第54話 思い出話
「ビリー。ビリーはもしかして、もしかしなくても、魔王なの?」
しばらくの間、ビリーは黙っていた。
その時間は長いのか、短いのか私にはわからなかったがその返事は欲しくなかった。
「なんだ、知っていたのか。せっかくの隠蔽が台無しだ。俺の隠蔽を見破ったのか?」
「ううん、違う。ヒントがあったから」
「ヒント?」
「あの、先読みできる人がいるの。これから魔王が目覚めるって。魔王が目覚めるのに森に封印されている竜が関係するって。その竜の主が魔王なの」
「つまりドラゴの主が俺だからか」
「うん」
「お前にそれを吹き込むことが出来たのは誰だ?
俺はお前を外の人間と会わせるときはほとんど一人にしなかった。
あのスキルスクロールの貴族には俺の事を見破る力などない。
そうだ、たしかお前の故郷の冒険者が2人いたな。そいつらか」
「違うの、2人はわかってないの。ドラゴくんのことは知らないし。私だけが知っているの」
「そうか、ではお前を消せば、俺の秘密は守られる」
ビリーの右手が私の首筋を撫でてから掴んだ。
「私を殺すの?」
「その可能性は考えなかったのか?」
「考えたよ。でも信じてるから」
ビリーはため息をついて、
「お前誘拐犯にも言われたんだろ。田舎者だからすぐ信じるってさ」
「うん、でもビリーは私を殺さないから」
「どうしてだ?」
「ビリーは言った。みんなの前で。私の事を俺が守ってやるって。魔族にとってそういう言葉はすごく大切なんでしょ?だから出来ない約束はしないはずよ」
それを聞くとビリーは私の首から手を放して、声をたてて笑った。
「さすが加護持ちの賢者の卵は違うな。そうだな、俺の昔話を聞くか?なかなか聞けないぞ」
ビリーは近くの倒木の上に腰かけ、隣をポンポンと叩いた。
私にはその誘い通り隣に座った。
「俺が生まれたのは220年前だ。225年前に先代勇者のユーダイがこの国ではない別の国で異世界召喚されてから5年後だ。ユーダイは本名を田原雄大という異世界ではまだ学生で16歳だった。」
「召喚って呼び出されたってこと?」
「そうだ、何の前触れもなく、有無を言わせず連れてこられたらしい。ただの誘拐さ。しかも誘拐した理由が強くなって魔王を退治してくれとだとさ。ふざけた話だ」
それは、それはつらい。
異世界から転生してきて15年経つハルマさんでさえ、勇者になんかなりたくないと言っているのに。突然そんなことを言われても、理解することも厳しいし、ましてや誘拐されて戦えなんてふざけている。
「でもやるしかないからさ。ユーダイは4年で強くなって魔王を倒して、その国の王女で聖女でもあったエリザベート王女と結婚したんだ。
そして翌年、玉のような赤ちゃんが生まれた。それがこの俺さ」
「じゃあ、ビリーは王族なの?」
「いいや、俺は魔族だ。それが問題だった。質問は後で答えるから今は聞くのに専念してくれ」
私が頷いたのを見て、ビリーは話を続けた。
当時、臨月の妻がいるのにユーダイは遠征させられていた。魔族の残党が見つかったとかそんな話だ。
妻のエリザベートは結婚して降嫁したから公爵夫人だったが、姉のテレジア王女がお産に付き添っていたんだ。
そして生まれた俺は、金色の魔眼を持った魔族。
実はエリザベートはユーダイが魔王を倒す前に1週間ほど魔王に監禁されていたことがあるんだ。
だから結婚前に魔王に犯されてその子を孕んだと疑われた。
姉であるテレジア王女に非難され、エリザベートは赤ん坊の俺と共に投獄された。
エリザベートは魔族の俺を決して自分の子とは認めなかった。
俺を足蹴にし、踏みつけた。魔法で何度も攻撃もしてきた。
でも俺は死ななかった。
だって魔族だもんな。
すぐに治癒出来たんだ。赤ん坊でも痛いと腹が減ったはわかるからな。
急いでユーダイが戻ってきたときには、エリザベートはノイローゼで自殺していたそうだ。
俺は彼女の死んだ体に乳をくれとしゃぶりついていたらしい。
その辺の記憶はない。
テレジア王女は裏切り者のエリザベートとではなく、私と結婚して魔族の俺を殺せと命じた。
他の兵士が何度も殺そうと切ってかかってきたが、俺は自分で治してしまうから殺せなかったんだ。
それで面倒なことはユーダイにさせようって訳。
でもユーダイにはわかったんだ。
あいつには真実の眼というスキルがあって、人間と魔王の間には性行為では子供が出来ないこと。
エリザベートが貞操を失っていなかったこと。
死ぬ前に先代魔王が俺の卵を転移で体に入れていたこと。
俺はエリザベートやユーダイとは何の血縁関係もないこと。
そしてこの俺が今の魔王であることも、それが全部見えたんだ。
そして人間と魔王との間に子供が為せないことをテレジア王女は知っていたんだ。
知っていたのに妹を責めた。
理由は自分より人気のある妹が邪魔だったから。
王位継承権はもう降嫁で失っていたのに、聖女で勇者の妻であるエリザベートが王位につくかもしれないと危惧したからだ。
ユーダイは元々あんまり怒りを露にする奴じゃなかったがさすがに怒り狂った。
それで何を思ったのか、俺を連れてその国を去った。勇者の守りのない、魔族と戦って疲弊した国は荒廃し、10年後には違う国になった。
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