第91話 満たされないくちづけ
国境を越えてムンゾに入った辺りから、私達は街道を行くルートへと切り替えた。そろそろ保存食の備蓄が底を尽きかけていたし、自分達でも情報収集をしたかったからだ。
ムンゾでもやっぱり、魔物が増えたり魔道具が失くなったりしているらしい。今まで巡った国と一緒だ。
ベルがいるのは恐らく、王都アウル。そこでベルの集めた情報を受け取り、今までの出来事と照らし合わせる。
あれ以来、異神側が直接私を狙ってくる事はないけど……。もしその時が来たら、前の私じゃないってとこを見せてやるんだから!
「クーナ」
お風呂にも入って後は寝るだけ、というところで、隣のベッドのサークが私を呼んだ。私は少しビクッとしながら、サークの方を振り返る。
サークは無言で、私を手招きする。その仕草に私は、大きく唾を飲み込んだ。
――バルザックの襲撃以来、私達に、一つの習慣が増えた。
異神側が探している人間――クリスタの体液には、本来神の血を引いていない者にも神の血による加護を与える効果があるらしい。今解ってる事としては、クリスタの体液を摂取すれば異神の洗脳が効かなくなる事がある。
神の血を引いていないサークにとって、クリスタの体液は洗脳への唯一の対抗手段で。そして私こそが、そのクリスタであるらしい。
そして、最も穏便に、傷を負う事なく体液を摂取する方法と言えば――。
「……うん」
小さく頷き返して、サークのベッドに向かう。そしてサークの座るその隣に、浅く座った。
サークの腕が、私の肩に回された。そのまま引き寄せられれば、自然と私達は向かい合う姿勢になる。
これから、私達は――口付けを交わす。
別に、サークの恋人になれたとか、そういうのじゃない。私は未だ想いを伝えられていないし、サークだって相変わらず私を女として意識してなんかない。
それでも、これが、一番いい方法なのだ。私の――クリスタの体液を、サークに与えるには。
言い出したのは、私。サークは乗り気ではないみたいだけど、また操られるのを避ける為、こうして同意してくれてる。
……正直、全く打算がないとは言わない。例えそこに愛がなくても、堂々とサークとキスが出来るんだから。
でも、それ以上に、サークをもう二度と後悔させたくない。仲間を傷付けたって、自分を責めて欲しくない。
その為なら、キスくらいいくらだって出来る。好き合ってのキスじゃなくたって平気。
終わった後でいつも襲ってくる、胸の痛みくらい――我慢してみせるんだから。
いつ唇を重ねられてもいいように、ギュッと目を瞑る。暗く閉ざされた視界に、互いの息遣いだけが響く。
不意に、頬にサークの大きな手が触れた。軽く引き寄せられるような感覚。そして、唇に――柔らかいものが、触れた。
私は誘うように、唇を少し開く。するとその隙間から、熱く濡れた塊が侵入してくる。
それは私の頬肉を、歯茎を、舌を、味わい尽くすように動き回る。全部奪い尽くされるような甘い錯覚に、私はただ身を委ねるしか出来ない。
好きな人に口内を蹂躙される悦びとままならない呼吸に、だんだん私の思考に霞がかかる。今この瞬間の事以外、何も考えられなくなる。
このまま、サークの熱に溶けてしまえたらいいのに――。
「……今日は、こんなもんだな」
けれど永遠に続くかと思われた時は、呆気なく終わりを告げる。やがて唇は離されて、舌と舌を繋ぐ銀の糸も儚くぷつりと切れる。
大きく息を整えて、力の抜けた体を辛うじて保たせる。サークにもたれかかってしまいたいけれど、恋人同士でもないのに甘えすぎる訳にもいかない。
「大丈夫か? ……なかなか慣れないな」
心配そうに顔を覗き込みながら、然り気無く手で体を支えてくれるサークの優しさに泣きたくなる。例え心のないキスでも、サークはこんなにも優しい。
「ごめんね。もっと早く慣れるように頑張るから」
「……あんまり無理はするなよ。嫌になったらいつでも言っていいんだからな」
「うん……」
こっちを気遣ってくれるサークに、生返事を返す。これ以上こうしているともっとサークに甘えてしまいそうで、それが嫌で、私は急いで立ち上がった。
「寝るね。……おやすみ」
「……ああ」
なるべくサークの顔を見ないようにして、私は、自分のベッドに潜って目を閉じた。
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