筋力に驚いたのでは?と思うのだが、相当古い話だそうだからもう真相はわからない。
「では、人数的には問題ございませんわね。ではまた来週」
「先生はトールセンに制服の指導をなさらないのですか?」
マキシム・コーウェイ伯爵令息が質問した。
「制服ですの?確か規定の制服を着ることということで2つ提示されていましたわね。トールセンさんは規定に則っていると存じますわ」
「いえ、そういうことではなく」
「わたくしの時代にもいらしたのですよ。その方は男性でしたわ。
お心の病を患ったご家族のために女装をしたいとのことでしたの。
とてもお美しい方で、その辺りにいる女性などかすんでしまうほどの美女ぶりでしたわ。今はそのご家族が亡くなられて、男性にお戻りですの。
トールセンさんの事情は存じませんけれど、学校が認めているのであれば問題ありませんわ。
でもそうですわね。ダンスの授業の時はスカートを履いていただけますこと?
男性はスカートに触れないギリギリのところで動くので目安として必要ですの。
用意していただけるかしら?」
「かしこまりました」
もう持っているんだけれど、あるとなるとなぜ履いてこないとか言われそうなので黙っておいた。
セロー先生が心の広いお方で本当に良かったです。
後でニコルズさんに聞くと男性のケースは珍しいそうだが、女性が男装するのはたまにあるらしい。
ただ私のようなドレスを買いたくないという理由ではなく、姫騎士としてスカートを気にせず何時でも戦える状態でいるためだったそうだ。
私の男装が注意されなかったのは先輩が作ってくれた道のおかげなのだ。
有難いことです。
余程のことがない限り、私は男装を止めるつもりはない。
なぜならいじめのおかげで、制服にありえないほどの付与を掛けたため、そこいらの防具よりも防御力があがってしまったのだ。
卒業しても着ていたいぐらいだ。
エヴァンズの制服は紺色のスーツで、胸のエンブレムさえとれば他のスーツとわからなくなるからぜひそうしようと画策している。
ただ素手(手袋なしという意味ではない)ならば、触れられるのをどうするかは考え中だ。
授業の折りにヒトに触られることはままある。
例えば、マナーの授業で姿勢を治していただくとか、エスコートで手を引いてもらうとか。
他にも先生が見本を示してくれる時にちょっと触れられるとか。
挨拶の時の握手とか、ハグとか、後ろから肩を叩いて呼び止められるとかもある。
階段から突き飛ばされたり、しりもちをつかされたりもあるので、悩んだがやはりかけないことにした。
攻撃しようとしてきたらよければいいのだ。
全く触れらないようにするとかえって弊害が起きる。
私に誤ってぶつかりそうになったヒトをはじいてしまう可能性だってある。
ケープをまとえば物理攻撃も遮断できるから、体育の授業やダンジョンはそれでいいはずだ。
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