第二章

第29話 王都へ


 朝だ。とうとう出立だ。



 いつも通りの身支度を済ませたあと、少年の服を着て、胸当て、短剣とナイフを帯び、生成りのローブを羽織る。腰のベルトには樫のロッドをはさんで完了。

 これはハルマさんとシンディーさんが私が杖を持っていないのを知って、前に教えた魔法の対価としてくれたものだ。



 実はダンジョンで見つけた亡くなった冒険者の遺品で、シンディーさんに合わなかったらしく売ろうかどうしようかと思っていたものらしい。

 まぁまぁのものらしいから間に合わせにでもとくれた。

 私はロッドがなくても魔法が使えるけど、周りと違うことで目立つのは避けたいのでちょうどよかった。



 鏡を見るといっぱしの魔法使いの少年って感じだ。これからはしゃべり方も気を付けないとだめだ。

 ダンジョンほど危険ではないかもしれないが、いたずらしてくる奴がいるかもしれないし気を付けよう。



 父さんも母さんも店が忙しそうだ。最近、レアダンジョンの方で宝石がドロップしたらしく、ちょっとした宝石特需なのだ。

 朝ご飯の時にちゃんとお別れはすましたんだから。今日からは一人で行動なんだから。



 王都へ向かう乗合馬車は5台あった。

 長距離で乗る人が多いため通常の馬車と違って幅も広く長い。両脇に2段ベッドが3つずつありベッドの下と一番後ろに荷物置き場が備え付けられている。外側や上にも乗せられるので規定範囲内なら商人の仕入れた商品も乗せてくれる。



 御者に試験票を見せると、3番目に乗るように案内された。乗ると中には5人の人が乗っていた。荷物もほとんどない。

 えっ?これ1台12人乗りよね。もう出発10分前だし、駆け込みって大勢来るなんてないはず。



 中にいる人達は、5歳ぐらいの小さな子供連れの女性、かなり裕福そうな祖父と孫といった感じのおじいさんと私と同じくらいの女の子、20代半ばの商人風だが白銀の髪に紫色の瞳の美しすぎる男性。

 おじいさんは白髪に青い目のイケおじ(ハルマ用語です)って感じ。女の子は深紅といいっていいほどの赤い髪に赤い目。見たこともないほどの迫力ある縦ロールの美少女だ。2人は血縁関係じゃないかもな。



 とりあえず、ご挨拶。

「おはようございます。これから2週間よろしく願いします。僕はエリンです」

「おはよう、私はクララ。この子はビリーよ」

 優しそうな淡い金髪で青い目の女性が、輝くような金髪の少年を私に見せた。

「よろしく、ビリー」と男の子の小さな手を握った。

うわぁ、すごい。このぶっ飛んだ魔力量。鑑定しなくたって間違いない。

 


 初めて会うが、彼は魔族だ。



「あなた学校受験に行くの?」

「そうなんです。いいところに受かるといいんですけど」

「そうねぇ。でもあんまり下のところでなかったら、大丈夫よ」

「クララさんも魔法学校に?」

「私はエヴァンズ出身よ。水魔法が出来るの」

「僕は風です」

「そうね、きれいな緑の眼」



 2人でウフフと笑いあっていると、向こう側の席でこそこそ女の子と話していたおじいさんが近づいてきて、

「すまないが、坊や。お金を上げるから別の馬車に乗ってくれないかな?」

「どうしてですか?今クララさんと話をしたからですか?ご挨拶だけなのでもう黙っていますが」

「いやそうじゃなくて」


 そのまま話を続けさせずにさっさと受験票を見せる。

「裏書をご覧になってください。僕の後援者です」

 そこにはラインモルト様とエイントホーフェン伯爵夫人の署名があった。

「これは……」

「申し訳ございませんが満席の乗合馬車でございます。代わりが見つかりません。これ以後の馬車ですと試験に間に合いません。そうなると王家への反逆とされてしまいます。誠に心苦しいのですがお断りいたします」



 おじいさんが女の子に事情を説明したら、

「エイントホーフェン伯爵夫人は男を教えたりはしないわ!このうそつき!!」

「おっしゃる通りです。わたくしは女でございます。あなたのお嬢様のように護衛を4名も付けられませんので自衛のため男のフリをしております。お疑いでしたらクララさんに体を改めていただきましょう」

とお嬢様ではなく、おじいさんに言った。



 くくくっと笑う声がする。かわいらしい5歳児のビリーくんだ。低い大人の声だ。

「アンタの負けだよ、ローザリア。この子は間違いなく女だよ」

「わたくしにそのような口を」

「どのような口だって?」

 ビリーくんがローザリア嬢を睨みつける。

 彼女はビリーくんに絶対目を合わせないようにそらした。



 ビリーくんはもしかしたら魔眼持ちかもしれない。魔眼は見ただけで相手を見抜き、操り、命を奪うこともできると聞く。

 うん、丁寧にしよう。これからは様付けだ!



