#27 邪神教

 秋の追放から数時間前……





「嘘つき!」

 張り裂けるような殺気のこもった声で、叫ぶ。



「あら、フィーリの言うことを信じるのがいけないのよ」

「嬢ちゃん、ここの奴らは意地が悪いんや。諦めろ」



 何処か。

 闇に包まれたような部屋の中に、テーブルと椅子が並んでいる。

 テーブルの上には、各席に合わせるように置かれた蝋燭が、六つ。


 テーブルを囲む同じ大きさの六つの席、さらにそこに一際大きい椅子がある。

 合計七席だ。


 席にはそれぞれ、個性的な面々が揃っている。

 その中にある、間に合わせの様に設けられた席に中村柊はいた。



「いきなりこんな所に連れてこられて、それでこんなもの見せられてっ!私はどうしたらいいの?このままじゃお兄様が死んでしまう!」



 テーブルの真ん中には、立方体キューブ が浮遊している。

 キューブには、兄、中村秋の姿が映し出されていた。

 お兄様は気絶していて、それでギロチンに固定されている最中だ。


 裁判長が弔辞と罪証を読み上げようとしている。


 なんて趣味が悪い、こんなのでずっと私達を監視してたの?

 最低な気分、今すぐここにいる全員を殺したい。



「私はっ!お兄様を傷付けないのを条件にここに来たの!話が違う!」

「今回の件は、当初から計画されてた事なのよ。あんたのような小娘がどうこうできる事じゃなかったの」

「それは本当なの!?最初からって何なの!」

「それは、ワタシから説明する必要があるわね」



 声の人物は、中心……ひときわ大きい椅子に置かれている丸い水晶の中からだった。

 なんなの、計画って。



「貴方達兄妹は私の事を知らないみたいだけど、私は知ってるわよ。しかし兄がいる時と居ない時ではずいぶん性格が変わるようね、驚いたわ」

「気持ち悪い……もういいから、私は抜ける!帰してよ!今すぐお兄様を助けに行かないと、死んじゃう!」

「……大丈夫、死なない。死んだらそこで終わり、ダメだったってことになるわ」

「ふざけないで!貴方達は一体なんなの!?」


「……『邪神教』よ。初めまして柊。私は邪神、ここに居る子たちはワタシの敬虔けいけん な信徒よ」

「邪神?──ここはどこなの」

「何処でもない、ワタシの作った空間。どこにあるかも分からないわ」



 あの水晶の向こうから喋っているのが、邪神?

 計画って何?この事件もその一部なの?


 そしてここにいる人たちは、その手下?

 私は、一体何になろうとしているの?



「一体何をするつもりなの!?私達をそんな計画に巻き込んで……」

「理由?簡単、これはゲームよ」

「……は?」

「ワタシね、ゾクゾクしちゃうの。人間程度がどこまでやれるか、絶望の淵に叩き落として、這い上がれたらそれって美しい事じゃない?」

「意味わからない!狂ってる!」



 本当にそんな理由のために、お兄様を殺人犯に仕立て上げたって?

 狂ってる、おかしい。狂気だ。

 徹底的にイかれてる、何だこの邪神。



「狂ってていいの、彼、そして妹のアナタが最適なの。ワタシを倒してくれる人材を育てる……人間がどれだけワタシに抵抗できるか、その限界を見たいの」

「おかしいよ……殺された人は?一体なんなの?」

「彼を絶望に突き落とすための踏み台、今回の事件も、ワタシが指示したの。そう、この事件は彼、そしてアナタの成長になるの!」



 なんで?

 意味もなく魔物達を殺したっていうの?

 本当に、ただの巻き添え?

 わからないよ、この人の考えが。飛躍しすぎている。



「なんで、なんで私達なの。関係ないでしょ」

「ある、いずれ分かるわ」

「約束、破ったね、傷つけないって、言ったのに」

「嘘、実の妹が裏切るなんて、彼にとっては死よりも辛い思いだったでしょうね。でもね、だからこそ輝くの」

「最低……!」

「お口の悪い子ね」



 事の顛末は、あの日の夜だった。



**********



 その日の夜、なかなか寝付けなくておぼろげに起きていた。


 ふと、気付いた。

 隣に寝ているリリアちゃんが、何かに操られているように起きて、部屋を出て行ったのだ。


 トイレかなと思ったけど、ちょっと心配なのであとをこっそりつける事にした。


 宿を出ていったところで、何か確信めいたものが私の中にはあった。

 もしかしたら事件に繋がっているかもしれないと、そのまま付いていった。



「間違いない……!」



 リリアちゃんが路地裏に近づくにつれ、私の方にも悲鳴が聞こえるようになってくる。

 まずい、そろそろ助けないと!



