#49 凍て付く刃

「なんで、僕の名前を……!?」


 なんでこの人は僕の名前を知っている?

 匿名で大会に出たはずなのに。

 突然のことに、緊張の場面に似つかわしく無い呆気に取られたような顔でその鬼を見つめる。


「よそ見はいけないわよ」

「わっと!」


 でも、今はそんなことを気にしている場合じゃないみたいだ!

 さぁここからどうする!

 こっちには防御も攻撃もない、避けてばかりじゃ何も始まらないぞ……。


「あなたを殺した後に、私の顔を傷つけた鬼もすぐに死刑にしてあげるわ!」


 巨体から繰り出される猛撃は空気を揺らしながら殺意を纏い僕の心臓を鷲掴みする様に近づいてくる。

 咄嗟のことであったが反射的にそれを避けた。

 流石にもう簡単にそのような喰らうほど学習能力は低くはない。


「でも困った……」


 僕が倒すとか自分で言っておきながら、肝心の作戦は頭の中には記されておらず全くの無計画と言ってもいいだろう。

 使える能力も持ち合わせていない、こんな事ならもう少し戦いに慣れておけばよかったと遅めの後悔をした。

 頭がいいわけでも無いので名案も思い浮かばない、しっかり勉強しとけばもう少し別の結果になっていたのかとかいう無駄な想像は逆に僕自身を不安を強く掻き立てる。だから一旦考えるのをやめにした。


「避けるばかりじゃ、またすぐにやられるのがオチよ!まるで能無しね」

「わかってるって!」

「逆ギレ?みっともないじゃないの!」


 駄目だ、追い込まれるほどイライラする。

 挑発なんか流せば良いのに……ああもういい、どうにでもなれ!

 死にそうな時にルールなんかに構ってられるわけがない!


アイス氷魔法!」


 掛け声と共に収納から杖を取り出すと、魔法を放つ。

 すると魔力により形成された、鋭利な氷柱がマッツ目掛けて降り注ぐ。


「何よ!チンケな魔法で倒すつもり!?」


 当然のように攻撃は不発に終わる、それだけで彼の筋肉がどれだけ硬いのかがわかった。

 それでももうここで終わらせなくちゃいけない。



  ***



 大会二日目、夜の出来事。

 僕は訓練場でネルさんと特訓をしていた。


「はぁ……」

「どうしたんだよでかい溜め息ついて」


 いろんな武器を借りてみたは良いけれど、どれも納得がいかなかった。

 新しい物を手に取る度に「合いそうだ」とか思ったりするが、結局は無駄に終わる。

 そりゃ少しの間で武器を使えるようになるなんて有り得ないのだが、その旨をネルさんに打ち明けた。


「あ〜、なるほどなぁ」


 ポリポリと鱗を掻きながらどう言ったものかとネルさんは首をかしげると、告げてきた。


「大会を、戦いを見てたら……。な」

「え?何ですか?」

「正直に言うとアキには向いてないぞ、どれも」

「えっ」

「真逆なんだよなぁ、ベクトルが」


 真逆とは一体どういうことなのか。

 詳しく聞いてみると、理由が分かった。


「お前の適性は魔法職!物理はてんでダメだな。避けるくらいがせいぜいと言ったところだな」

「魔法職?確かに今までやった事が無かったですね、でもこの大会は……」

「そうだな、大会は魔法禁止。使用したら即失格だ」


 それじゃあやっぱり大会期間中に魔法の練習をする事は効率的とは言えない。


「でもな」

「でも?」

「鬼達は危険だ、この大会で死に瀕するような危険な目に遭わない保証は一切無い」

「そうですよね、現に一回戦で死にかけました」

「ああ、だから護身用に少しは学んだ方がいいと思うぜ?」

「確かに……じゃあ教えてくれませんか?」

「勿論だぜ、俺に任せろ!」


 マッツの件もあったので、もしもの時の為に魔法を教えてもらう事にしたんだ。



 ***



「魔法使いが私に適うとでも?鍛え上げられた肉体を!……貫けるものかしら?」

「やってみなきゃ分かんない!」

「はっ!『やらなきゃ分かんない』なんてのはねぇ……少しでも可能性があっての言い分で、100パーセント確定していることの前では戯言に過ぎないのよ!」

「誰がその可能性を決めてるって言うんですか!」

そういうもの、、、、、、なのよ……!運命は絶対に逆らえないものなのよっ!」


 な、なんか随分感情的になってる……?元からだった気がするけど。

 いやそんなの今は関係ない!

 今持てる魔力を全て注ぎ込んで、その一撃に賭ける。彼の装甲を貫くにはそれしかない!


アイス氷魔法!」


 ……でいいんだっけ!?

