第21話 悪魔の立方体
円陣を組んでいたフードの連中が、武器を手に取り部屋の入口へと殺到する。私は構えを取ったまま、いつ襲いかかられてもいいように相手方の様子を窺った。
「アレアレアレェ? 随分可愛い子ネズミちゃんじゃーん」
「あの娘は……」
ニヤニヤと笑みを浮かべる女の子の隣で、女の子と会話していたフードの男が口を開く。女の子は笑みを消し、隣の男を振り返る。
「ナニ? 知り合い?」
「はい。『竜斬り』が仲間として連れ歩いている小娘です」
そう言った男のフードの下から、蛇のような目が覗く。その目に私は、男が誰であるかをやっと思い出した。
「あなた……サークを宿屋まで迎えに来た黒服!」
「おや、バレてしまいましたか。これはますます、ここで逃がす訳にはいかなくなった」
「『リューギリ』の仲間ねえ……なら、ここは人質になって貰おっか♪」
不敵な笑みと楽しそうな笑み、それぞれ対称的な笑みを浮かべる二人。それを見ながら私は、ここを無事に切り抜ける方法を大急ぎで考えていた。
いきなり背中を向けるのは論外。向こうに魔法使いがいれば、いい的になるだけだ。かと言ってこの数を一人で全員叩き伏せられると思うほど、私は自分の力を過信してはいない。
まずは向こうの手の内を見て、魔法使いがいそうなら速攻で片付ける。その上で何とか逃げられる隙を探す。私に思い付くのはこれくらいだ。
「じゃー皆、子ネズミちゃんの事可愛がってあげて。タ・ダ・シ……死なない程度にネ♪」
女の子がそう言うと同時に、フードの連中が一斉に私に向かってくる。私は顔を半分だけ後ろに向けると、大きく声を張り上げた。
「今だよ!」
「なっ!?」
その声に驚いた相手の一瞬の隙を突き、私は素早く目の前にいる剣を持った相手の元へ駆け寄る。そして大きく踏み込み、胴体に正拳突きをお見舞いした。
「ぐはっ!」
「まだまだ!」
後方へ吹き飛んでいく相手を横目で見ながら私は身を落とし、更にまだ反応の出来ていない左右の二人の足を同時に払う。そしてバランスを崩した二人の頭を、すかさず立ち上がって一人ずつ蹴りつけた。
「ぐうっ!」
「がはっ!」
「へえ……なかなかやるじゃん、子ネズミちゃん」
私の戦いぶりに、感心したように女の子が言う。私はそれに構わず、相手の次の出方を窺う。
「ならば! 『いでよ炎よ』!」
すると後方に控えていた一人が、私に向けて人間の子供くらいの大きさの火球を放った。私は体の前に両腕をクロスさせて、真っ向からその火球に突進していく。
火球と私の腕が、真正面からぶつかる。その直後、火球は風船が破裂するように弾け飛んだ。
「馬鹿なっ!?」
驚く相手の顔面に、私は左フックを叩き込む。相手はフードの下の顔面を変形させながら、右斜め後ろへ吹き飛んでいった。
このミスリルの小手は、魔力を通さない。即ち魔法を直接ぶつけられても、こうして弾く事が可能なのだ。
ともあれ、これで四人片付けた。そろそろ逃げ出す算段を整えないと……。
「『いでよ雷よ』!」
「ひぐっ!?」
――そう思った瞬間だった。私の全身を、激しい痛みが貫いたのは。
耐え切れず、その場に倒れる。床に転がる私を、残りのフードの連中が包囲した。
「キャハハッ、ザンネーン! 魔法を使えるのは一人だけじゃなかったんだよネ~♪」
耳に響く、楽しそうな女の子の声。私は体を動かそうとするけど、全身が痺れて上手く力が入らない。
「安心しなよ。『リューギリ』と一緒に、アンタもビビアン達の仲間にしてア・ゲ・ル・カ・ラ♪」
誰が。誰があんた達みたいな怪しい奴らの仲間なんかに。叫びたい気持ちを、グッと堪える。
体の痺れは、少しずつ取れてきてる。あと少し。あと少しで……。
「それじゃー、その子ネズミちゃん、ビビアンのとこまで連れてきてよ」
「はっ」
「あぐっ……!」
そう思ってると髪を鷲掴みにされ、無理矢理起き上がらされた。髪がブチブチと抜けていく感覚に悲鳴を上げた、その時。
「テメェら……クーナに何してやがるコラアアアアアッ!!」
辺りに轟く、そんな怒号。その次の瞬間、私の髪を掴んでいた奴が猛烈な勢いで吹き飛んでいった。
「誰だ、きさ……」
「やかましい!」
突然の事に混乱するフードの連中は、乱入してきた誰かに次々と斬り伏せられる。そうして動ける者がいなくなると、その誰かは私の側に跪いた。
「クーナ! クーナ、返事をしろ、クーナ!」
「……サーク……」
それは、今一番会いたくて、今一番会いたくなかった人。見上げた顔は今まで見た事がないほど必死で、それを見た私の胸がまた痛んだ。
ああ、私は――また、サークの足を引っ張っちゃったんだ――。
「サーク、あれを!」
後から入ってきたらしいドリスさんが、何かを見て叫ぶ。それにサークが振り返り、私もサークの視線の先を追った。
そこにあったのは、中型の赤い魔法陣だった。きっと最初はあの周りに、あいつらが集まっていたんだろう。そして魔法陣の上には、様々な魔道具が等間隔に円状に並べられていた。
「何だい、あの魔法陣は!?」
「おい、光が……!」
私達が見ている前で、魔法陣は強い光を放ち始める。すると離れた所にいた筈の女の子が、一瞬のうちに魔法陣のすぐ側へと移動した。
「!? どこから!?」
「フフン、ナイスタイミーング♪」
驚く私達など意にも介さないように、女の子が魔法陣の中に手を突き入れる。魔法陣の光は徐々に中央に収束し、やがて、一つの小さな立方体の姿を形作った。
「カンッセーイ」
女の子の手が、現れた立方体を掴む。直後、ドリスさんが弾かれたように女の子の方へと駆け出した。
「よく解らないが、そいつはろくなモンじゃなさそうだ。渡して貰うよ! 『集え氷よ』!」
ダガーに氷を纏わせ、ドリスさんが女の子に斬りかかる。けれどダガーの刃が届く直前、女の子の姿は一瞬にして掻き消えた。
私も動くようになった体を起こし、女の子を探す。すると女の子は部屋の入口の前に、黒服と一緒に立っていた。
「ねーえ、マクガナル」
手の中の立方体を弄びながら、女の子が歪んだ笑みを浮かべる。黒服はそんな彼女の意図を掴めないようで、呆けた様子で返した。
「は……?」
「
言うが早いが、立方体を握った女の子の手が黒服の腹部を貫く。黒服の口から血の塊が吐き出され、床を赤く染めた。
「あの子、素手で人間の体を……!?」
その異様な光景に、私達は誰も動く事は出来ない。女の子は暫く遊ぶように腕を動かした後、血塗れの手を黒服の体から引き抜いた。
直後。
「……ヴォオオオオオオオオオオッ!!」
黒服が、この世のものとも思えないような咆哮を上げた。フードの下の筋肉が隆起し、ボコボコと膨張していく。
「何なんだ、これは……!」
私を庇うようにして立つサークが、そう言って唇を噛み締める。そして、私達の見ている前で、ソレは――。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
黒服――いや、人間
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