第74話 買えない信用

 

 突然のエドワード王子の注文に対応するべく、厨房に入る前に段取りを売店リーダーのライラさんにお願いしなければならなかった。



「申し訳ございません。

急なお話ですが200個マドレーヌを王宮に納品することになりました。

今から私が焼いて準備を始めます。王宮向けの包装とかご存知ですか?

それと納品に行く人もそれ相応の方でないといけませんよね」


「貴族向けの化粧箱はあるけどこれでいいのかしら?私たちもわからないわ。

指示をもらわなくちゃ。ルードさんかクララさんと連絡つくかしら?」


「ドラゴ君悪いけどクランハウスにルードさんかクララさんがいないか見てきてくれない?」

「はーい」

 ドラゴ君が転移したので、後のことはライラさんにお任せして私は厨房に入った。



 まず、魔導オーブンに火を入れて予熱を入れる。

 貯蔵庫で寝かせてある追加分のマドレーヌ生地の分量を見て、200個以上は焼けそうだった。


 貝殻型の鉄板に溶かしたバターを塗って、小麦粉をはたく。

 生地を絞り袋に入れて、型に均一に絞り出す。

 型を鉄板の上に置いて鉄板ごと一、二度軽く持ち上げて落とす。こうすると余分な空気が抜けてきれいな貝殻型に抜ける。

 オーブンが温まったので、鉄板2枚分焼き始めた。



 待っている間に片付けと次の型を用意して、生地を絞り出す。

 1度目の生地が焼けたので、次の生地を焼き始めた。

 焼きたては柔らかいので粗熱を氷魔法で調整しながら取って型から外した。

 次に焼くために型を水魔法で洗って水気を風魔法で飛ばし、溶かしバターを塗ってまた生地を絞り込んだ。


 魔法が使えてよかった。

 魔法が使えないときは冷めるまで待たなければならなかったし、水を汲んできて型を洗って拭いてとしなければならなかった。



 店の方で声がするので見に行ってみるとドラゴ君がクランマスターを連れて戻っていた。ライラさんと相談中だ。

「それで王子は何にマドレーヌを使うとは言ってなかったんだな」

「はい、エリーちゃんを気に入って気まぐれに買ったみたいです」

 ふむ、とクランマスターは考え始めた。



「今日は新緑祭で城では舞踏会がある。しかし客に配るには200個は少なすぎる。しかし親しいものに配るには多すぎる。どう使うのかわからないので配りやすいように個包装にしようと思う」

「個包装ですか?」

「一つずつ入れることで配ることも出来るし、箱を積んで飾ることも出来る。箱は今回急ぎなので白箱にする。

これにリボンを掛けて、クランのマークをつけて渡そう。今ルードを呼んでいるから、戻ってきたら奴に王宮に持っていかせるから心配はいらない。作業には手が空いてるものを急ぎ呼び寄せたのでお前たちはこの店の販売に専念してくれ」

「わかりました」



 お手伝いが来るんだな。私がそのまま厨房に戻ろうとしたとき、

「おいエリー、今何個焼けてる?」

「今100個焼けて、次の50個がオーブンに入っています。そろそろ焼けます」

「わかった。残りの50個だが、見た目の悪いものは除けるのでその後も追加で焼いてくれ。いいな」

「はい!了解しました。」


「ドラゴ、お前はウチのマークの印章をこの札に押せ。210枚だ。いいな。とリあえず100個もらってくぞ」

 クランマスターは厨房から100個入った箱を別の作業場に持って行った。



 私は焼けたマドレーヌを氷魔法で冷まし、さらに次のマドレーヌをオーブンに入れた。

 最後の生地を空いた型に絞り出して焼く準備した。


 焼き上がりを待つ間に明日のための生地の仕込みをした。

 生地の量が多いので攪拌も魔法を使う。

 最後の生地も焼き終わり、片付けも全部終えたころ、クランマスターがまたマドレーヌを取りに来た。

「もらってくぞ」

「あっ、私も手伝います」



 付いていくとサンディーちゃんとファルフさんがいた。

 ファルフさんが箱を組み立て、先代勇者特製のアルミ紙というものを敷いた。

このアルミ紙はとても優れていて時間がたっても脂が外に染み出ることがないのだ。

 サンディーちゃんがその上にそっとマドレーヌを入れて、クランマスターが蓋をして、リボン結びしていた。

 ドラゴ君はリボンにクランの印章を押した札を通していた。

 一番手間がかかりそうなのがリボン結びのようだったので、私もクランマスターと同じところをやった。



 みんな黙々と仕事をしていた。

 よく考えればクランマスターって、いつもすごく忙しいし、Aランクどころじゃないくらい強いんだよね。

 こんなマドレーヌのリボンを結ぶくらいなら、大物を狩った方が多分お金になる。

 そう思っていたら、クランマスターが私の心を見透かしたように手を止めることなく答えた。



「なぜ俺がこれをやっているか不思議か?

この仕事は金で買えない信用が得られるんだ。

このクランが王宮に菓子を納品したとなれば箔がつく。

俺たちの事を亜人と呼んで差別する輩にこそ、その箔が通じる。

クランのために少しでも利用できるものは利用したい。


ただ王宮に通用するにはそれなりの品質が高くないといけない。

マドレーヌには自信があるが、少しでも相手が気にいらないところがあれば評判はガタ落ち、却って問題になる。なら俺が自分でやればいい。

このマドレーヌの納品は俺が指揮して俺が責任を取るんだ」



 そんなこと気が付かなかった。それを聞いて自分が不用意に注文を受けたことを恥じた。

「別にお前は悪くない。

王都で店を出している以上、どんなことにも対応できなければならなかった。

エリーがいなくても王子は注文をしたかもしれない。今年じゃなくても来年だったかもしれない。このクランは俺のクランだから俺がやりたいんだ」

 そういってクランマスターが結んだリボン結びはとてもきれいだった。



 それからルードさんが盛装して、王宮にマドレーヌを持っていった。

 よく考えればあれ全部私が焼いたんだ。

 責任重大~!

 いや、クランマスターを信じよう。



 でもヴェルシア様、私が焼いたせいでご迷惑だけはかけたくないです。

どうかうまくいきますように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る