第11話 三角関係勃発?
「ふう、今日も何とか無事に一日が終わりそう」
フレデリカへと発って三日。私達の護衛する商隊は、フレデリカへの国境へと通じる山道の途中でキャンプをする事になった。
この辺りには町や村はなく、野宿か強行軍しかないのだという。先は急ぐけど、馬車を引く馬のコンディションを考えるとここで休息を取った方がいいというボズさんの判断だった。
「気は抜くなよ。いつ何が起こるかなんて解んねえんだからな」
「解ってますよーだっ」
すぐ近くで私と一緒にテントを立てているサークに、ベーッと舌を出し返す。それが解らないくらい、私だって新米じゃないんだから!
「お手伝いしますよ、クーナさん」
その時ベルファクトが、私とサークの間に割り込むように話し掛けてきた。途端、商隊の女の人からの視線が一気に厳しくなるのを感じる。
ベルファクトは商隊の女の人に大人気だ。物腰穏やかで、誰にでも優しい。――唯一、サークを除いては。
最初は女の子にだけ優しいのだと思っていたこの人、どうやら優しくするのに男女の区別はないようだった。男の人の仕事も、積極的に自分が代わったりしている。
だというのに、唯一サーク相手だけは無視を貫いているのだ。他の人は気付いてないみたいだけど、私は基本的にサークと一緒にいる事が多いから解る。
サークの顔がいいからいけ好かないとか? だとしたら狭量すぎるんですけど!
「結構です。これは私の仕事ですから」
「そう言わずに。こういう力を使う仕事は、我々男性に任せておけばいい」
私はそう素っ気なくベルファクトに返すけど、ベルファクトも簡単に引き下がるつもりはないようだ。そのしつこさに、私は思わず溜息を吐く。
出発以来、何かと言えばこんな調子でベルファクトが私に絡んでくるので、正直私の肩身はとっても狭い。エルフの美形と組んでてなお、他の男までたらし込む悪女。そう噂されているのだって、偶然聞いてしまった。
はあ……私はサーク以外の男の人になんてそんな意味での興味は全然ないのに、どうしてこうなるんだろ……。
「ますます結構です。私は女って立場に甘える気はありませんから!」
「気丈な人だ。そんなところも可愛らしい」
「ベル様ー! どうか私達を手伝って頂けませんかー?」
その時離れた所から、女の人達がベルファクトを呼ぶ声がする。ベルファクトは小さく苦笑を浮かべると、そっと両手で私の手を取った。
「すみません、呼ばれてしまいました。また後でゆっくりお話しましょう、クーナさん」
「ふん!」
今度は指にキスしようとするベルファクトの手を全力で振り払って、そっぽを向いてやる。遠ざかっていく足音が耳に響いたところで、サークが口を開いた。
「……良かったじゃねーか。色男にモテて」
「良くない! 私がああいうタイプ嫌いだって、サークも知ってるでしょ!?」
「じゃあ、どんなタイプならいいんだよ」
「……っ」
意地悪く問い返されて、言葉に詰まる。普段は意地悪だけどホントは優しい、サークみたいな人……なんて、本人の前で言える訳ないじゃない!
「……秘密っ!」
結局そう言って、私はテント張りに集中する事にした。出来る限り自分をアピールしてはいるつもりだけど……面と向かって気持ちを伝えるのは、やっぱり恥ずかしいのっ!
……それにしても、出発してからずっとサークの機嫌が悪い気がするんだけど……。やっぱり、ベルファクトに無視され続けてるせいかな……?
日持ちするパンや干し肉などの携帯食でささやかな夕食が終わり、皆が明日の為にテントに引っ込んだ頃。私は近くを流れている小川に、一人水を飲みに来ていた。
携帯食は腹持ちはいいんだけど、パサパサしたり塩気が多かったりで喉が渇くんだよね……。私が野宿が好きじゃない理由の一つだ。
小手を一旦外して、手を小川の中に沈める。掬い取った水を飲み干せば、全身に染み渡っていくような感覚がした。
「はあ……冷たくて気持ちいい」
「こんな所にいたのですか、クーナさん」
「!?」
突然した声に振り返ると、そこにはいつの間にかベルファクトが立っていた。私達護衛はキャンプの見張り番をしなければいけないので、ベルファクトも白いプレートメイル姿のままだ。
「……何かご用ですか」
「相変わらずつれない人だ。だからこそ、惹かれるのですが」
許可も取らずに、ベルファクトが私の隣に腰掛ける。そして、至極真面目な顔でこう言い放った。
「あのような
「!!」
一瞬で、私の頭に血が昇る。誰の事を言っているのか、解ってしまったからだ。
「っ、何であなたにそんな事言われなくちゃならないんですか!」
「エルフは神に生み出されながら、神を敬おうとしない不敬な種族。更には人間の文明を頑なに拒否し続ける野蛮人です。そんな者に、あなたの連れは相応しくない」
その言葉に、私は漸くベルファクトがサークを無視し続けていた理由が解った。私達の世界に暮らす三つの種族、人間、エルフ、ドワーフのうち、エルフだけは神を信仰するという習慣を持ってない。それを理由に、一部の宗教家達はエルフを激しく嫌ってるって前に聞いた事がある。
まさかベルファクトが、そういう宗教家の一人だったなんて……。この瞬間彼に対して、ハッキリとした嫌悪感が心の中で形になった。
「あなたに知ったような口で、サークを語って欲しくない。……話がそれだけなら、私もう行きますから」
これ以上ベルファクトと一緒にいたくなくて、私は話を切り上げ立ち去ろうとする。けどその時、ベルファクトの手が素早く私の手を捕らえて自分の方に引き寄せた。
「何するの、離して!」
「私にしなさい。あなたを守り、
「何言って……!」
「こんなに魅力的な果実が近くにあるのに、食わない男などいないでしょう? そこまであの男にこだわるからには、さぞ毎晩……」
ベルファクトの言葉が、最後まで告げられる事はなかった。抵抗した私が思いっきり押したくった瞬間、ベルファクトの体は、横向きに宙に浮いて小川の上に投げ出されていた。
「――何やってんだ、テメエ」
大きな水音と共に、耳に響く低い声。声のした方を振り返ると、サークが蹴りの姿勢のまま冷たい瞳でベルファクトを見下ろしていた。
「サ、サーク……」
「小手持って下がってろ、クーナ。俺はこの野郎に用がある」
有無を言わせない雰囲気に、私は言われた通りに小手を抱えて小川から離れる。少し経って、小川の中からベルファクトが勢い良く立ち上がった。
「ゲホッ、ゲホッ……貴様……!」
「最近の神官様ってのはガキを手籠めにして食っちまうのが趣味なのかい? 随分素敵なご趣味だな、おい」
「不敬な野蛮人には、ゴホッ、言われたくないものだな……!」
ベルファクトも咳き込みながらも、負けじとサークを睨み返す。そんなベルファクトを見ながら、サークはスラリと曲刀を抜いた。
「ち、ちょっとサーク……!」
「ならテメエの言うところの、野蛮人流の話の付け方させて貰うぜ。抜けよ。これが一番手っ取り早ぇだろ」
私は慌てるけど、サークは止まる気配がない。……こんなに怒ってるサーク、今まで見た事がない。
「……いいだろう。私に喧嘩を売った事を後悔させてやる……!」
そしてベルファクトもまた、腰の長剣を抜き放つ。ど、どうしよう、このままじゃ……!
――ウオオオオォ……ン!
けれど一触即発の雰囲気になったその時。不気味な唸り声が、突然辺りに木霊したのだった。
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