第16話 ビッチ系大きなお友達

「どうしよっかなぁ」


 時計を見つめ、私は悩んでいた。


 お昼休みに直緒と不毛だけれど、私にとっては死活問題の小競り合いをした後、私たちはお互いに別れて、講義に出た。そして、三限が終わって、今。


 私の時間割的にもう今日は終わり。でも今日はこの後、地元に戻ってバイトがある。だから、帰らなきゃいけないけど、いかんせん時間が微妙なのだ。

 今から直帰すると最寄りに着くのが、バイトの一時間ちょい前。駅から家まで往復二十分ちょい。ただ、バイト先が駅前だから時間あるとは言え、わざわざ家に帰るのが馬鹿らしい。


 じゃあちょうどいい時間まで、大学いればいいって話だけど、やることがない。


 しょうがない、とりあえずサー室行こう。行ったところでやることは何にもないけど、適当に過ごせばいいか。居心地も悪くないし。

 そう思い立ちサー室へ向かう。


 その途中、小腹が空いたから、ちょっと生協へ寄り道。

 生協はざっくり言えば、本屋とコンビニがくっついたみたいな学内商店。ご飯やお菓子はもちろんのこと、文房具に教科書、参考書、更には雑誌、小説、漫画まで揃う。


 用があるのは、食品売り場。小腹を満たしつつ、バイトを頑張れる活力になりそうなものを探す。

 少し探すけど、しっくりくるものがなさげ。なんかないかなぁ。


 そんなとき、思いがけないものが目に飛び込んでくる。


「マジ⁈」


 驚きのあまり、つい声を上げてしまう。


 それは限定キーホルダーのついた、めちゃめちゃ欲しかったプリエイドパン。


 このパンは、プリエイドがパンメーカーとコラボして発売されたもの。そのキャンペーンとして数量限定で、各キャラの変身のときのクレストを象った、結構オシャレなキーホルダーが付いている。アクセサリーとしての出来は女児向けとは思えないほど良く、しっかりしていて、好きなキャラのやつはかねてから欲しいと思っていた。


 このキーホルダーは「朝ごはんを食べようキャンペーン」の一環としてついたオマケで、このパンの初期生産分限定特典。だから世の中に出回る絶対数が少ない。

 それが転売屋に目をつけられ、買い占められてしまったり、キーホルダーだけが抜き取られてしまったりと、問題になっていた。


 そのため私は欲しかったけど買えなかった。だけどそれが今、目の前にある。


 なら買うしかないじゃん。そう思い、陳列棚を眺める。

 このパンのパッケージは特別仕様。普段は主人公たちが全員集合しているが、付属するキーホルダーに合わせて、そのキャラの単独のパッケージになっている。欲しいキャラのキーホルダーが付いているパンを探し手に取る。


 それにしても、どうしてこれがここに売ってるんだろう。そう思って、見渡すと手書きのポップに答えが書いてある。


『数量限定! PN姫、様を始め、大勢の学生様の要望に応えまして、話題の新商品入荷致しました!!』


 なるほど、そういうこと。


 ここの生協には入荷希望商品の要望書が置いてある。それに要望を書いて回収ボックスに入れると、可能であればその商品を入荷する。

 しかし、まさかこれの要望を出されて、しかもこれに応えるとは。生協もやるじゃん。


 目的の物も買えて、ウキウキ気分のままサー室に向かう。いやー、怠かったけどバイト、頑張れそうだなぁ。

 イロハのサー室はサークル棟にある。サークル棟は教室から若干距離があって移動が面倒だけど、今はそんなの気にならない。

 サー室の前に着き、勢いよく扉を開ける。


「お疲れ様でーす」


 私の元気に反して、珍しくサー室には誰もいなかった。いつもは少なくとも一人いるんだけど。まあ、私がその一人になった感じか。


 特に気にせず、置いてある椅子にドカっと腰掛け、テーブルの上にバッグを置く。そして、誰もいないサー室でプリエイドパンを袋から出して食べ始める。お目当てのキーホルダーが入ってることを確認しつつ、キーホルダーは袋の中に戻す。


 パン自体はいたって普通の蒸しパン。とはいえ、市販の蒸しパンも結構美味しい。しかも、以外に量が多くお腹に溜まる。


「おつかれーっす」


 私がパンを味わってると、サー室に誰かが入ってくる。


「あれ、トモじゃん」

「あ、アッキー、お疲れ」


 見ると、普段からよくつるむアッキーだった。アッキーとはタメで、私に負けず劣らずの派手派手な女子大生。類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ。


「美味しそうなの食べてんな。どこの?」


 アッキーは私を見るなりそう言う。


「えっとね……」


 つい、返答に詰まってしまう。


「あれ、それってこれだよね」


 そう言って、机の上に置いてたパンの袋を指差す。


「うわ、めっちゃアニメ。あれ、プリエイドって書いてあるけど、今こんなんなってんの? 全然違うアニメみたい。なっつ。観てたなぁ、昔。まあ、直ぐに観なくなったから、全く内容覚えてないけど。それに子供向けだし」


