第153話 劇場へ


 ドレスは黒を選んだけれど、前よりも銀の刺繍がたくさん入っていて華やかになっていた。スカートの下にフリルがたくさんついたパニエも履いた。

 モカは同じドレスだけど、刺繍の量は少ない。

でも気に入ったみたいで、鏡の前でクルクル回っていた。



「ビアンカさん、これメイドにしては派手じゃないですか?」

「舞台の上だとネ、本当のメイド服では目立たないのヨ。そのドレスはヒロインが着るもののサンプルで、これを元にさらにアレーナに合わせていくの。

エリーちゃんに着せたのはアタシとアレーナの趣味何だけどネ」



 私とモカが着替えて部屋を出ると、ビアンカさんも盛装に着替えていた。

 男性貴族風の格好だ。

私の黒のドレスに入っている銀の刺繍と同じ文様が入っている。

 いつも女性的なお化粧の似合うビアンカさんだが、男性の姿もとても様になっていて格好良かった。



 ビアンカさんは私の扮装を見て、納得がいかないように首を振った。

「エリーちゃん、この銀髪のかつら被って。その方が魔族っぽい」

 魔族のヒトに魔族っぽいって言われるなんてちょっとおかしかったけれど、ブリムを銀髪ロングヘアのカツラに付け直して被った。

 巻き毛でふんわり広がっているので、いつもより華やかに見えた。


 茶色じゃ地味だったんですね。



 教会でもらった小さなブーケを招待してくれたアレーナ・シーモアさんにプレゼントしたいとビアンカさんに伝えると、少し地味だけどOKがもらえた。



 外には黒塗りに金の窓枠の瀟洒な馬車に馬が取り付けられている。

御者はなんとジャッコさんだ。

「ジャッコさん、珍しいですね」

「ああ、まぁな。エリーもドレス可愛いぞ」


 そう言っていつもの体重測定の持ち上げをされた。

「軽い」

「よく食べるんですけど、消費も早いみたいです」

「今度バターかチーズが手に入ったらエリーにやる」



 バター!チーズ!嬉しい~!!

 バターやチーズの元になるミルクは魔獣からのドロップ品しかなく、かなり高価な食材なのだ。

 何とかミルクを出す魔獣を家畜に出来ないか試行錯誤しているそうなのだが道半ばらしい。


 魔獣でないミルクを出すヤギという獣がいるのだが、高山に住んでいて気性が荒く少しクセのあるミルクなのだ。だから牛系魔獣のドロップの方が人気だ。

ちなみに牛というのはこれまでの勇者が付けた名前だそうだ。



 だから庶民は植物由来の乾燥ミルクの粉を使っている。

 ただ味は似ているけれど油脂成分はなく、バターやチーズ、クリームは取れないのだ。

 私もバターは大事な従魔たちのおやつかお茶会でのお菓子にしか使わない。

 モカの教えてくれたデニッシュが簡単に出来ないのはそのためだ。



『常闇の炎』が菓子店を営めるのは攻略班が牛系の魔獣をよく狩っているからだ。

 そう思えばこのクランがとてもよく機能していることが分かる。

 攻略班が素材を持ち帰り、製作班が作って、攻略や製作に向かない人が販売やサービスをしてお客に届ける。


 製作班には会ったことがないけど農作物を効率よく生産できるように研究している人もいるみたいだ。

 小麦とか、砂糖とか、薬草もその人のいる地方の支部で作っているんだって。

 一度会ってみたいな。



 馬車に乗るとビアンカさんから私とモカに眼帯を渡された。



「どうしたんですか?これ?」

「あのネ、今度の脚本家がこういうの付けてほしいって言ってるの。抱っこするテディベアとお揃いなんてエモいんだそうヨ。だから馬車から降りるときにつけてネ」

 意味がよくわからない。えもい?


「片目だと危なくないですか?」

「付ければわかるけど少しは見えるようにしてあるし、ちゃんとアタシがエスコートするワ。今日着ている衣装を確実に売りつけるためヨ。よろしくネ」

「はい……」


 私自分でものを売ったことがないから知らなかったけど、営業ってこういう事もするんだなぁ。

 そういえば事務部門に営業専門の人もいるって。会ったことないけど。

 クランハウスで夕飯を取らない人とは会ったことないんだよね。



 ビアンカさんにそういうと、

「ああ、フィーのこと?あいつになんか会わなくってもダイジョウブ。

あいつはネ、夕食はほとんどお客様と取るのヨ。

なんていうか懐に飛び込むのがうまくて可愛がられるタイプなのヨネ。

だからクランにはマスターに報告に来る時しか来ないワ」

「いろんなヒトがいるんですね」


「アタシたちのクランは先代勇者曰く、『カンパニー』なのヨ。大きな商会ネ。

普通のクランだったら冒険者パーティーの寄せ集めを取りまとめているだけのところも多いから変わってるワヨネ。

でも最近はアタシたちの手法を取り始めているクランも増えてきたの。

アリルみたいな天才魔道具技師なんかはめったにいないけど、腕のいい薬師の子を集めてポーションたくさん作らせて攻略を有利に進めるとかネ」


「その方が効率いいですよね。一人で全部出来る人なんてそうそういませんし」

「そうネ。マスターも悪くないけど、ユーダイは素晴らしいリーダーだったワ」

「ビアンカさん、会ったことがあるんですか?」

「まあネ」



 そういうとビアンカさんは何かを懐かしむような、愛おしむようなそんな優しい顔になった。

 その顔はこの間恋の話をした時にも見せた顔だった。

 ビアンカさんの恋しいヒトって、先代勇者ユーダイ様?



 そうこうしているうちに、馬車が止まった。

 ラッセル劇場に着いたのだ。



 ヴェルシア様、頑張って営業してこの衣装ご購入していただいてきます。

 どうか私にお力をお貸しください。





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