第154話 劇場での打ち合わせ


「モカ、眼帯苦しくない?」

 魔石の効果で話せないのでモカは首を振って否定した。

「じゃあ、行くワヨ」

 ビアンカさんにエスコートされて私とモカも馬車から降りて、ジャッコさんに行ってきますと挨拶してから劇場の裏口の関係者入り口から入った。



 ビアンカさんは慣れているようでまっすぐ奥の楽屋に進み、ドアをノックした。

「本番前は声かけるなって言ってんでしょ!」

「アラ、ごめんなさい。アタシだけど」

「あっ、ビアンカ?ビアンカならいいわ、入ってきて」



 中の人の声に従って楽屋に入ると、下着姿にガウンだけの女性が化粧台の間に座っていた。

 すごい美人女優と伺っていたが、きれいだけど思ったより地m……ゲフンゲフン。

 素晴らしく均整の取れた体形で、豊かな胸元はベルさんほどではないがなかなかの凶器だった。



「やだ~っ!ビアンカ、エリーちゃん連れてきてくれたのぉ」

 さっきの怒鳴り声と全然違う甘えた声でビックリした。


「そうヨ、エリーご挨拶」

「『常闇の炎』仮クランメンバー、エリーでございます。こちらはわたくしの従魔のモカでございます。

 本日はお招きいただきありがとう存じます」


「アレーナ・シーモアよ。ヤダ、本当にお人形さんみたいに可愛いわ。

こっちのくまちゃんも可愛い。いける、この感じだわ。

ちょっと誰かトラウト呼んできて」

 シーモア様が楽屋の外に声を掛けると付き人らしき人がバタバタと走っていった。



「シーモア様、ささやかですがブーケでございます」

「あら~、アレーナでいいわ。こんな可愛い子にお花もらうなんて初めて。嬉しい。ありがと」


 時空魔法はまだ出来ないので、時間を止めることは出来なかったが直前にアクアキュアを掛けて傷んだ部分を治してあった。

 だから今も美しく咲いている。

 教会に飾るお花だったのでさほど華やかな訳ではなかったが、淡いピンクのコスモスを中心に秋の花でまとまっている。



 付き人さんが戻ってきたのでアレーナさんは私のブーケを生けるように渡して、入れ替わりに眼鏡をかけた男性が入ってきた。

「うわ~、マジか。眼帯ロリメイド、尊すぎ!これで戦闘出来たら最高ー」

「エリーは冒険者だから戦えるわヨ」

 このロリってあれかな?ハルマ用語の幼い女の子のこと。あれ?なんか拝んでますか?



「トラウト、あんたの草案にピッタリな感じじゃない?」

「うん、ヤバい。この子舞台に上がれるの?」

「ダメ。ウチのエリーは学生で勉強に大忙しなの。舞台には上がらないワ」

「ええ!そんなぁ、理想が服着て歩いてるのに」

 ?それって理想は裸ってこと?なんだか怖い。



「トラウト、新作の主役は私でしょ。こんな幼い少女の恋愛劇なんか上演できないわよ」

「でも、勿体ない……」


「そうねぇ、エリーちゃんは無理でも子役にこの衣装着せて私との絡みがあるのはいいわよね。そういうシーン入れられる?」

「もちろん、任せてよ」

「じゃあ、この服は脇役用に銀糸を取り除いてパニエも少なくしたら?それで……」


 3人の大人達は舞台衣装の話で大いに盛り上がっていた。ビアンカさんは舞台で映える方法もよく知っているみたいで専門用語が飛び交っていた。私にはわからないものも多かった。



