第145話 恋について


 クランに戻ると、ビアンカさんにっこり笑って手招きしてきた。


「エリーちゃんお帰り。もう試験受けるところ決めたの?」

「はい、まずは裁縫ギルドから始めます」

「アラ、優先順位低そうだけど。

でも実はアタシもそうして欲しいって頼もうと思ってたのヨネ」

「何か必要なお手伝いがありますか?」

「詳しく話すからコッチ来て」



 そう言われて裁縫室の方に入ると、黒に銀のレースのドレスと白に紫のレースのドレスが置いてあった。どちらもフリルを多用した子供用のドレスだ。でも生地は綿でちょっと砕けた感じもする。

 よく見るとドレスと合わせたメイドが頭につけるブリムとエプロンもある。



「これは?」

「これは舞台用のサンプルドレスなの。魔族の少女がメイドになって仕えている貴族と恋に落ちる話らしいワ。だから魔族っぽいイメージで作ってって言われてネ。」

 どうやら身分違いの禁断の恋をテーマにした新しい歌劇向けのドレスだそうだ。



「それで今度衣装の納品に行くんだけれどエリーちゃんにも付いてきて欲しいの。

 女優のアレーナ・シーモアはオペラも歌うから行くのは音楽会ヨ。

 カタログでエリーちゃんを見て、かわいいから連れてきてッて言われてるのヨネ」

「はい、了解しました」

「もちろん、どっちかのドレス着ていくのヨ。いいわネ」

 仕事だからしょうがない。



「その時にネ、前にエリーちゃんの作ったコサージュを納品したいの。

 小さなものだから最低ランクの4級で構わないワ」

「わかりました。今週の講習会の試験で4級取ります」

「よろしくお願いネ」



 ビアンカさんが仕事に戻る前にちょっと質問してみた。

「魔族って人間と恋に落ちるんですか?」


 ビアンカさんは私を振り返り、おかしそうに笑った。

「エリーちゃんからそんな質問来ると思わなかったワ。モチロン恋に落ちるワヨ」

「その、ごめんなさい。最近異種族間の恋愛があるかって話になって、ドラゴ君が竜は人間と恋に落ちないって言ったから」



「確かにドラゴも正しい。そうネ、簡単に言うと魔族には3種類あるの」

「3種類?」

「そう、1つは強い魔力から生まれる上位魔族。

 次は上位魔族がヒトや獣を眷属にして魔族にした眷属魔族。

 そして眷属魔族が元の種族に産ませた下位魔族」


「えっ、じゃあ人間由来の魔族がいるってことですか?」

「そうヨ。眷属は主たる上位魔族の能力や特性に準じて肉体が改変されるんだけど、眷属になる前の能力も残っていてつまり子供が作れるの。

元の種族相手だけ、だけどネ。

だから竜が眷属になっていても竜相手なら子供を作れるわけ」

「そうなんですね」


 ヒト由来の魔族となら人間も魔族が産めるんだ。

 魔族と人間とは結婚出来るんだな。



「でもネ。恋って心があれば誰にだって訪れるものなの。

そりゃドラゴの言う通り、肉体的には求めないかもしれない。

でも魂が触れ合い響くようなそんな想いに出会ったとき、それを恋と呼ばずして何を恋と言うの?」

 そう話したときのビアンカさんは何かを懐かしむような優しい表情をしていた。


 うわ~考えたこともなかったけど、うんそれは恋かもしれない。

 そしてビアンカさんはそれを知ってるんだな。



「私にも、そういう恋に出会うんでしょうか……」

「もちろんヨ。もしかしたらそれは異性ではないかもしれないし、人間ではないかもしれないし、生き物ですらないかもしれないけど、ヒトは恋を落ちるようにできているの。ただ気づくことが出来ないヒトもいるみたいネ」


「ビアンカさん、やっぱり恋はした方がいいんですか?」

「エリーちゃん。恋はするものじゃないの。恋は落ちるものなのヨ。

 気が付いたら恋に落ちていて、抜け出せなくて苦しんだり悲しんだりもあるけど、それ以上に喜びと気付きを与えてくれる。それが恋ヨ」


「学校の女の子たちは恋の話に夢中で私ちょっとついていけないんです。

だからなんだか不安で……」

「その子たちの中で本当に恋に落ちている子は少ないワ。ほとんどは恋に恋しているだけでしょうネ。

でも恋に恋することも悪いことじゃないのヨ。

本当の気持ちじゃないけど、本当が何かをわかるための準備運動みたいなものなの。

本物だと思って突き進んで後悔することも多いけどネ」



 その恋に恋したせいで断罪されて貴族社会から抹殺された人もいる。

 カーラ様たちがそうだ。

 本当にこれでよかったんだろうか?

 もちろん嫌なヒトたちだったし、いなくなってくれて清々する。

 でも私は彼女たちが家族から捨てられて欲しいとまでは願っていない。



 結局私の汚名はそのままだし、今日の感じからだと前とあまり変わらないどころか悪化しているような気がする。

 貴族も平民も誰も、私に近寄ってこないのもそうだし。

 今はディアーナ殿下に取り入るためにやったとか言われていそうだ。



 私本当に嫌だ。

 貴族なんて大嫌い。

 それに倣う平民も大嫌い。

 悔しいし憎らしい。

 そして、こんな思いを抱える自分が一番大嫌い……。



 ヴェルシア様、私なんだかどんどん汚れていきそうで怖いんです。

 どうしたらいいんでしょうか?

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