第102話 ジョシュの回想5 汚らわしい噂
僕は王都へ行くと第二王子エドワード殿下の遊び相手もしている。
そして遊び相手の中からエドワード殿下の側近が選ばれる。
もしエドワード殿下が王位につけばこの国の重要なポストにつくことが出来る。
つまり周りはライバルということになるのだが、僕はカーレンリース領で騎士をするのであまり頓着していない。
正直言うとこの遊び相手の立場は面倒に感じていた。
クリスはこのころには魔法士団との訓練で忙しく、殿下の遊び相手を辞退していた。やりたいことをやっているクリスはとても楽しそうだ。
逆にリックは王の近習になることが決まっているので、エドワード殿下だけでなくシリウス殿下やディアーナ殿下のお相手もしなければならなかった。エドワード殿下の遊び相手の取りまとめも彼がしていた。忙しすぎるリックに会うためにはエドワード殿下の遊び相手でいるしかなかった。いつも一緒というわけには行かなかったが、彼と会うのは楽しかったしローザリアのことを相談したかった。
僕がエドワード殿下の私殿に到着すると突然他の遊び相手たちから絡まれた。
「ユリウス・ゼ・カーレンリース。お前のような穢れた男に殿下のお側などふさわしくない!とっとと帰れ!!!」
何を言われているのかわからなかった。
「僕の何が穢れているというのだ?」
「お前、血のつながったいとこのミューレン侯爵令嬢と熱愛中なんだそうだな。近親恋愛などにうつつをぬかすなど汚らわしい。そのような者と我々が同一視されるのも腹立たしい。即刻この王都から出ていけ!」
「僕はローザリアと熱愛なんかしていない!そのようなおぞましいことなど考えたこともない!」
「お前が出ていかないなら我々が追い出すまでだ」
5人がかりで飛び掛かられ、僕の方が強かったけど本気で倒すわけにもいかず取っ組み合いをしていたら、パンッと音がした。
振り返ると入口にリックとエドワード殿下が立っていた。リックが手を叩いた音だった。
「あなた方はこの場をなんと心得ているのですか?エドワード殿下の私殿です。そのような場で取っ組み合いなど王家に対してあまりに礼を欠いています」
「しかしクライン殿、こ奴はいとことのおぞましい近親恋愛の」
「誰が発言を許しましたか?この場のとりまとめは私がすることですが」
ギロっと睨んだ迫力に全員押し黙り、僕らは無言で正座させられた。
「殿下、いかがいたしますか?」
「ん?そうだな、リカルドに任せる」
「かしこまりました。では殿下は喧嘩をしなかったものと遊びますか?」
「いや、喧嘩を止めなかったことは同罪だろう。私はディアーナが茶会をしているからそこに混ざってくるよ」
「では供を付けましょう。誰かある!」
「はっ」
近衛の騎士が一人現れた。
「エドワード殿下が今からディアーナ殿下の茶会に行かれる。その支度と供を任せたい」
「はっ!」
エドワード殿下は騎士と共に去っていった。
そしてその場にいたもの全員で正座をした。
リックは理由など聞かなかった。
殿下のお住まいでの乱闘。いかなる理由があっても許されないことだ。
「正座だけでは時間が無駄になります。皆には書き取りをしていただきましょう」
僕らの前には文机が用意された。これは遥か東方の国で正座をしたまま書き物をするときに使う低い机だ。
「これを一人100枚書いてください。誤字脱字は許しません。あればその後もっと書いていただきます」
リックが見本を出したのは陳情書の断りの手紙だった。定型文で宛名と差出人の名前だけは抜いてあり、出来ない理由が書き連ねてある。
基本的に陳情書の断りの手紙は身分の低い者には魔法で写したものを利用するが、ある程度の身分の者相手には手書きの手紙を渡すことになっている。
文面こそ短いが装飾文字で書くことを要求される、とにかく面倒くさい仕事だ。
「こんな下級文官の仕事など!私は侯爵家の一員などだぞ」
「ならばやらなくてもかまいません。ただし私の一存で殿下の遊び相手から外します」
つまり、殿下の側近になる権利を失うのだ。
叫んだ子供は黙って、元の席に座りなおした。
リックに逆らうなんて100年早いんだよ。
そしてリックはもう一つ文机を用意させた。
「私もあなた方と同じ罰を受けます。ここを取りまとめる者として監督不行き届きですから」
そして正座して黙って手紙を書き始めた。
こうなって文句を言えるものなど誰もいない。
僕らも黙って手紙を書き、書き終えても慣れない正座で足がしびれて立ち上がれない子が続出した。僕もその一人だ。
だがリックは他の子が書いたものの誤字脱字がないかチェックして間違いがあれば書き直しさせた。
書き終えた者は帰ることができたが、最後の1人が全部書き終えるまでリックは一緒に手紙を書き続けた。
彼は多分100枚どころでない枚数を書いただろう。
全部を取りまとめ、必要部署に渡す手配をし終えたのを見て、僕はリックに声を掛けた。