 私はいいと言われたので座って待っていたが、モカが退屈になったみたいだったので膝の上に乗せてダンスをさせていた。


するとアレーナさんが私たちを見て、

「何それ!可愛い!トラウト。これ使えるわよ」

「そうだね。ティーカップテディベアは買えないけど、自動パペットにして踊りを入れたらどうだろう」

 よくわからないけど、なにか創作意欲を掻き立てたようだった。



「開演30分前です」

 廊下から付き人さんに呼びかけられた。

「あら、いけない。私着替えなくちゃ。ねぇ、せっかくビアンカが来てくれたんだから手伝ってよ」

「モウ!しょうがないワネ。初めからそれ狙ってたんでショ」

「バレちゃった?うふふ」



 それで脚本家のトラウトさんは楽屋を出ていき、ビアンカさんがアレーナさんの化粧と髪をすることになった。

「髪飾りにエリーちゃんの作ったバラのコサージュ使うワネ。今日の曲目にバラの乙女があったから絶対いいと思うの」

「何よ、ビアンカも狙ってるじゃないー」

「コレは営業努力というの」

 どっちもどっちだが二人とも満足そうなので大丈夫だろう。



 ヴェルシア様、どうやら私が営業する必要はなかったみたいです。

 ビアンカさんのデザインのおかげだな。



 ビアンカさんがアレーナさんの化粧と着付けを済ませると、先ほどの地味な女性とは全く別人のスタア女優がそこに座っていた。


「開演5分前です」

「じゃ頑張ってネ」

「もっちろん。エリーちゃんも楽しんでってね」

「ありがとう存じます」


 アレーナさんの用意してくれた席はボックス席だった。

 モカがいるから気を使ってくれたんだ。

 ありがとうございます。

 ビアンカさんが眼帯を外していいと言ってくれたので、よく見えるように外しておいた。



 舞台はオーケストラの伴奏で、アレーナさんと相手役の人が恋のさや当てを歌で表現するものだった。

 面白いのが一枚の幕に庭園の絵やパーティー会場の絵があって、場面転換の時にスルスルーと引っ張ると次の幕が現れるようになっているのだ。

 舞台袖で誰かが巻き取っているんだろう。



 もうすでに有名な歌の間を知らない曲がつなぐ。

 とても素敵な曲なので作曲者を知りたかったが、名前が出ていなかった。

 ビアンカさんに聞くと、

「ああ、その子音楽家だから名前出せないのヨネ」

 音楽家?



 聞くと音楽家は上級学校で音楽は学ぶものの魔法の力が少なくてプロの楽士にはなれず、趣味で音楽を楽しむ人程度の扱いになるそうだ。

 でも作曲なんて相当な音楽知識がないと出来ないし、なによりこんな素晴らしい才能が素人の仕事な訳がない。



「このバルティス王国は魔法が使えるか使えないかで大きく差が付く職業が多いワ。メイドだってお茶を注いだり、身支度したり位なら魔法なんていらないデショ。

でも魔法持ちの方が優遇されるのヨネ」

 そんなのおかしい。

 能力の高い人が魔法のあるかないかで左右されるなんて。


「ああ、でもそれは貴族向けだけだから。平民の中ではやっぱり能力のある子が人気あるワヨ」

 また貴族か、嫌だなぁ。



 何度も思うけど貴族って私が思っていたものと随分違う。

 体面を重んじたり、見えを張ったりするのも、領地領民のためなのだって貴族大全に書かれてあるのに。

 貴族大全とは貴族のマナーやしきたり、心構えが載っている本だ。

 残念ながら、貴族を素手で触ってはいけないは載っていなかったけれど。

 私は追補で載せるべきだと思う。



 舞台は休憩を挟んで2時間ほどで、大盛況に終わった。



 ビアンカさんとジャッコさんはまだ仕事があるそうなので、ドラゴ君が迎えに来てくれた。

「じゃあ、先に帰ります。ビアンカさん今日は楽しかったです。ジャッコさん、ありがとうございました」


「こちらこそありがとネ。エリーちゃんのおかげで追加注文も入ったのヨ。

ドラゴ、エリーちゃんをお願い」

「気を付けて帰れよ」

「わかってるってば。じゃあ、エリー行こ!」

 ドラゴ君と手をつなぎながら、今日の音楽劇の話をしながら寮に戻った。



 ああ、今日は楽しかったなぁ。

 音楽に包まれて一日を終えるなんてサイコー!

 またいつか行けるといいな。


 ヴェルシア様、素晴らしい一日を与えてくださり、ありがとうございます。



 後日、クランに大量のバラのコサージュの注文が入った。

 歌劇を見て、女性にプレゼントしたいという貴族やお金持ちが殺到したのだ。

 

 アレーナさんの人気と、ビアンカさんの読みの深さには脱帽です。


-------------------------------------------------------------------------------------------

スターではなく、スタアにしたのは、なんとなくスターだと軽い感じがしたから。

銀幕スタアって、本物にしか絶対につけないですから。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る