第44話 両替

「こんなにかわいいのにどうして男装するの?美の冒涜だわ!アタシの美意識に反していてヨ!」

「でも女子の格好だったら、社交の授業でドレスがいっぱいいるんです。お金ももったいないし」

「お金なんかマスターに支払ってもらえばいいのヨ!ネェ、マスターいいでしょ?」

「俺はかまわんがエリーは嫌なんだろ」

「うん」


 今何をしているかというと学校の制服を作ってもらうところだ。学校の制服は国が立て替えてくれるんだけど、『常闇の炎』も認定仕立て屋に指定されている。

 なぜかというと、仕立屋の中には獣人や巨人族の制服を作るのを嫌がるところがあるから。でも国民に強い魔力があれば魔法学校へ入学しないといけないから常闇の炎がやるって手を挙げたの。

 お陰で私も気のおけない人たちに作ってもらえてうれしいんだけど、仕立頭のビアンカさん(体は男性、心は女性の方)の反対にあっているんだ。


 ビアンカさんは魔族でとにかく美に対する探究心が強い。そのせいではじめは冒険者(しかもAランク!)だったのに、生産グループに入ってしまったのだ。

仕立頭でもあるけれど、化粧や髪型、家具や工芸武器に至る様々なデザインもするマルチクリエイター(ハルマ用語です)なのだ。

 もちろんご本人も背の高いすらりとした体形に白い髪に赤い目が印象的な性別を超越したものすごい美人だ。でもスカートは履かないな?どうしてだろう?

 

 そしてよくわからないが私を着せ替え人形にするのが大好きだ。あまりにも着替えさせられたので私はビアンカさんの前で着替えるのが恥ずかしくなくなるくらいだ。


「それに後援者の方から男の子用の礼服もサイズの近いものを送ってくださることになっているんです。女の子の服は侍女に下げ渡すからあんまり残ってないけど、男の子のは結構残っているんですって」

「それにしたって……、せっかく美少女なのにもったいない。ネェ、やっぱりおしゃれしようヨ」

「学校におしゃれはいらないです。結婚相手を見つけに行くわけじゃないんだから」

「そうだそうだ」

 なぜかビリーはやたら肩を持ってくれる。きっと私と同じで無駄が嫌いなんだな。


 ビアンカさんはビリーを胡散臭そうに見て、

「わかったわ。でも一応スカートも作っておくから。いいわネ」

 はい、文句ありません。


「それで私付与をかけるので、魔法が掛かる布にしたいんですけど」

「あら、国が立て替えてくれる以上の布になるわヨ。お金ある?」

「こないだの奴隷商人の報奨金もあるし、手付にコレでどうでしょうか?」

 それでスライムダンジョンで見つけた金貨を出してみた。


「あら、コレ……」

「貸してみろ」

 ビアンカさんからビリーが手に取って眺めると、

「エリー、後でマスタールームな」

 話があるってことね。やっぱ母さんが言う通りヤバい代物なんだね。


「ビアンカ、とにかくエリーの付与の練習にもなるしいい布で作ってやってくれ」

「了解!マスターも過保護ネェ」

「一応俺も後援者だからな。いくぞ、エリー」と歩き出す。


 そうなのだ。私の学生証(受験票がそのまま学生証になるんだけど)の裏書にビリーも名前を入れてくれたんだ。

「俺の名前があれば、王都限定だが冒険者と庶民のもめごとぐらいは抑えられるからな」


 ずいぶん昔だそうだがビリーの活動に因縁つけてくるいろんな冒険者クランがいた。それで闘技場で戦うことになったんだけど、「面倒だから全員一度に来い」って100人ぐらいを一瞬で倒しちゃったんだって。

 ちなみに重力魔法を使ったそうです。

 ビリーってホントなんでもできるんだなぁ。


「ねぇビリー、私も重力魔法使えるかな?」

「そうだな、小さいものなら出来るかもな。ただ魔力を結構食うから今の10倍くらいにならないと教えない」

「そ、そんなぁ~、師匠頑張りますから!」

「ああ、頑張って魔力育てるんだな」

「ムムム」

「口とがらせても無駄だ。500ぽっちじゃやりすぎると死ぬからな」


 クランマスターが使うマスタールームは機能的でしっかり片付いたモダンな部屋だ。大きなデスクに未処理、処理済み、保留、緊急の箱が置かれている。緊急は本当に緊急でないとビリーに怒られるから何もはいってなかった。未処理の箱を確認しつつ、ビリーは座れと言わんばかりにデスクの前に置いてある椅子を指さした。


