第101話 ジョシュの回想4 事件
ローザリアがあまりに僕に執着するのでアイヴァン兄上との婚約の話はなかったことになった。
こんな失礼な話はなかった。
侯爵家と辺境伯家は同等の立場であり、正式発表はしていなかったものの家に家族同然に招いてのこの仕打ちは賠償金を払ってもらってもいいくらいだった。
だが父上は僕の従妹だから招いたということにして、内々で手打ちにすることにした。相手の不行跡の結果、招いたことだったがその恋慕の相手が僕だったからだ。
それでミューレン侯爵に迎えにきてもらい、帰ってもらう当日だった。
その日はいつもまとわりついてくるローザリアがいなくてホッとしていた。
僕はなかなか会えなかったエロイーズを訪ねてヴェルダ領へ供もつけずに馬を走らせた。
するとその途中、我が家の紋章入りの馬車とすれ違った。
誰だ?
そう思ったが、先を急ぐとヴェルダ家はとんでもない騒ぎになっていた。
庭で絵を描いていたエロイーズが大やけどしたというのだ。絵の具を溶く油に引火したという。
特に利き手と顔にやけどを負って死にかけていると聞かされ、治癒士を呼ぶので相手が出来ないと帰された。
エロイーズは水魔法が得意で、気化しやすいテレピン油を氷魔法で熱くなりすぎないよういつも注意していたのに?
余りのことにすぐに頭が回らなかったが、馬を歩かせている間に少しだけ落ち着き考えた。
そうなると気になるのがあの馬車だ。
なぜエロイーズの家の方からウチの馬車が戻ってきたんだ?
父も二人の兄も今日は家にいる。
ミューレン侯爵がローザリアを迎えに来られるので、迎える準備をするためだ。
僕は子供ですることがないから、ローザリアと会わないようにしろとだけ言われていてそれでエロイーズの元に向かったんだ。
では我が家のものではない人間であの馬車が使えるものは誰だ?
時折家来たちに馬車を貸すことはなくもない。
だが紋章入りの馬車は絶対に貸さない。
舞踏会に行くために貧乏貴族に貸すこともあるが、その時は僕らの誰かがいて同乗という形を取る。
しかし一人だけ家族以外で使えるものが我が家にいる。
ローザリアだ。
彼女は兄の最有力婚約者候補として家族と同等の扱いをするように使用人には申し伝えてあった。だから出かけるときに紋章入りの馬車で出かけてよいと父は彼女に許可を出していた。
そして……彼女は火属性だ。テレピン油に引火させることなどお手の物だ。
初めてエロイーズを紹介した時に、小さかったけれどファイアーボールを放ってきたんだった。
僕の魔力の方が強いのですぐ止めたけど、あの事がきっかけでエロイーズとしばらく会えなかったんだ。
段々つじつまが合ってきて、吐き気がしてきた。
でもまさかそんな、まさかローザリアが?
家に戻るとローザリアが僕を待ち構えていて飛びついてきた。
「ユリウス様、もう私たちを引き裂くものなんか何もないわ」
見るのも聞くのも嫌だったが聞くしかなかった。
「僕たちを引き裂くものって何?」
「あの忌々しいエロイーズよ。もうあの子のことは考えなくていいの。だれとも結婚出来なくしたから」
「結婚できないって?」
「誰の前にも出られない顔にしてやったわ!」
嬉しそうに笑い出すローザリアを僕は突き飛ばした。
「お前は何を言ってるんだ!エロイーズは死にかけてるんだぞ!」
ローザリアはキョトンと不思議そうな顔をして、
「あんな下級貴族の娘なんかどうなったって構やしないわ。ただのゴミじゃない」
「どんな人間でもゴミなんていないと思っていたがそうじゃなかった。
お前がゴミだ!ローザリア!二度と僕の前に現れるな、触るな、同じ空気を吸うな!僕は君を軽蔑する!!!!!」
そう言って僕は逃げ出して部屋に閉じこもった。
ローザリアが追いかけてきて僕の部屋のドアを叩く。
誤解だとか、話をしてとか、いろいろ言っていたがもう目にするのも汚らわしかった。
しばらくして誰かがドアをノックした。父上だった。
「ミューレン侯爵がやってきて、ローザリアは帰ったぞ。あの子はお前と喧嘩をしてしまったから仲直りしたいと言っていたがわしは許さなかった。一体何があったのだ」
「父上……、エロイーズがローザリアに火傷を負わされて死にかけています」
「何だと!けが人が出て治癒士を派遣してほしいと言われてすぐに送ったが、エロイーズだったのか?」
「会っていませんがそうです。ローザリアは誰の前にも出られない顔にしたと言っていました」
「何てことだ。すぐミューレンに知らせなくてはならん」
その後何らかの話し合いがあったようだが、ローザリアの罪は10歳未満ということもあって結局うやむやにされてしまった。
そしてエロイーズは僕との婚約の話をなかったことにしてほしいと言ってきた。
火傷は治ったが火が怖くて普通の生活が出来なくなってしまい、それで修道院に入って心の傷をいやすことになったのだ。
僕の心にも傷が残った。
僕と結婚の話が出た少女にこんなひどい目に会わせてしまった。
まるで母が婚約者たちを失ってしまったときのようだ。
呪われているのかもしれない。そう思った。
だが問題はそれだけではなかった。
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