「今日は、悪かった」
「ああ、ローザリア嬢のことは私も聞いた。災難だったな。でもおかげで彼女をディアーナ殿下の遊び相手から外すことができた。そこは評価できるよ」
「僕はあいつと熱愛なんか!」
「するわけない。正気なものなら誰だってね。全く彼女も頭のネジが外れてしまったのか君と愛し合っていて、予定より早く帰ることになったから君と喧嘩してしまったみたいなこと言ってたぞ。君からの手紙と大違いじゃないか。もう彼女に同格の貴族との結婚はないよ。ミューレン侯爵には早く廃嫡してもらいたいよ」
「全くだ。僕の名誉まで汚すなんて」
「君の名誉だけじゃない。彼女は王命であるいとことの近親結婚の禁止を無視しているのだ。私は厳罰相当だと思っている」
しかし10歳未満の子どもだから、大した罪にはならない。
殿下の私殿での乱闘も10歳を超えていればもっと厳しい刑罰が与えられていた。リックの罰程度の甘いものではない。全員むち打ちの上、王宮追放でもおかしくなかったのだから。
リックが馬車に同乗するように誘ってくれたので、ローザリアとエロイーズの話を相談した。
「そうか、彼女はそこまでやってるのか。10歳未満なのが口惜しいな。ヴェルダ伯爵令嬢も気の毒だ」
「ああ、僕もくやしい。なぁリック、僕は呪われているんだろうか?」
「いや、相手が悪いのだ。呪いではないが原因はその美しすぎる顔だけだと思う。これからはローザリアだけでなく、他の令嬢にも懸想されるだろう。君は辺境伯家とはいえ三男で地位が安定していない。出来るだけ早くに良識ある女性と婚約を宣言した方がいいがローザリアのせいで婚約者候補を募るのも当分難しいな」
我々貴族は15歳直前まで正式婚約が出来ない。だから婚約者候補を用意しておくのが慣例なのに、こんな悪評ではどうすることも出来ない。
僕はため息をつくしかなかった。
「ユーリ、なんとか逃げ道を考えるからとにかくローザリアは避けるんだ。彼女は遊び相手としてはもう王城へは入れないから、その点は安心だが屋敷に来られるとな。お父上にローザリアが不快な噂を流したことをお話しして絶縁してもらうんだ。そうすれば彼女やミューレン侯爵は君らの屋敷や領には入れない。逆は構わないだろ」
「もちろんだ」
「ただ、茶会や催しなどで出会うこともある。今後は私の側にいるといい。彼女の情報が入れば君をすぐ帰宅させるし、彼女を避ける手立てが講じられる。いいね」
「ああ、悪い」
「それとミューレン侯爵は失脚させられない。彼の存在は王宮で均衡を保つのに役立っているんだ。
彼がどの陣営にも傾かないのはローザリアの結婚相手が決まらないからだ。
多少有利になるくらいの利益であんな地雷女と結婚する馬鹿はどこにもいない。
見てくれだけはいいから、外国に嫁がせられないか考えたが、却って不利益を被る可能性が高い。あの女は修道院に入れるしかないよ」
「本当にゴミでしかないな」
「ユーリ、君の意見に反対などしないが言葉は慎みたまえ。誤解を招く」
僕は黙った。女性のことをゴミというのは相手を弄んで捨てるという意味がある。
それでも口を開けば悪口以外出そうになかった。
「今日は私の家に泊まっていきたまえ。
そしてお父上に手紙を書いて早急に絶縁してもらうんだ。
普通ならそこまでされたら拒絶されてるとわかるだろうが、あの女にそんな常識は通用しない。きっと自分を悲劇の恋に苦しむ主人公とでも思っているのだろう。
だから避けろ。あんな女だ。そのうち本当に何かやらかすに違いない」
それであれやこれや画策して、リックは僕を守ってくれた。
この人目を避けるための眼鏡とカツラの魔道具もリックが教えを乞うている賢者レント師に作ってもらえた。
僕は彼に足を向けて寝れないほどの恩がある。
そんなリックだがとても意外なことに彼には野心がない。
自分の出世よりも家族をそれも彼の母親の違う兄を出世させたいようだ。
彼が言うには、
「私は優秀すぎるんだ。敵に警戒心を持たせてしまう。だから兄上が次の陛下にお仕えするのが一番良いと思う」
「じゃあ君はどうするんだ?」
「私は義務を果たしてから、妹と田舎に引っ込んで魔道具を作りたいな。それを許してくれる国ではないけれど」
僕にも2人母親の違う兄がいるが、彼の場合は妾腹の兄で能力もリックに比べればだいぶん低いという。
素晴らしい頭脳、涼やかで洗練された容姿、穏やかな物腰。その優秀さゆえに王子付きの教育を兄を差し置いて受けていた。
はっきり言って僕は剣の腕以外はどれも負けている。
それなのに田舎で魔道具つくりだなんて。でも彼が魔道具を分解して組み立てなおすのを嬉々としてやっているので本当なんだろう。
もし本当に田舎に引っ込むことがあるなら、カーレンリース領に来て欲しいな。
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