第103話 人形の村

 依頼のあったパダの村までは、徒歩で五日というところの距離だった。

 私達は村近くの町まで乗合馬車を使い、残りを徒歩で進んで日数を短縮した。現場の今の状況を鑑みると、多少お金がかかっても一刻も早く向かうべきだと思ったのだ。

 整備のされていない、土が剥き出しの峠道を往く事半日。小高い丘の下に、そののどかな光景は在った。


「見て、サーク! あれが依頼のあったパダの村かな!?」


 丘の上から下を見下ろして、私は半歩後ろのサークに問いかけた。


「ああ、そうだろうな」

「……何か、思ってたよりずっと平和そうだね?」


 目に入った村の様子に、私は少し拍子抜けしてしまう。救援依頼なんてものが出るくらいだから、状況は余程切迫しているのだと思っていた。

 けれど、視界に広がる光景はとてものどかで、平和そうで。今まさに危機に晒されている場所には、どうしても見えなかった。


「本当にあれが、パダの村で間違いないのかな?」

「油断はするな、クーナ。一見平和そうに見える場所ほど、ヤバい問題が眠ってたりする」

「……うん」


 サークの言葉に、緩みかけた気を引き締め直す。……そうだよね、どんな時でも油断はしないのが一人前の冒険者!

 改めて、もう一度村を見下ろす。やっぱりどう見ても平和そのものにしか見えないけど……あまりにも、平和すぎる・・・・・気がした。

 今の時代、例え何事もない日々を過ごしていたとしても、必ずどこかに緊張感は残るものだ。魔物というのは、いつどこに発生するのか全く解らないのだから。

 だと言うのに、この村には、その僅かな緊張感すらもないのだ。


「行くぞ。遅れるなよ」


 先に立って歩き出したサークの背を追い、私もまた、歩みを再開した。



 村に入ってすぐ、私達はその異変に気が付いた。


「何……これ」


 私は呆然と、目の前の光景を見つめる。サークもまた、信じられないという風に呆然とした顔をしていた。


 ――そこにいたのは、村人達の姿をした、ひとりでに動く人形達だった。


 遠目からでは解らなかった。人間のように見えていた。

 だから近付くまで気付かなかった。この村を覆う異常さに。


「本物の村の人達は……? 一体どこにいったの?」

「どこかに囚われているか、あるいは……クソ、予想以上にとんでもねえぞ、これは……!」


 人形達は不器用な動きで、恐らくは元々の村人達が送ってただろう生活を模倣している。それに言い様のない薄気味悪さを感じた、その時。


「……!」


 人形の一体が、私達をその視界に入れた。途端にその動きはピタリと止まり、そして。


 カコッ キコッ ペコッ


 その場にいた人形達が、次々にこちらに振り向いてくる。そして、一斉に私達の方に突進してきた!


「ひ、ひいっ!?」

「怯むな! やるぞ、クーナ!」


 思わず恐怖に身を竦めた私に、サークのげきが飛ぶ。そ、そうだ……怯えてないで戦わなきゃ!


「はああああっ!」


 私は近付いてきた人形のうちの一体へと一歩を踏み出し、拳を握り込む。そして顔面に向けて、素早く右ストレートを叩き付けた!


 カパアッッ


「う……っ」


 拳の一撃を受け、呆気なく破壊された頭部にまた気持ち悪さが込み上げる。こ、これなら、まだグールと戦ってた方がマシだよぉ……。

 ちらりと横を見ると、サークが次々と人形達を切り伏せる姿が見える。この人形、物凄く気味が悪いけど、動きも鈍いし強度もそんなにないみたい。これならすぐに全滅させられるかも?

 そう、私が思った時だった。


 カタッ


「え?」


 突然響いた物音に、私は振り返る。そこで見たものは、壊した人形の部品が宙に浮き上がり、次々と人形を修復していく姿だった。


「嘘っ!? ……キャッ!」

「クーナ!」


 驚きに私が動きを止めた隙に、別の人形が私の肩を掴む。そしてそのまま、万力のような力で肩を締め付け始めた。


「あぐっ……!」

「クソがっ、邪魔だテメェら!」


 慌てて人形を振りほどこうとするけど、凄まじい力で喰らい付く人形はどうやっても離れない。サークも他の人形達に行く手を阻まれて、こっちに来れないみたいだ。

 そうしているうちに、肩の骨がミシミシと悲鳴を上げ始める。このままじゃ……!


 ――ヒュッ!


「!!」


 その時どこからか飛んできた一本の矢が、人形の腕を貫いた。壊れた人形の腕からは力が失われ、私はやっと人形から解放される。


「こっちだ! 走れ!」


 次いで遠くの方から聞こえる、若い男の人の声。私と、人形達を一旦蹴散らしたサークは、人形達がまた復活する前に声に従い、その場を離れる事にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る