第82話 ある筈のない邂逅

「……ん……」


 体に吹き付ける冷たい風に、意識が戻る。いつの間にか眠っていたらしい。

 あんな事があった直後だから、きっと眠れないと思ってたのに。どうやら私の体は、思いの外図太く出来ているらしかった。

 腕の中には、残された右手の小手の固い感触。あれから私はろくに食事も摂らず、ずっとこの小手を抱いていた。

 まるで、会った事のないひいおじいちゃまに縋るように。こんな事をしても、ひいおじいちゃまが答えてくれる訳がないのに。

 これから一体、どうすればいいのか解らない。今の自分に出来る事が、何も見えてこない。

 サークの足手まといにだけは、絶対になりたくなかったのに――。


「……うぅ……」


 それにしても、体がやけに冷える。寝相はいい方だと思ってたのに、もしかして毛布を蹴飛ばしでもしてしまったんだろうか。

 目を閉じたまま、毛布を探して片手を伸ばす。するとその手が、冷たい石の床に触れた。


「……え?」


 有り得ない筈の感触に、思わずパチッと目が開く。だって私は、土の地面の上に立てたテントの中にいた筈……。

 目に入ったのは、薄暗い石造りの壁。明らかに寝る前とは違う風景に、私は慌てて飛び起きた。

 そこは、一直線に続く通路の途中だった。壁には等間隔で明かりが備え付けられ、辺りの様子を仄かに照らし出している。


「こ、ここどこ……?」


 あまりに急な展開に、呆然としてしまう私。もしかして、私まだ夢を見てるの?

 試しに、頬を思いっきりつねってみる。途端に強い痛みが顔中に広がり、私はすぐに今つねったばかりの頬を擦った。


「イタタ……。夢……じゃない? じゃあこれ、どうなってるの……?」


 ――ゴソリ。


 混乱する私の耳に、背後から、何かが蠢く音が聞こえた。私はすぐに意識を切り替え、素早く後ろを振り返る。


「!!」


 そこにいたのは、全長十メートルはあろうという巨大なムカデだった。ムカデはこっちを威嚇するように、上半身を持ち上げ見下ろしてくる。


「……こんな時に……!」


 急いで右手に小手を嵌めて、私は構えを取る。例え逃げても、あの巨体じゃすぐに追い付かれるだろう。

 『炎の拳ブレイズ・ナックル』は使えない。いつもの炎の魔法も撃てない。それでも……サークがここにいない以上、やるしかないんだ!


「来なさい……ただじゃやられないんだから! 『限界解放リミットバースト』っ!」


 せめてもの足掻きに、魔道具を起動させる。体が軽くなり全身に力がみなぎるのを感じながら、私はムカデを睨み付ける。

 ムカデもギチギチと顎を鳴らし、今にも襲いかかろうとこっちを狙っている。先手必勝だと私が拳に力を込めた、その時。


「『我が内に眠る力よ、轟雷に変わりて敵を撃て』!」


 突如空間を切り裂く、凛とした男の人の声。直後に私の頭上を越えて、激しい稲妻がムカデの頭を撃ち抜いた。

 稲妻をもろに受けたムカデの頭が、原型を留めない形で吹き飛ぶ。そのあまりに呆気ない決着に、私の頭は真っ白になってしまった。


「……ふう。この遺跡は本当に魔物だらけだな」


 コツコツと言う革靴の音と共に、再び男の人の声が響く。私はゆっくりと、声の主の方を振り返る。

 そこには――。


「……ひい、おじいちゃま……?」


 家にあるひいおじいちゃまの肖像画をそのまま若くしたような顔立ちの、黒いローブに三角帽子を身に付けた男の人の姿があった。

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