「それでこの金貨どこで手に入れた」

「うーん、冒険者は詮索禁止なんじゃないの?」

「まぁな。だがこれは保護者として聞いている」

「わかった。ニールのダンジョンで隠し部屋見つけたの。初発見者だったんだって」

 ビリーはそういうことかぁと天を覆うように顔に手をかぶせた。


「あのな、この金貨ものすごく古いもので骨董的価値があるんだ」

「ええ、そうなの?じゃあ使えない?」

「いや、使える。両替してやろうか?けっこうあるのか?」

「結構アリマス」

「どのぐらいだ?」

「3000枚」

「はぁ?3000枚?どんだけ取ったんだよ」

「あのね、隠し部屋で魔獣倒したらダンジョンマスターと話せるんだよ。それでお話ししたくて何回も入ったの」

「わかった。3000枚全部出せ」

「別に急がないよ」

「だめだ、間違えて使われたら困るからな」

「ええ~、そんなに大変なものなの?」

「ああ、これはエルフやハイエルフの国では今も使われてるんだよ。でも入るのが許されているのは今のところ俺ぐらいだから」

「じゃあ、ビリーと一緒にいたらいつか行けるの?」

「うーん、今のままならダメだな。俺が入ってもお前は排除される」

「そうなんだ」


 しゅーんと萎れた私を見て、

「方法はない訳じゃないけど、今のお前に言うのは酷だからな」

「そんなに大変なことなの?」

「まぁな」

「いつか教えてくれる?」

「ああ、その時が来たらな。約束する」

 ビリーは出来ない約束はしない。だから待つことにした。


「とりあえずウチのクランでお前の口座作って手形を切るわ」

「手形?」

「ああ、冒険者ギルドにもあるぞ。高額報酬の時はすぐに払ってもらえないからな。そんなときは手形で支払ってもらう」

「冒険者ギルドの口座なら私も持ってるけど手形は知らない」

「まぁ簡単にいうと、ここに3000枚の金貨に支払うお金がない。正しくはあるけど他で急に金が入用になったときに困るからな」

「うん」

「だからその金の代わりに手形を切る。魔法契約だから勝手な書き換えは出来ない」

「うん」

「手形には支払期限があってそれまでにお金を用意しておいて、本当のお金を口座に入れるんだ」

「つまり後で払ってくれることを約束するってことね」

「そういうこと。信頼関係がないとダメだけどな。ギルドの口座があるならそっちにも分けて振り出すことにする。もしウチのクランにもしものことがあっても冒険者ギルドは潰れないからな」

「もしもなんて、無くなるなんてヤダ」

「心配するな。今のところは安泰だ。ただ資産と言うものはいろんなところに分散した方がいいんだ。だから冒険者ギルドに全部入れるのもダメだ。基本的に冒険者ギルドは国から独立しているけど、犯罪者として扱われると国の意向で国内では凍結されるからな」

「それもヤダな。現金でもらおうかな」

「お前全額持ち歩くのか?狙ってくれと言わんばかりだな」


 ビリーは金貨を数えて契約書を書いている間に、マスタールームに一人の男の人が入ってきた。

 私の肩くらいしかない身長の中年男性で、眼鏡をかけた頑固そうなヒトだった。

「ハーフリングのテイラー、ウチの金庫番だ。テイラーお前もこの金貨を数えて契約書にサインをくれ」

「かしこまりました」


 テイラーさんは3000枚数えて契約書にサインし、私にもサインするように渡してくれた。

「えっ?なんで金貨12万枚にもなるの?」

「もう手に入らない金貨だからな。王都の両替商でも同じ価格だ。だが外で両替すれば目を付けられるのは間違いないな」

 私がサインして契約成立。テイラーさんは手続きのためマスタールームを退出した。


「でもこの契約だとクランのお金になるんでしょ?ビリーしか入れないのにそれでいいの?」

「入らなくてもエルフの国とは取引できる。エルフは金ならこの金貨しか受け取らない。逆にこの金貨でなら取引にすぐ応じてくれるので商談が有利になるんだ」

「じゃあ金貨がなければ何で取引を?」

「物々交換だ」

「エルフは何を欲しがるの?」

「その時によって違うが主に魔石、薬草、魔獣の素材。安く買い叩かれちまうがな」

「エルフたちでも取れそうなのに」

「彼らのテリトリー以外で取れるものだ。もう何百年も外に出ないエルフなんてザラだぞ。時々好奇心旺盛なエルフが里から出てくることがあるが、単独だとひどい目に合うのがオチだからな」

「どうして?」

「ルードでわかるだろう。みんなきれいで欲しがるんだよ、奴隷にな」

「もう奴隷はウンザリ」

「人間は所有欲が強すぎる」

 ものすごく実感のこもった言葉だった。きっと色々とあったんだな。


 そのあとビリーは仕事に戻り、私は買い物に出たかったけどまだ奴隷商人の残党がいるかもしれないから、一人で出てはいけないときつく言われていた。

 軽作業組を手伝ってもいいけど、これからの事もあるし、部屋に戻ることにした。

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