第80話 砕かれた想い

 まるで、スローモーションのようだった。

 氷の粒と化して、夕日を反射し場違いなほどに美しく煌めく小手の姿も。

 それにニヤリと、勝ち誇った笑みを浮かべるバルザックも。

 皆皆、総てに現実感がなく、ゆっくりと、ゆっくりと動いて見えた。


「ひいおじいちゃまの……小手が……」


 呆然として、呟く。壊されたのは、左手――ぎょくの付いている方の小手だった。

 玉を失えば、『炎の拳ブレイズ・ナックル』はもう撃てない。それどころかバルザックに通用するだけの炎も出せない。


 私に、バルザックに対抗する手段は、もうない。


「下がれ、クーナ!」


 背後から聞こえた声に、ハッと我に返る。振り返るとサークが曲刀を構え、こっちに向かってきていた。


「おっと、逃げられちゃ困るなァ?」

「っ、離して!」


 その声に反応して、バルザックが即座に私の素手を掴む。だけど、何故か私自身が凍らせられる事はなかった。


「クーナから離れろ、氷野郎っ!」


 私を掴んでいるのとは逆の腕目掛けて、サークが曲刀を振り下ろす。駄目、それじゃサークまで……!


「オンナ盗られて自棄ヤケになったかよォ!」


 案の定、バルザックは片手を突き出し曲刀ごとサークを凍らせようとしてくる。……けれど。


「なっ!?」


 直後、バルザックの表情が初めて驚愕に歪む。バルザックの手が触れても曲刀は凍る事なく――逆にバルザックの掌を浅くだけど切り裂いたのだ。


「そらっ!」


 バルザックの私の腕を握る力が弱まったのを見逃さず、サークの手が私を引き寄せ、胸元に抱き込む。それと同時に、サークは土の精霊の召喚を完了させていた。


「貫け!」

「チイッ!」


 その号令と共に、地面から無数の槍が突き出てバルザックを襲う。これには流石のバルザックも簡単には対処出来ず、急いで私達から距離を取ると槍を一つずつ素手で叩き壊し始めた。


「生命力が吸い切れねェ! テメェの仕業か精霊使い!」

「生憎だったな! こっちの世界じゃ術者の魔力を精霊に上乗せ出来んだよ!」


 不敵に笑うサークだけど、顔には玉の汗が浮かんでる。精霊に常に魔力を注ぎ込むなんて、サークにかかる負担は尋常じゃない筈だ。

 サークを助ける手段を何も持たない自分が歯痒い。せめて、玉だけでも残ってたら……。


「ククク……アーッハッハッハッハ! まさかオレ様の力に対抗出来る奴がいるとはなァ! 流石は異世界、そうでなくっちゃ面白くねェ! ならオレ様も本気を……!」

「――何を遊んでいる、バルザック」


 獰猛な笑みで吠えたバルザックの背後から、不意に声がする。聞いた事のない、低く重みのある男の人の声。

 その直後。


 ――ドガアッ!!


 バルザックを襲っていた土の槍が、一瞬にして総て薙ぎ倒された。土煙の中から姿を現したのは、漆黒の甲冑を身に纏い、同じく黒い大剣を手にした一人の戦士。


「んだよグレンのオッサン、今イイとこなんだから邪魔すんじゃねェよ」

「そこの男とお前とでは相性が悪い。今は無駄に力を消耗させる時ではない筈だ」

「……チッ」


 興醒め、とでも言うように、バルザックが構えを解いて肩を竦める。バルザックも黒い戦士も隙だらけなのに、サークは追撃をかけようとはしない。

 理由は解る。……あの黒い戦士、只者じゃない。バルザックより、ううん、もしかしたらサークよりも……。


「『神の器クリスタ』よ」


 黒い戦士が、私の方を向く。……バルザックといい人の事をクリスタクリスタって、一体何だって言うの!


「私はクリスタなんて名前じゃない。クーナって立派な名前があるの!」

「ではクーナよ。今日のところは我らは引こう。此度の事は元より、バルザックの独断。ここで事を構える事は、我々としても本意ではない」

「待てよ……テメェに戦う理由がなくても、俺にはあるんだよ……!」


 この場を離れようとする二人に、サークが鋭い視線を向ける。それに対する黒い戦士の言葉は、どこまでも静かだった。


「……我ら二人を一人で相手取るのは、勇気ではなく無謀だと思うが?」

「うるせえよ……! コイツを、クーナを守れるのは俺しかいねえんだ……!」

「無謀と知りつつ、それでも引かぬか。その心意気だけは立派よ。だがそれに応える義理は、我らにはない。……異世界の戦士よ、今はまだ、『神の器クリスタ』は貴君に預けるぞ。行くぞ、バルザック」

「チッ! オイ精霊使い、次にオレ様と会うまで死ぬなよ!」

「っ、待て……!」


 サークは急いで追おうとするけど、それより二人がその場から消える方が早かった。残されたのは険しい顔のままのサークと、その腕の中の私。

 一体、私の知らないところで何があったの? そして――。


 ひいおじいちゃまの小手を失って、私はこれから、どうしたらいいの――?

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