「ウチの対象者が失礼をした。俺らはクランの『常闇の炎』。クランマスターのビリーだ。同名のAランクパーティーも率いている」

 幼い少年から男の声が出るって不気味だな。

 声の方が実際の年齢なんだろう。



「ただの平民のエリーでございます。お見受けしたところ、ビリー様はSランクでもおかしくないお力のお方。Aランクでよろしいのですか?」

「フン、Sなんかに上がったら王国の首輪がかえってキツクなるからな」

「なるほど、おっしゃる通りでございます」

「なぁ、そのメンドクサイしゃべり方何とかなんねーか?」

「じゃあ、僕も男言葉にさせてもらう。外の冒険者には知られたくないしね。名前もエリンで頼む」


「『常闇の炎』ルードだ。ハーフエルフだよ」

 商人風の男性と握手した。うわぁ、エルフってまつ毛ながいなぁ。

「もしやクララさんは学院のハインツ師のゆかりの方では?」

 クララが目を見開いたので肯定と受け取った。


「詮索するつもりではなかったんですが、先週までハインツ師から魔法を習ってて。魔力が同じ気配なので」

「祖父よ。あなたラインモルト様の孤児院の子なの?」

「いや、教会学校でお世話になってたんです」

「そう、期待されているのね」

「毎年、受験対策の講習会やってるって聞いてますけど」

「それで、祖父やエイントホーフェン伯爵夫人が呼ばれる訳ないじゃない」

「はぁ~、そうですね。伯爵夫人お忙しそうだったもんなぁ」



 そこに穏やかだが、諫めるような口調で声がかかった。

「わたくしはビューラムと申します。お嬢様の執事をしております。申し訳ございませんがお嬢様の御前でございます。私語は慎んでいただけますよう願います」

「馬車の移動がなければ僕には異存ありません」



 もう少しみんなの情報が知りたかったがしょうがない。

 鑑定を使えばもっと情報が得られるのだが、許しがない限り人間に鑑定は使わないのがマナーとされる。

 格上の相手に不用意に鑑定を使ったら、攻撃をしたと見なされて殺されたって文句は言えないのだ。

 それでもみんな危険を承知で鑑定をつかうのだけどね。

 この馬車で2週間も一緒なのにわざわざこっちが攻撃の口実を作る必要ないもの。



 それにしても貴族ややこしいな。

 推測だけど本当は馬車1台貸し切りにするはずが、すでに私の予約が入っていたからできなかったってとこかな。

 お金持ちなんだから乗合馬車なんか使わないでよ。

 あちらもそうなように、こちらも同乗者を選べないのが乗合馬車だ。

 2週間おとなしくしていよう。



「ビューラム、不愉快です。わたくしがなぜ我慢をしなければならないのですか。あのようなもの叩きだしてしまえばよいのです」

「申し訳ございません、お嬢様。屋敷や領地でしたらそのようにいたしますがここは乗合馬車、公共の場でございます。

相手が応じないと返事した以上同乗しなければなりません。

どうしてもとおっしゃるなら馬車を用意させますが、そうなると旦那様のご意向に背くことになります」

「ビューラム!何とかするのがお前の務めです」



 なんかヤバい感じだな。この子。

 普通本人の前で言う?いや、聞かせるようにわざと言ってるのか。ここまで敵意を露にされたら、自衛も必要だな。

 


 いうことでお嬢様だけ、鑑定。




 ローザリア・テレーズ・ゼ・ミューレン侯爵令嬢

 10歳

 火属性魔法 無属性魔法

 傲慢

 我儘

 ジョブ:悪役令嬢

 称号:悪役令嬢




 ええ~!称号持ちでしかも悪役だって!!

 それに我儘、傲慢ってスキルなの? しかもこれだけ?

私ほど多いのは珍しいそうだけどふつうは4,5個あるって聞いたよ?

 何それ、本当に危ないかも。



 こっちこそ不愉快だけど、荷物解かないほうがいいな。隙間でもいいから別の馬車に移動しないと命が危ないかもしれない。

 執事さんが本当に言うこと聞くんだったら、護衛の冒険者に金払って私を殺させればいいし。

 ビリーさん、絶対隠ぺいスキルありそうだもん、殺しぐらいわかんないはず。

あんな強烈な魔力持ち私じゃ絶対無理だから。




 父さん母さん、ヴェルシア様、私の前途は多難です。





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