第64話 いざ中央大陸へ
「んー、気持ちいい!」
港に吹く潮風を体いっぱいに浴びて、大きく伸びをする。そんな私に、呆れたようにサークが言った。
「あのな、遊びに来たんじゃねえんだぞ」
「解ってるよ。でも、どんな時でも旅を楽しむ心を忘れるなって、昔サークが教えてくれたんだよ?」
「……確かにそうだけどよ」
振り返ってそう言い返すと、サークは少しバツの悪そうな顔をした。……気のせいかな。サイキョウでの一件以来、サークに少し余裕が無くなったような気がする。
私達はサイキョウを出た後幾つかの国を素通りして、ここ、リンゼイ国の港町に辿り着いた。途中で何度かトラブルにも巻き込まれたけど、それは省略しようと思う。
季節はそろそろ秋が終わり、冬になろうとしている。野宿をするには、そろそろ厳しい季節だ。
テオドラとプリシラとはそのままサイキョウで別れ、ベルは私達よりも先に中央大陸に向かい、神殿経由で情報収集をしてくれる事になっている。色々あったけど、ベルが私達に協力してくれるようになったのは、これからを考えると大きいと思う。
そうそう、愛用のローブがノア達との戦いでボロボロになったから、思い切って服を新調したの。今の服装は、フード付きの黒のロングコートに白の袖無しタートルネック、それからデニムのショートパンツ。黒の三角帽子と銀の小手、太股の魔道具はそのまま。
前のローブは憧れのひいおじいちゃまの現役時代の服装を真似てたんだけど、いつまでも憧れてるだけじゃ駄目だよね。異神を倒す為には、ひいおじいちゃまの真似をするんじゃなくて、ひいおじいちゃまを超えるくらいの冒険者を目指さないと!
……でもこの格好、「足が出過ぎ」ってサークには不評なんだよね。私は動きやすくなって、良かったと思ってるんだけどな。
「とにかく、さっさと乗船手続きを済ませるぞ。これを逃したら、次の便は十日後だからな」
「うん!」
言うなり、サークはさっさと歩き出してしまう。私は急いで、その後を追う。
……それにしても。本当のところ、サークは私の事をどう思ってるんだろう。
今までは、全く相手にされてないって思ってた。だから無心に、自分を磨き続けてきた。
でも……。
(……全然、何とも思ってない女の子にあんな風にキスするのかな。サークは)
サイキョウでのサークとのキスは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。忘れる事なんて出来ないし、忘れたくもない。
もしかしたら。ちょっとくらいは脈、あったりするのかな。
知りたいけど、確かめるのが怖い。もしこれがただの自惚れだったら、立ち直れなくなっちゃうかもしれない。
あれからのサークは、あのキスが嘘みたいにいつも通りで。だから、余計に解らなくなる。
私は――サークにとって、どんな存在なの?
(……ううん、いつまでもこんな浮わついた事、考えてられないよね)
埋没しそうになった思考を、私は慌てて振り払った。そうだ。直接は戦わなかったとはいえ、私達は敵の幹部クラスを退けたんだ。
これから先、きっと戦いはもっと本格化する。いつまでも好きとか嫌いとか、考えてる場合じゃない。
「……サークっ!」
気合を入れて、前を歩くサークに呼び掛ける。サークは上半身だけで振り返り、私を見た。
「止めるよ、異神を!」
「……ああ、その意気だ」
お互いの顔に、笑みが浮かぶ。私はサークに追い付いて、隣に並んだ。
この世界は――絶対私達の手で、守ってみせるんだから!
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