第100話 ジョシュの回想3 ローザリア


 アイヴァン兄上の最優力婚約者候補に、癇癪持ちのいとこローザリア・ゼ・ミューレンの名があがったの時は心底驚いた。

 しかも彼女と結婚して侯爵になるという話だ。


 半年ほど前にローザリアの兄であり、跡継ぎだったヘルベルト様がミューレン侯爵夫人と共に事故でお亡くなりになったため、彼女が跡継ぎの座を手にしたのだ。

 大変不幸なことだが、次男であるアイヴァン兄上にとっては願ってもない幸運だ。



 でも初めて見た時の彼女の嫌な印象は忘れられなかった。

 その後は直接見ていないのだが、同じ遊び相手の女の子を苛めているという話も聞いていたので、そのことを父上に話した。



「ふむ、どうやら評判が悪いというのは本当の様だな」

「そんな評判があるのですか?」

「中央で活躍する侯爵家がわざわざ辺境にいるウチの息子を婿に迎えようというのだ。何かあると思って間違いないだろ。だがアイヴァンにとっては中央へ出るいいチャンスだ。多少のわがままやじゃじゃ馬ならば乗りこなすのも才覚というものだ」

 父上もみんなもその程度にしか思っていなかった。



 そうこうしている間に婚約話はどんどん進み、僕が8歳の夏アイヴァン兄上の正式な最有力婚約者候補としてローザリアがカーレンリース領にやってきた。

 兄に引き合わされてまんざらでもなさそうだし、僕にとっては未来の兄嫁だ。実のいとこだし、仲良くしようと微笑みかけたのが間違いだった。



「まぁ~ユリウス様。あなたはわたくしのお母様にそっくりだわ。なんておきれいなんでしょう。わたくしあなたと結婚したいわ」

「あのミューレン嬢、僕とあなたとはいとこ同士で結婚できないんですよ」


 150年前、近親婚を繰り返し子供ばかり生まれたことから、このバルティス王国ではいとこ以上の近しい近親結婚を禁じていた。

「そんなのつまらないことだわ。150年前なら結婚できたんですもの」

「いや今はその150年後で禁止されていますし、僕には決まった人もいてその気はありません」



 僕は女の子が苦手だった。

 何かあればすぐに泣くし人の話は聞かないし、ほとんどの女の子は僕の見た目や家柄の話をする以外は自分の話しかしない。

 僕の剣聖という称号も彼女たちにとっては何かのアクセサリーのように話す。

 そうではなく称号は魂に与えられた使命なのに。

 みんな表面的な所ばかりを見て、本当の僕を見ようとしなかった。



 それでもカーレンリース領に隣り合うヴェルダ領のヴェルダ伯爵令嬢エロイーズは悪い子ではなかった。

 大人しくて花の絵を描くのが好きで、令嬢なのに一生懸命に庭の草花の手入れをしスケッチしていた

 僕も彼女を手伝ってよく庭仕事をした。いま庭師の息子と言ってるのはその時の経験のおかげだ。


 彼女はたぐいまれな美貌とは言えなかったが、愛らしい容姿だし、優しいし、僕のことをアクセサリー扱いにはしなかった。

 僕が騎士になり、父の持つ子爵位しか継げない話をしても、その妻で構わないと言ってくれた。

 だから最有力婚約者候補になってもらっていた。



 エロイーズのことや低い身分しか継げないので侯爵令嬢であるローザリアとはたとえいとこでなかったとしても結婚相手としてふさわしくなかった。

そのことを告げても、彼女は僕にしつこく付きまとってきた。



 ヒトの話を聞かない一番嫌なタイプの女の子だった。



 ローザリアは従妹いとこということもあるけれど、母親同士が一卵性の双子ということもあった。

 そっくり同じ顔をした双子は一つの魂を引き裂かれたものとして見なされ、片方を遠くへやることで不幸を避ける風習があるのだ。

 だが母の立場がそれを許さなかった。



 僕とローザリアの母方の祖母は、先の王であり賢王として名高いアーサー・ギルフォード・ゼ・バルティス陛下(以下上王陛下)の妹であった。国の重鎮ラリック公爵家に嫁ぎ、息子を一人と娘を双子として産んだ。


 上王陛下は、王妃と3人の愛妾を抱えておられたが王女を授かることがなかった。

 王家においての王女の存在は、近隣諸国との婚姻を結ぶことで同盟関係を強くするなくてはならない存在だ。

 そこで養女に出されるはずだった母が王家に入り、王女として教育され政略結婚の道具として周辺国の王子に嫁ぐはずだった。



 だが母が13歳の時に相手の王子が落馬事故で死亡し、仕方なく喪が明けるのを待って別の王子と婚約した。

 その王子は4歳年下でなかなか結婚できなかった。

母が19歳になってやっと相手が成人したと思いきや、今度は流行り病で死亡。


 たとえどんなに絶世の美女であったとしても2回も相手に先立たれ、双子の片割れでもあったことから、母は『呪われた王女』と噂された。

 そしてどの国の王侯貴族も母と結婚してくれなかった。



 20歳になって母が修道院に入ろうと思っていた矢先に名乗りを上げたのが父だ。

「私は武骨な田舎ものだ。しかも領地は辺境で魔獣が多く苦労も掛けると思う。妻を亡くしたばかりで二人の男の子もいる。条件としてはあまりよくないがあなたを大事にしたいと思う」



 そして母は父と結婚した。

 母の肖像画を見ればいつも微笑んでいるので幸せだったのだと思う。

 兄たちも母に懐き、今でも母より美しい女性は見たことがないと言う。



 前にも言ったが僕の容貌は母に似ているから、時々ややこしい相手に懸想されることがあってもおおむね困ったことなどなかった。

 ローザリアもその一人くらいに思っていた。そのうちちゃんとした相手がいれば忘れてくれると思った。



 だからまさかあんな恐ろしい少女だとは誰も、もしかしたらミューレン侯爵でさえも思っていなかったのだ。



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