第18話 月夜の追跡劇

 時刻は夜、月と星の明かりが地上を照らす頃。私達三人は、ギルドの通用口を見張っていた。

 ギルドは既に閉まり、事務員さん達は表の出入口から帰り始めている。そんな中わざわざ通用口から出ていこうとするなら――それは人に姿を見せたくない理由があるという事。


「本当に来るかな……」

「アタシの見立てが正しけりゃ、今夜必ず動く筈さ。まあ、見てな」

「……シッ!」


 サークが口に人差し指を当て、私達の会話を制する。見ると、通用口が開いて、フードを目深に被った人物が辺りを窺いながら出てきたところだった。


(来た……!)


 フードの人物は私達が見ている事には気付かず、そのままどこかへ歩き始める。その背を見ながら、サークが小声で精霊語を唱えた。

 間も無く、暗い闇に溶け込むような真っ黒な姿の闇の精霊が現れる。サークはその闇の精霊に、やっぱり小声で命じた。


「奴の後を追え。但し見つからないようにな」


 闇の精霊は頷き、フードの人物の方へと飛んでいく。それを確認すると、サークは私とドリスさんの方を振り返った。


「保険はかけた。行くぞ」


 私達は頷き、フードの人物を見失わないよう後を追う。念には念を入れてるんだろう、フードの人物はまるで尾行されているのが解ってるかのように複雑なルートを辿って歩いていく。

 そして、何度目かの角を曲がった時の事だった。


「!!」


 驚いて声が出そうになったところを、寸前で堪える。そこには馬が用意されていて、フードの人物はヒラリと馬に飛び乗ると、そのまま走っていってしまったのだ。


「チッ……これで頼りは闇の精霊だけか」


 遠ざかる馬の足音を聞きながら、サークが舌打ちをする。こっちも馬は事前に借りておいたけど、馬を待機させている場所まで戻っている間に私達だけじゃ追えないところまで距離を離される事は間違いなかった。


「精霊の遠隔操作は王都から隣町までの距離は可能、だったね」

「ああ。これ以上離されないうちに、俺達もすぐ馬に乗るぞ」


 サークの言葉に頷いて、私達は借りた馬を繋いだ場所まで急いだ。



 王都を出た馬は街道を逸れ、道なき道を走っていく。フードの人物につけている闇の精霊の居場所が把握出来るサークの案内がなかったら、確実に見失ってた事は間違いはなかった。


「少しスピードを上げるぞ。向こうとの距離が遠くなってきた」

「あいよ。嬢ちゃん、振り落とされんじゃないよ!」

「大丈夫です!」


 予算の都合で、借りた馬は二頭。一頭はサークが一人で乗り、もう一頭に私とドリスさんが乗っている。

 私も馬には乗れるんだけど、魔法使いは手が空いてた方がいいという二人の意見で後ろになった。……それ自体は問題ない筈なのに、サークとドリスさんの意見が一緒だった、ただそれだけでモヤっとする。

 この仕事が始まってから変だ、私。ドリスさんと自分を比べてばかりいる……。


「……っ!」


 と突然、少し前を走るサークが前のめりになった。心配になった私は、思わず声を上げる。


「サーク! 大丈夫!?」

「大丈夫だ。……だが闇の精霊が消された。勘付かれたか」

「何だって!? それじゃどうすんだい!」

「ひとまず、精霊が消されたポイントまで行ってみるしかあるまいよ!」


 その言葉に反対する者は誰もいなかった。私達は急ぎ、精霊が消えた場所へと向かったのだった。



 暫く無言で馬を走らせ、辿り着いたのは、古めかしい地下道への入口だった。近くの木には馬が繋がれ、フードの人物がここを訪れたらしい事を知らせてくれる。


「ドリス、ここは?」

「王都郊外の遺跡だね。大した歴史的価値もないんで、国も捨て置いてる場所さ」


 振り返り問いかけるサークに、ドリスさんが答える。そして皆で馬を降りると、中の照明に明々と照らされた地下道に目を向けた。


 遺跡っていうのは今から千年以上前、神と人が手を取り合って魔物と戦った『神魔大戦』時代や、その後の神の子孫達が世界の覇権を巡って大戦争を起こした『神々の黄昏』時代に建造された建物の事だ。これら遺跡には現在に伝えられてない技術やその技術で作られた魔導遺物が多く眠っていて、遺跡の発掘で一財産を築こうとする冒険者も昔は沢山いたらしい。

 もっとも今では存在を確認されている遺跡は総て調査が終わっていて、一応は国の管理下って事になってるけど扱いは様々。人里近い遺跡なら観光名所になってたりするけど、ここのように人里と離れている為に放置されている遺跡も少なくないのだ。


「精霊が消えた理由が解ったぜ。ここは精霊の力を使って稼働するタイプの遺跡だ。俺の呼び出した精霊も、遺跡に力を吸われて消滅しちまったんだろうぜ」

「成る程ね。つくづく秘密の隠れ家には都合のいい場所って訳かい」


 つまりここでは、サークの霊魔法には頼れない。自然と、自分が緊張していくのが解った。


「気負うな、クーナ」


 すると不意に、そうサークが言った。その顔には、力強い笑みが浮かんでいた。


「お前はいつも通り、自分に出来る事をやりゃあいい。俺なら霊魔法がなくてもなんとかなる。俺を信じろ」

「……うん」

「それじゃあ行こうかね。鬼が出るか蛇が出るか」


 ドリスさんが太股から二本のダガーを抜いて先頭に立ち、その次に曲刀を手にしたサークが続く。最後に私が殿を務めて、地下への階段を下りていった。

 階段を下り切ると、そこは広い空間になっていた。両脇の壁には甲冑が飾られていて、空間の中央を見つめる形になっている。


「……クーナ、ドリス」

「ああ」


 それを見たサークとドリスさんの二人が、即座に戦闘態勢を取る。私がそんな二人に戸惑っていると、壁の甲冑が次々と動き始めた!


「リビングアーマーだ……来るぞ!」


 そのサークの声に、私もまた構えを取った。

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