 ネルさん曰く「イメージでなんとか乗り切れ!」とか言ってたけど、かなり投げやりだし。


「なんどやっても同じ!降参すれば楽に逝けるわよ!」


 さっきから追いかけられては逃げての繰り返しだ、体力が尽きて捕まればその時点で終わり!

 できるだけ時間稼ぎができれば……!


 突然、脳に信号が走った。


『目を瞑るにゃ〜っ!』


 この直接意識に介入してくる感覚は……テレパシー!?二ファ!?

 目を瞑れって……。


『早くするにゃ!』

「わ、わかったよ!」



 言われるがままに瞼を閉じた、次の瞬間、瞼を通すほどの眩い光が数回激しいフラッシュの様に焚かれた。


「盗み見厳禁!あーしの傑作、お仕置き用の目潰し超フラッシュ隠しカメラにゃ!」

「なっ何よこのケットシー!ああっ!目がチカチカして、邪魔なのよ!」


 マッツは目を抑えて体勢を崩しよろめいている。

 これで大きな隙ができた。


「今ので完全に壊れたからカメラ代弁償にゃ!」

「はぁっ!?」

「だから……絶対に返すまで死ぬんじゃないにゃ!」

「あっ──はいっ!分かりました!頑張ります!」


 ちょっと二ファらしい励まし方だけど、やる気が出たよ。

 ──弁償の件、本当みたいで少し笑えないんだけど。というか本気!?

 だとしてもこの好機、逃す訳にはいかない!



 魔力を込めて、大きな氷を……より大きく、巨大な氷を作って。

 余分なところを削り落として、鋭利に研ぎ澄ましていく。

 細かい操作をするだけで、今までに無いような膨大な魔力の量が僕の中から抜けていくのを感じた。

 多分一発、それ以上は打てない。


「ずいぶん大きくなっちゃったじゃない、それで貫かれたら私も危ないかもね」

「本気ですから」

「でも、そんなの避けてしまえば良いだけなのよ!そんなでっかい氷の塊、操作するだけでも魔力が多く必要よね?ほら、私が動き回るだけで意識散漫、狙いが定まらない事には意味がないのよ!」

「なっ!」


 バカか、僕は!

 そうだ、こんなの操作するなんていくら魔力があっても足りない。

 マッツの言う通りだ……これじゃ当たらない。

 どうすれば!


「無様、滑稽なものね!自分の能力も弁えていない弱小が出しゃばるからこうなるの……って、なに!?体が……」


 マッツの背後に忍び寄る大きな影、そのまま彼を捉えるとがっちりと脇を掴んだ。


「何よ!?これは決闘よ!さっきのケットシーといい鬼といい何なの!邪魔をするなら殺すわよ!」

「あぁ……?殺せるものなら……よっ!」

「──剛鬼!?」


 それは剛鬼だった、ローブの上から見えるその腕には筋肉が付いていない。それにもかかわらず彼はマッツを掴んで離さなかった。

 マッツの全力の抵抗も虚しく、いくら暴れたとてその腕を離さない。


「何よっ!決闘に部外者の乱入は禁止よ!審判!なんとかしなさいよ!」


 その場でアリーナの端っこで傍観していた審判は首を傾げてこういった。


『……鬼の決闘には”ルールはありません”が……』

「なっ!?何よそれ!」

『力こそが全ての鬼の社会、ルール関わらず勝った方が”ルール”ですが?』

「聞いてないわよ!」

『唯一のルールは……「決闘を申し込んだら、どちらかが降参するか勝つまで放棄できない」ということでしょう』


 審判の説明を聞いた剛鬼は、得意げそうな声色で笑い出した。


「はっはっは!やー、これが鬼の世界なんだよな。なかなかワイルドじゃねぇか?」


 対照的に、マッツの顔は真っ青になっていた。そして僕の顔も同じようになっていたと思う。

 鬼の社会の恐ろしさを垣間見た瞬間であった。


 それでも、いや、だからこそマッツはそれを認めないと主張するように体を動かしてもがいた。


「くっ!離しなさいよ!」

「オレが抑えているうちに早くやれ!そんな長く抑えられないんだよ!」


 でもそれって……。


「貴方まで串刺しになりますよ!」

「大丈夫だ!生命力は人一倍、根性は人百倍だ!」

「人百倍って!……わかりました!いいんですね!?」

「どんとこい!」



 ここまで来て後には引けない。

 やるしかない!


「照準を、合わせて」


 数メートルに及ぶ、完璧な氷柱。

 ひし形を最大限まで引き延ばした様な鋭さ、きっと刺されたらひとたまりもない。

 重量は数百キロに及び、刺されたら立ち上がることも儘ならないだろう。


 意識がふらつく、魔力の限界が近いんだ。早くしないと……。


 覚悟を決め、僕は力を込める。


「これで終わりです」


 僕は手に握った杖を薙ぎ払うと、その氷柱は数分の狂いもなくマッツ……そして剛鬼を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る