第36話 目覚めの後

 

 馬車が動いている。気が付くとルイスさんのベッドで寝かされていた。



「よかったぁ。エリン君、大丈夫?ぼくがわかる?」

「ルイスさんです」

「うん、そうだよ。あっ起きなくていいよ。常闇の炎の皆さんが心配してるからちょっと知らせてくるね。」

 ルイスさんは御者に何か言うと、御者は何か合図を送ったようだった。



 乗合馬車は貴族の馬車ほどではないが、山賊に狙われやすいので、怪しい人影を見たときとか、魔獣が出現したとかを合図する機能がついている。

 でも使わないことも多いので、昼ご飯何にする?とか、明日町で飲もうぜとかを合図の機能で雑談するんだって。その機能を使って私が目覚めたことを伝えたのだ。



「ここルイスさんの寝床ですよね。ごめんなさい、すぐにどきます」

「大丈夫。今日一日僕のベッドは君のものさ。クララさんがどうしても寝かせてあげてほしいからって謝礼をくれたんだよ。ビリー君と一緒の時に君が滝つぼに落ちたからってね。明日の朝までそこにいていいよ。ご飯も常闇の炎のみなさんが分けてくれたしね。新鮮な魚なんてホントに久しぶりだったよ。君の仕事もあの凍った魚を納品ということでいいからね。他の人に売ったらみんな喜んで買ってくれたよ」



 ハハハ、さすが商人。売れるものは何でも売るんだね。



「何が起こったのか聞いてますか?」

「ごめん、はっきりとは知らない。ただどうも例のお嬢様絡みっぽいよ。僕がクララさんにご飯を分けてもらって馬車から離れようとしたとき言い争うと言うより、一方的に執事さんがかばって怒鳴られるって感じだった。執事さんはずっと謝りっぱなしだったし」



 そうか、あの攻撃魔法、ローザリア嬢のものだったんだ。たしか火魔法って鑑定に出てたもんね。威力は弱いけどああいう使い方なら効果的だ。



 ああ、頭が働かない。

 滝つぼの下の暗い影の中を光る3つの眼と強い光魔法。

 それからどうなったんだろう。

 思い出せない。



 ビリーが助けてくれたのかな?



 とにかく今は眠ろう。明日起きてちゃんとお礼と話を聞きに行くんだ。






 朝目覚めてルイスさんの食事を作り終えると、私は3番目の馬車に走っていった。

 中には入れないから誰かが出てこないか待っていると、少ししてクララさんが出てきた。



「クララさん、おはようございます」

「エリン君、おはよう。もう大丈夫なの?」

「はい、あのベッドの事ありがとうございました。皆さんに迷惑かけちゃって」

「迷惑かけたのはこっちのよ。

一応契約してるからはっきりとは言えないんだけどこっちに非があるの。

あの時マスターだけじゃなくルードがね。お嬢様のために魚を取ってきますって了解は得ていったんだけど、あなたもついていったからそれでああいうことになったの」

 そうか、いままでルードさんはずっと彼女についていたから取られたみたいに思ったのかな。



 クララさんは本当にどうしようもないと言った風情でため息をついた。

「マスターがあまりに怒って、おとなしくさせるために記憶を奪う魔法をかけたの」

「えっ?」

「だからお嬢様はあなたの事を覚えていないの。これ以上事件を起こされても困るからね」

 確かに一つ間違えれば殺人だもんね。だけど記憶を奪うってすごいなぁ。



「マスターとしては生まれた時からの記憶を全部消して、侯爵令嬢としてふさわしい態度がとれるぐらいにしたかったみたい。でもさすがにそこまではね。

ビューラムさんが謝り倒して、あなたと馬車を乗り合わせるところからなかったことになってるから、エリン君もそのつもりでね。

また賠償金支払われると思うわ。だからあなたも2度と言わないこと」

「わかりました」


「それでね、もう一緒に狩りにいけないの。

彼女が別のターゲットを見つけて何しでかすかわからないから、試験日までマスターとルードがつきっきりで側にいることになったのよ。

彼女も私たちが側にいることは父親と誓わされてて断れないから。ごめんね」

「いえ、そんなことは。僕もビリーに甘えすぎてたし」


「そんなのいいのよ。

マスターも楽しんでいたし。それに彼の休憩時間だけなんですもの。

それでね、あなたの時間があるときでいいから王都の冒険者ギルドに寄ってくれないかしら。みんなでご飯食べに行きましょう。

ルードが研究しているからおいしいお店ばっかりよ」

「いいんですか!絶対行きます!!」


「よかった。ただあと5日程度だけど私たちとは関わらないでね。こんなこと全然言いたくないんだけど」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「ギルドでは『常闇の炎』のクララかルードって言ってね。マスターはみんなから怖がられているから」

「はい。皆さんとゆっくり話したいです。ビリーにも、お礼言っておいてください」

「もちろんよ。では王都で会いましょうね」

「はい、王都で」



 あと5日も話も出来ないなんて寂しいけど、また王都で会える人が増えた。

 時間ができたし、ビリーとルードさんとクララさんに何かプレゼントしよう。

 何がいいかな?

 ルードさんは食べ物が良さそうだ。

 クララさんは女の人だし、シンディーさんと同じでいいかな。

 


 問題はビリーだ。

 ビリーは魔力が強いから、私が付与したものなんか要らないだろうし。なにかものに興味を示したことがない。なんだろう、何がいいだろう。

 そうだ!迷ったときはお道具箱!

 だめだ、せめて宿屋で一人きりになってからじゃないと。

 でも王都でいろいろ探す楽しみも増えたな。



 そうとなったら、試験だ。

 ローザリア嬢はきっと学院に行くだろう。彼女が記憶をなくしても、もうかかわりあいたくない。

 エヴァンズ1本にするか?

 でもラインモルト様やみんなの期待もあるしなぁ。

 とにかく両方受けてから考えたらいいか。





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