第48話 表通りの魔道具店


「エリー、エリー起きろ!」

 ビリーにパチパチと顔を叩かれ、私は何とか目を開けた。

「しゃべるな。まずはこれを飲め」

 体を起こされ、ライフポーションを口に含ませる。

 かなり上級のハイポーションだ。生命力と共に魔力や体力を一気に回復させる。



「なん……で?」

「何でじゃねーわ。お前卵に魔力をやりすぎたんだよ。俺が気が付かなければお前死んでたぞ」

 いろいろ言いたかったが、頭が回らない。

 確かにギリギリの魔力で命を保っていた。

 ビリーは私を横にして側にいてくれたが、そうしているうちにしばらくすると全快した。



「ごめん、ありがと」

「確かにギリギリまでやれと言ったが死ぬほどギリギリとは言っていないぞ」

「うん、なんかあげているうちにどんどん吸われちゃって」

「そこをコントロールするのが主人の証だ」

「わかった」



 2人して卵を見た。特に異常なし。

「どうやらこの卵、かなりの大物のようだな」

「ビリーでもわからないの?」

「見たら俺の卵になるぞ。いいのか?」

「それはだめ。せっかく死にかけてまで育ててるのに」

「とにかく魔力は出来る限りでいいんだ。ちゃんと量もコントロールしてな。その代わり愛情は注げるだけ注ぐがいい。甘やかすのとは別だがな」

「なんかそれ難しい」

「甘やかしたらローザリアのようになる」

「それもダメだぁ」

 悪役令嬢様のように自分のためなら他人の命をゴミみたいに思ってはいけない。



 ビリーは私が落ち着いたのを見て、部屋から出て行った。

 すっかり目が覚めてしまったので、もうちょっとお話していたかったのに。



 今夜はもう魔力をあげてはダメとビリーに釘を刺されたので、白い本にリヒター子爵夫人のハープ曲を記すことにした。

 私の絶対音感というスキルは一度聞いた音楽の音色を忘れず、どの音か見極められる能力で、このように後から楽譜起こすにはもってこいだ。

 楽譜?

 基礎も何も習っていないのに楽譜が起こせる自分が不思議だった。

 でも心の内側から音楽があふれ出て幸福感に満ち足りた。



 すると卵が揺れた。

 私がそちらに注意を向けると止まる。



 それでさらに楽譜を起こすために、音の記憶を辿っていくとまた卵が揺れた。

「もしかしてお前、音楽が好きなの?」

 まるで返事をするかのようにまた卵が揺れて、確信した。





 朝起きてすぐビリーのマスタールームを訪れた。

「ビリー、どこかで音楽を聴ける場所ない?」

「なんだ藪から棒に」

「卵が聴きたがってるの」

「卵が音楽を?」



 私が昨日の夜の様子を話して、ビリーは考え込んだ。

「それって本当に卵の気持ちなのか?」

「だと思う」

「お前の気持ちなんじゃないのか?」

「私の?」

「卵は主人の心の動きに強く反応するんだ。お前が強い感情を持ったものに反応しているんじゃないか?」

「それはあるかもしれない」


「音楽が好きなのか?」

「うーん、実は今まであんまりしっかり聞いたことはなかったの。昨日、リヒター子爵夫人にハープを聴かせてもらって、それからずっと夢見心地なの。知らなかったけど音楽が好きなのかも」

「だから注意力散漫で魔力与えすぎたのか」

「ゔ~、そうだと思う」

 なるほどね、とビリーは考え込んだ。



「わかった。そのうち連れて行ってやる」

「ホント?」

「ああ、今日は時間がない。これから出るから」

「そうなんだ」

 ビリー忙しいよな。


「それにこんな朝っぱらから音楽やってるところなんて、楽隊の練習か、学校の音学の授業ぐらいだぜ」

「そうか、学校か。行ってくる」

「あっ、おい。こら!一人で行くなよ。ったく、聞いてねぇな、あいつ」



 学校、お休みでした。

 そうだよね、あと1週間ちょっとで入学式だもんね。

 明後日から学生寮の入居が始まるけど、ギリギリまでクランハウスにいようと思っているので、2日前に入居しようと思っている。



 そういえば私一人で出たらだめって言われてたのに。

 まぁ大丈夫だよね。



 それでも出来るだけ人気の多い通りを選んで歩いていると、1軒の魔法具店の前に出た。



 そうだ、精霊石買わなきゃいけなかった。

 ここいいかなぁ。表通りのお店だし、いいか。

 一応、この店に入ることをクラン当てにレターバードを送って中に入った。



「おはようございます」

「おはようございます。お客様、何かお探しですか?」

 きちんとした身なりのダンディーな店員さんが対応してくれた。



「今年の新入生なのですが四属性の精霊石が欲しいんです。見せていただけますか?」

「そうですね、今年授業で使う分ならこちらのもので十分なのですが、精度や効率を考えますと、こちらの方がもっとおすすめです。物持ちがよいと自信があるならさらに高いものもございますが、ご自身が注意していても周囲の事故に巻き込まれて精霊石が割れてしまうこともございます。いかがいたしましょうか」

 ベテラン店員は手袋をして精霊石をケースから出して見せてくれた。



 なるほど。以前精霊石のかけらをくれたマギーおばさんが割れたら効果は半分以下になるって言ってたっけ。

 おすすめを頼もうとしたら、店員の後ろから黒いフードを被った女が現れた。


「ちょっとあんた。変わった魔力ね」

「何ですか?冒険者を鑑定するなんて失礼ですね」

「ここは私の店。ちゃんとした客か見極めるのも仕事」

「で私の鑑定は?」

 明らかに私の方が格下なので先に許可を出すことにした。

「おかしいわね。あんたから感じる魔力ごときであたしに隠蔽することなんて出来るわけないのに」

「当たり前だ。俺の隠蔽が入っているからな」



 後ろをふりむくと、ビリーが立っていた。

「ええ~!ウィル様?やだ~、来るんだったらそう言ってよ。もっとおしゃれしたのに。ウィル様のイジワル♡」

「ベルならいつもきれいだろ」

「もう、本当の事ばっかり~」



 急にフードを取ってしなを作り出した女店主の態度にも驚いたが、その容貌の美しさにも驚いた。

 黒のロングヘアーをアップし、瞳は黒に近い紫色に赤くてつややかな唇。縮れた後れ毛がなんともなまめかしく感じた。そして自分の周りでは見たこともないほどのたわわな胸元は店にいた男ども(と私)の目を釘付けにしていた。



 ビリーは見慣れているようで、そちらを見ずに私に向かって、

「こら!エリー。一人で出るなと言っただろうが!」

「ご、ごめんなさい」

「帰るぞ」

「えー、もう帰っちゃうの。ゆっくりしてってよ」

「あの精霊石も」

「精霊石は後だ、メタ……」

「待ってウィル様、さすがに店の中はやめて!」

「ああ、そうだな。そこまで急ぎじゃない。またな、ベル」

「いつでも待ってるわ~」

 


 愛想のいい声でベルさんとやらはビリーに手を振っていた。





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