「いやっ!いやっ!やめて!あたし、いやだ!死にたくない!」

「うるさいわね!小娘が!こっちに来なさい、処理は路地裏でやらなきゃね」

「いやだっ!ああっ!ああぁぁぁっ!助けて!ねぇ!アキ!ヒーラギ!マグル!族長!うあああぁぁぁっ!」



 あの筋肉が、犯人だったんだ……。

 路地裏に引きづられていく。

 いまだ!


 私は路地裏の中へと入った。



「そこまでだよ!」

「何者!……あら、チームの」



 リリアちゃんに襲いかかろうとしたところだった。

 正直私には関係ないけど、お兄様が悲しむのは困る、助けないと。



「逃げて!」

「あっ、ヒーラギ……うん!」



 リリアちゃんはこちらに気がつくと、急いで逃げ出そうとした。



「無駄よ!って、あら」



 マッツの握っていた首飾りが、千切れる。

 そのままリリアちゃんは、力魔法パワー を使い、その場を逃げ出した。

 マッツはそれを追う気配がない。



「逃げられちゃったわぁ。ま、いいかしら。最悪あっちに捕まえて貰えば良いし」

「なに?一体どういうことなの」



 刀を抜き、相手に突きつける。

 多分戦ったら負ける、確実に。それでも……


 私は騎士ナイト としてお兄様を守るって決めたんだ、ここで引いたら被害が及びかねない。

 それだけはなんとしてでも避けなきゃ!



「健気ですねぇ。愛、そして勇気。大きな欲望。……いいですね。たくさんの感情が入り混じっている、とても美しいですよ」

「だれ!?」

「おっとこれは失礼、フィーリです」

「フィーリ、ゴブリンは?」

「……不思議なことに行方不明。ああ、悲しいかな。……あれ?マッツ、もしかして怒ってるのですか?」

「なんで逃したのよ!ったく。いいわ、貴方みたいなサイコパスに怒っても喜ぶだけだわ」

「クスクス、ああ……感情は最高のエッセンス。私の糧なのですよ」



 フィーリと名乗る仮面をつけた男……仮面の表情がコロコロ変わって気持ち悪い。

 そしてここにいるっていうことは──



「で、複数犯だったって訳なの?」

「そうよ、ご明察」

「まぁ、それを知ったところで何もできないでしょうけどね。フィーリ、やりなさい!」

「うーむ、どうやら必要無いようです。この大きな欲望、洗脳魔法を使用せずとも取り入れることができそうです」

「ホント?じゃ、任せるわ」



 洗脳魔法?

 訳がわからない、一体何なのこの仮面。何かわからないけど、感情を直接揺さぶるような……



「こちらの指示通りにして頂ければ、貴方の兄の安全を保証しましょう、どうです?」

「何よ、この子がそんな簡単なデタラメにに引っかかるわけ……」

「本当!?それなら……詳しく教えて!」

「うそでしょ、ちょろすぎるわ」

「何とも、強い執着心。いいでしょう、この計画に加わることが貴方の兄を救うのです……」



 今覚えば、なんであんな言葉に惑わされたのか。

 裏切る演技だって、苦しかったけど頑張ったよ、私。


 でも、それが逆に苦しめた。

 最低だよね。



**********



 私も騙されたんだ、私が弱いから。

 もっと強ければ、乗らなくたって、守れる力があれば、敵は殺してやるのに。


 ああ、嫌われる!今更お兄様のとこに戻っても、お兄様はきっと私をもう妹として、一人の人間として見てくれないんだ。

 いやだ、いやだ。



「あはははははははははははははははっ!」



 もういやだ、散々だよこんなの!

 ああ、いやだ、なんで、なんで。


 私の浅はかな判断が、傷つけたんだ、私って、どうしてバカなんだろ。

 迷惑かけるくらいなら、生まれてこなければよかったんだ……

 


「二人同時に壊すなんて、これも邪神様の計画の一部だったのかしら」

「全く恐ろしい方ですよ、私の感情も、疼いております」

「いや、計画したのは私だけど貴方達も大概よ。まあ、それでも……面白い事になってきたわね、ああ。最高の気分だわ♡」



 狂気的な笑い声が響く。

 それは何時迄も止む事はなく、彼女の心は侵食されるのであった。

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