 アッキーは袋をじっくり眺めて言う。まあ、そうだよね。それが、プリエイドを卒業し、アニメから離れた女子大生の一般的な反応だ。


「え、なに。これ買うってことは、トモって、まだ観てたりするわけ?」

「生協で売ってて、めっちゃ安かったから買った」

「ふーん。でも、その食べかけが半分くらいでしょ? なら、値段にもよるけどコスパ良さそう」

「うぃーっす」


 会話の途中で、健が入ってくる。彼もまた、アッキーと同じような類友の、イケイケのウェイ系大学生。


「健じゃん。ねー、トモがコスパに惹かれてこんなん買ってるんだけど。めっちゃウケない?」

「何それ、えっ。プリエイド⁈ やば、めっちゃウケる」


 健は袋を手に取り、パッケージを見て、アッキーと大爆笑してる。


「ちがっ、別にたまたま選んだだけだっての」

「たまたまでプリエイドを選ぶセンスよ」

「この歳でプリエイドは無いわ」


 別にそんなことない。


「こうやって並べて写真撮ったらメッチャおもろくない?」

「わかるそれ。てか、この子よりトモの方が金髪なの、メッチャ面白いんですけど」

「確かに。早く写真撮ろうぜ」


 それは色々マズイ。


「やめろっての」


 私は結構な勢いで、健が持っているパンの袋を取り上げ、おもむろにゴミ箱に投げ入れる。顔では、彼らと同じノリを取り繕うけど、できてたかどうか怪しい。


「うわ、ゴメンゴメン。怒んなよ、って」

「いや、怒ってない、怒ってない」


 笑顔を顔に貼り付ける。


「まさか、コスパでおやつ選んだらこんなんなるなんて思わなかったわ」

「いやー、だってプリエイドっしょ? そりゃ、友美が持ってたら面白いって」

「そんなことなくない?」

「いやいや。これで、観てたら最高に面白いんだけど」

「……」

「流石にないよね。そんなんいたら、引くもん」


 適当に返事をはぐらかす。


「ああ、そう言えば。なぁ、暇だからこの後どっか行かん? 人探しに来たんだけどさ」


 健がここに来た用事を思い出す。


「私暇―」

「私はバイトあるから」

「そうか。ならアキ行こうぜ」

「いいよ。じゃあね、トモ。バイト頑張ってね」

「ああ」


 そう言って、二人は出て行き、私は一人残る。

 一人になり、ゴミ箱からプリエイドパンの袋を取り出し、キーホルダーを確認する。


「うん、どこも大丈夫そう。本当……、ごめんなさい」


 そう呟いて、キーホルダーをバッグにしまう。そして、パッケージを裏返して、袋を再びゴミ箱に捨てる。


 まあ、こんなもんだよね。普通は。私が変わってるだけ。


 でも、二人に悪気は全くない。

 それが、プリエイドを卒業した女の子と、全く関わらなかった男の子の一般的な反応なんだから。それは、よーく分かっている。

 私が普段つるむような集団のメンツはそういう人間が多い。既に卒業してたり、そもそもアニメを観る習慣がなかったり。


 周りにしてみれば、いかんせん、私の見た目とプリエイドのイメージが乖離しすぎていて、好きだと言うと、毎回驚かれ、色々言われる。集団によっては、好きだって言ってないのに、プリエイドってだけで、めちゃめちゃいじられるけど。

 そんなわけで、この手のことは言われ続けてもう慣れてしまった。ただ、一番言われてたのは小学校高学年とか中学生の時。だけど、その言われ方は、成長して私の周囲にいる人たちの格好が派手になるにつれて強くなってきた。


 ただ慣れたとは言え、ずっとそう言われ続けてきた結果、そういう人たちの前でプリエイドを「好き」と言うことに疲れてしまった。

 もっと言えば、「好き」と言うために、言い訳を探さなきゃいけないのが嫌になった。


 だから、このことは誰にも言わず、ただ私の胸に秘めている。


 誰の胸にも、秘密の一つや二つあるだろうけど、それが私にとってプリエイドってだけの話。心の中では好きだけど、表立って言わないってだけの話。


 じゃあ、大学なんだしオタサー入れば、って話なんだろうけど。


 オタサーならプリエイドもカバーしてるオタクの人もいるかもしれない。でも私はプリエイドか、少女漫画くらいしかよくわからない。それに、別にプリエイドも好きだけど、詳しいわけじゃない。私は一つしか知らんくせに、しかも浅い。

 そういう人間は、プリエイド好きだけどオタクの定義には当てはまらない、ただのファン。私はそう思っている。


 そのため、私はオタサーに入らなかった。新歓の時期にちょっと覗いたこともあったけど、そこでオタサーにいる彼らとは、そもそもの方向性が違うということに気づいてしまった。オタクでない人間がオタサーにいたら、彼らに失礼だ。


 ただ、話が合えば色々話すのは楽しいとは思う。でも、それは外側にいる人間としての意見であり、オタクでではない私は、じゃあメンバーになろう、って気にもならなかった。


 それに、私のオモイビトとしての力のあり方的にも、オタサーは違うかなって思った。私が様々な種類の力を手に入れる為には、特定の集団に囚われない自由な出会いが必要になる。

 主に内向きの交流を深めてネットワークを広げることの多いオタサーの彼らよりも、とりあえず交流の向きを外側に広げるだけ広げる感じの、テキトーに網を広げて良さげな男を引っ掛けられる、このスタイルの方が力の収集には向いてる。


 私にとって大事なのは、プリエイドを好きと公言することではなく、他人を守れるだけの力を得ること。


 だから、私はオタサーに入らず、このような生活をしている。


 はぁ、なんか一気に疲れた。バイトもマジでダルい。でも、ブッチすんのはマズイからなぁ。


 バッグの中から、プリエイドのクレストキーホルダーを取り出し、眺めてると、ちょっと元気が出てきた。

 時間はまだちょっと早いけど、ここにいるのも嫌。バッグの中にキーホルダーを押し込み、重い腰を上げ、バイトへと向かうことにした。

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