第129話 余分な手土産
「ぼく反対!エリーはこの件に突っ込まない方がいい」
私が犯人捜しをする話をしたら、ドラゴ君はえらい剣幕で反対した。
「でも私なら台帳を簡単にみられるんだよ。犯人さえわかればウチで捕まえることが出来るかもしれないし」
「じゃあせめてウィルさまが帰ってきてからにして」
「でも私もしかしたら朝の奉仕活動が出来なくなるかもしれないからなー」
「わかった。じゃあぼくも行く」
「レオンハルト様が許してくれないよ。本当に厳しいお方だから」
ドラゴ君はプクーと頬っぺたを膨らませて怒った。
「じゃあ、見れたら見るくらいにしておく。無理して書類庫に入らないから」
「そうして。それから何かあったらぼくを呼ぶこと。いいね」
「わかった」
心配症だなぁ。でもあんなことがあったから仕方もないか。
レオンハルト様に会うのも久しぶりだ。1か月半近く会ってなかった。
お見舞いの手紙も何通もいただいたし、お詫びに特製のお菓子を持っていくことにした。
お菓子の箱と共に『常闇の炎』の資料室で写した勇者の残した楽譜も持っていく。
この曲の楽譜は市販もされているので構わないとクララさんの許可もいただいている。
異世界人のグルックさんの『精霊の踊り』という曲で、頭の中で演奏してもとても美しいフルート曲なのだ。
レオンハルト様に見せて是非習いたかった。
楽譜を木製のバインダーにはさんでカバンに蓋をした。薄い板のバインダーとお菓子のせいか思ったよりも重い。
マジックバッグは使わない。持っていることは出来るだけ知られたくないから。
でもバインダーなしでしわになったら嫌なので、我慢して持っていった。
ドラゴ君は私をちゃんと教会まで送ってくれる。心配性なんだから。
ドラゴくんと別れて教会に入ると、ほとんど話したことのない司祭様や奉仕に来ていた信徒の方が寄ってきて例のダンジョンの一件のことで労わってくれた。
私の記憶が消されていることはクラン内でも秘密なので、恐ろしさの余り記憶を失ったことにしていた。
清廉スキルがあっても、自分の身や周りの人を守るための小さな嘘ぐらいは言えるみたいだ。どの程度まで許されるのかはわからないけれど。
レオンハルト様との約束があると言って皆さんから離れてさらに奥に進み、音楽室のドアをノックした。
「入れ」
ドアを開けると手紙を読んでいたようで秀麗な顔をしかめていらっしゃる。
今日はご機嫌斜めの日だ。
「失礼いたします。エリー・トールセンです。ご無沙汰しております」
「ああ、もう体の方は大事ないのか?」
「はい、ゆっくり休みをいただきましたので」
「ならばよい。しばらく練習が出来なかったので指の動きが鈍っているだろう。
ゆっくりでいいので指を慣らすように好きな曲を吹くといい」
「はい、それなのですがクランの書庫に勇者が残した楽譜がありまして、とても美しい曲なので教えていただけたらと思って写しをもってきたのです」
そう言ってカバンを開けると、そこにはモカが入っていた。
それを見るなり私はそっとカバンを閉めた。
だから思ったより重かったのか~。背中にタラリと汗を感じた。
「どうした?楽譜があるなら出しなさい」
「あの、それが……」
「忘れたのか?」
「いえ、その……」
仕方なく楽譜を挟んだバインダーを取り出すと、同時にモカが鞄から飛び出た。
「トールセン、これはいったい?」
レオンハルト様はモカの登場に驚き、モカはキラキラした目で彼を見つめている。
そうだった。レオンハルト様はモカが好きな乙女ゲームの攻略対象者なのだった。
一応私の作った沈黙と防御と追跡と隠蔽を付与した魔石付きのリボンを首につけている。
どうやらドラゴ君が手伝ったのだろう。
心配してくれるのは嬉しいけど、レオンハルト様はまずいよ~。
「申し訳ございません。この子は私の従魔でモカといいます。留守番するように言ってあったのですが、その……付いてきてしまったようです」
レオンハルト様はじっとモカを見ていたが、
「触っても?」
「えっ?ああ、はい!モカいいかな?」
モカは大きく頷くとレオンハルト様は始めにそっと頭を撫でてからモカを抱き上げた。
意外な反応にとっても驚いた。
「子供のころティーカップ・テディベアを飼いたくて駄々をこねたことがあった。
貴重種でなかなか手に入らないし、私は神殿に入ることが決まっていた。だから幼いころから清貧でいることを義務付けられていて買ってはもらえなかったんだ」
「そうだったんですか」
レオンハルト様はモカに頬ずりしたり、抱きしめたりしていた。こんな甘い顔するんだなー。
モカは憧れの対象にそこまでしてもらって目を白黒させている。
「モカ、良かったね」
モカは嬉しいのか、ふにゃふにゃになっていた。
レオンハルト様はさらにモカの体にフニフニと顔を埋めていた。
とりあえずレオンハルト様は怒ってはいないようなので、楽譜や演奏の準備を始めた。
ひとしきりモカを堪能したレオンハルト様から丁寧に教えてもらえた。
ご機嫌はすっかり良くなったみたいだ。
いつもよりも丁寧なレッスンを受けられたような気がする。
モカ、ありがとう!
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10万PV感謝記念SSを前後編アップしました。ありがとうございました。
「Holy night」
前編)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893085991
後編)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893085759/episodes/1177354054893086337
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