番外編 秋の夜の打ち上げ花火

「わぁー! クーナちゃん似合う似合うー!」


 金魚柄の水色の、浴衣っていうサイキョウ伝統の服装で出てきた私に、テオドラとプリシラが歓声を上げる。今日は髪もアップにしてお団子に結い、完全にサイキョウ風に合わせたつもりだ。

 ちなみに二人は髪型はいつも通りだけど、テオドラが牡丹柄の赤い浴衣でプリシラが朝顔柄の紫の浴衣。二人のイメージにピッタリの浴衣だと、個人的には思う。


「きっとそれなら~サークはんもイチコロやで~」

「そ、そっかな……?」

「うんうん! じゃあ早速待ち合わせ場所に行こ!」


 二人に挟まれるようにして、浴衣のレンタル店を出る。男性用浴衣のレンタル店は別のお店だったので、お互いに浴衣に着替えてから集合する事になったのだ。

 外に出ると、薄闇を辺り一面の提灯の仄かな灯りが照らして何だか不思議な雰囲気を形作っていた。他の国のお祭りはとにかく騒がしいって感じだけど、サイキョウのお祭りはそれとはちょっと違う、しっとりとしたムードが漂っている。

 今履いている、干し草で作られた草履ぞうりというサンダルは、歩いているとちょっと変な感じがする。安いし雰囲気が出るからとつい買っちゃったけど、これなら普通のブーツでも良かったかもしれない。

 この秋の豊穣祭はサイキョウの目玉らしく、夜だというのに往来は人でごった返している。私達ははぐれないよう、しっかり密集しながら歩いた。


 そうしているうちに待ち合わせ場所の、私達の宿の前に辿り着く。そこではもう、背の高い二つの人影が並んで私達を待っていた。


「サークさん、ベルファクトさん、お待たせー!」


 大声で手を振るテオドラに、片方が小さく手を振り返す。駆け足気味に近付くと、やがて二人の様子がハッキリと見えてきた。


「……!」


 思わず、胸がドキリと高鳴った。そこにいた二人は、どちらも浴衣を着ているのに、まるで対照的な装いだった。


 ベルの方は、紺色のシンプルな柄の浴衣。乱れなくキッチリと着こなす様は、ベルの素の性格を表しているようだ。

 そしてサークは、青と灰のストライプ模様の浴衣。キッチリし過ぎず、少し着崩しているのが不思議と様になっている。


「わー! 二人ともカッコいい!」

「タイプの違うイケメンが二人で女の子達大歓喜やな~」


 両隣でテオドラとプリシラがはしゃぐ中、私はサークの浴衣姿に釘付けになっていた。い、いつもと違う格好だってだけで、こんなにドキドキするなんて……。


「お前達もよく似合っている。特に……クーナは」

「え、えっ?」


 急にベルに話を振られて、ハッと我に返る。私はさっきまでの自分を誤魔化すように笑いながら、ベルにお礼を返した。


「エヘヘッ、お世辞でもありがと! 相変わらずベルは口が上手いね」

「いや、私は本気で……」

「サークはん~、どや~クーナはんの浴衣姿~! ごっつかわええやろ~!」


 何か言いかけたベルを遮るように、プリシラがズイと私をサークの方へ押しやる。拍子にサークとつい目を合わせてしまい、一気に顔に熱が灯っていく。


「あ、えっと……」

「……」

「ど、どう……かな……?」


 サークは私を見たまま、何も言わない。私がどうしていいのか解らずにいると、不意にサークが顔を背けた。


「……馬子にも衣装、って奴じゃね」

「もー! クーナちゃんこんなに可愛いのにー!」


 テオドラが頬を膨らませて文句を言う中、私はドキドキが加速するのを抑えられなかった。これって……少なくとも浴衣は可愛いって思って貰えたって事だよね?


「こんな女心が解らん兄さんほっといて、行こうや、ベルファクトはん~」

「え? オイ……」

「ボク達二人の事、しっかりエスコートしてよね!」


 不満そうにそう言って、テオドラとプリシラはベルを挟むように移動していく。そしてそのまま、私とサークを置いて歩き出した。


「クーナちゃんはサークさんと、後からゆっくり来てねー!」

「コラ、引っ張るな、お前達!」


 急いで後を追おうとしたところで、テオドラが振り返ってニンマリと笑う。そこで漸く、私はテオドラ達の思惑を理解した。


(ふ、二人とも……私とサークを二人っきりにさせるつもりで!?)


 そう思うと、冷めかけた頬がまた熱くなる。そんな私の想いに気付いていないのか、舌打ちをしながらサークが呟いた。


「チッ、アイツら……すぐに追うぞ、クーナ」

「……待って!」


 歩き出そうとしたサークを、私は反射的に手を引いて引き止めていた。胸の鼓動が、また少し大きくなった気がした。


「……三人の邪魔をしないように……ふ、二人で……ゆっくり行こ……?」

「……」


 サークの目が、私を真っ直ぐに見つめる。一瞬にも永遠にも思える時間の中、やがてサークは深い溜息を吐いた。


「……しょうがねえな。はぐれんなよ?」

「う、うん!」


 強くしっかりと握り返された手に、胸が、また一つ大きく高鳴った。



 二人で巡るお祭りは、本当に楽しかった。

 屋台で色んな珍しいものを食べたり、催し物を楽しんだり。

 最初はドキドキしながらだったけど、途中からは、お祭りそのものを自然に楽しんでいた。

 そうして、気が付くと、お祭りは終わりに近付いて――。



「はー……今日はいっぱい遊んだね!」


 いつの間にか自然になっていた繋いだ手を軽く振りながら、サークに笑いかける。サークは小さく苦笑を浮かべて、そんな私を見つめ返した。


「病み上がりとは思えねえはしゃぎっぷりだったな、ホント。ガキみてえ」

「お祭りを楽しむのに、大人も子供も関係ないもん! サークだって、凄く楽しんでたじゃない」

「仰る通りで。こりゃ一本取られたわ」


 あのキス以来少しぎこちなくなってた私達の会話も、すっかり元通りになっていて。ちょっと勿体無い気もするけど、今はこの距離感が一番心地好いと感じる。


「さて、そろそろ始まるぞ」

「? 何が?」

「いいから、空見てな」


 不意に、サークが空に視線を向けた。言われるままに、私も空に視線を移す。

 すると。


 ――轟音と共に、まるで大輪の花のような光が夜空を彩った。


「わあ……!」


 見た事もない幻想的な光の芸術に、思わず見とれる。いつもの星空とはまた違う、華やかな美しさがそこには在った。


「凄い! 凄いよサーク!」


 はしゃいで声に出してみるけど、その声は次々と響く轟音に掻き消されてしまう。サークも私の声が聞こえてはいないのか、返事が返ってくる事はなかった。

 光は轟音と共に何度も現れては消え、夜空に軌跡を描いていく。華やかで、儚くて――でも、心にしっかりと焼き付くような、そんな光景。


「……私、幸せだよ。サークと今日、この光景を見られて」


 届いてない事が解りながら、私はサークに言う。サークの顔は、何だか恥ずかしくて見れなかった。


「――好きだよ」

「――……」


 轟音に合わせてひっそりと口にした告白に。サークの声が重なったような、そんな、甘い錯覚がした。

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