第二十四話 相違

 人生で初めて乗ったジェットコースターは、思っていた以上に怖かった。やめようとキリに必死で懇願したが無視され、もしかしたら面白いかもしれないと自分に言い聞かせて乗ってみたけれど、まったく効果はなかった。キリは無理に乗せたくせに、ぎゃーぎゃーうるさくてお前の隣は恥ずかしかった、と降りてすぐに冷たい声で言った。何が面白くて、あんな怖い乗り物に乗るのだろう。


 ジェットコースターの列に並んだせいでとっくにお昼の時間が過ぎていたので、わたしの腹時計がアラームを鳴らし、わたしたちは遅い昼食を食べることにした。園内にはレストランもあったが、どこも混んでいて席が空いていない。待っているのは時間が勿体無い、と園内を見ながら歩いていると広場があり、そこにいくつかキッチンカーが停まっていた。たまたま少し離れたところにあったベンチが空いていたので、買って来てそこで食べようということになった。

 ここにいろ、とキリに言われ、わたしはベンチに座って彼が食べ物を買って来てくれるのを待った。キリはホットドッグをひとつと、飲み物をふたつ持って戻って来た。現在、流動食以外受けつけない身体になっている彼に食べられそうなものはなく、飲み物だけを注文したのだろう。

 キリが無言で差し出したホットドッグをありがとう、と言って受け取ると、わたしはすぐに抗議の目を彼に向けて言葉を投げる。


「ケチャップ掛けすぎ」


 キッチンカーの横にセルフサービスとして置かれていたのを見ていたので、彼の仕業だと一目で分かった。ケチャップが好きなキリにとっては普通なのかもしれないけれど、一般的な見方をしたら明らかに掛けすぎだ。

 キリはもともと大きな目をさらに大きく見開いてわたしを一度見ると、持っていた飲み物を一口飲んだ。


「買って来てもらっといて文句言うな」


 解せない顔で頬を膨らませたわたしは、そうだけど、と返してホットドッグをぱくりと食べる。ほとんどケチャップの味しかしなかった。


 わたしたちが座っているベンチの斜め横に、小さな池があった。わたしはケチャップ塗れのホットドッグを食べながら、その池を眺める。そこには、淡いピンク色のハスの花が空に向かって咲いていた。とても綺麗だった。それを見てわたしは、キリが着せてくれた浴衣を思い出す。浴衣に咲いたハスの花も、本物に負けないくらいに綺麗だった。

 わたしは池の方を指差して、横でだるそうに飲み物を飲むキリに言う。


「ハスの花、咲いてるよ。すごく綺麗」


 彼はわたしの差した方向をちらっと見て、すぐに視線を手の中の飲み物に戻した。


「ほかの花に比べて地味だけどな」


 浴衣の柄に選んでおいて本物を見たらそんな感想か、と思ってわたしは一度息をはあ、と吐く。


「そう? わたしは好きだよ。確かにほかの花に比べたら落ち着いてるかもしれないけど、周りに流されないような強さがあって、すごく好き」


 キリは急にわたしの顔を見た。いつもの無表情なそれとは何となく違うような、初めて見る彼の顔だった。わたしが不思議そうな顔を返すと、そうか、とだけ言ってわたしの顔から視線を逸らし、俯いた。実物に興味がないのに、しっかり花の特徴を捉えたデザインを描けるのだから本当に感心する。あの浴衣に描かれていたハスの花はまったく地味ではなかったし、花の持つ強さが着ているわたしにも流れ込んで来るかのように表現されていた。

 わたしは手に持っていたホットドッグの最後の一口を食べ終えると、ぼんやりしているキリの機嫌を伺うように彼の顔を覗き込んで言った。


「ちょっと休んだら、観覧車乗りたい」


「あれつまんないからパス」


 キリはわたしの顔を見て即答した。わたしはむっと口を突き出すように、不機嫌を表情にした。観覧車に乗ったことのないわたしには、つまらないかどうかは分からないし、乗ってみてわたし自身で判断したかった。


「お願い」


 駄々をこねる子どもみたいに、わたしは彼の顔を見ながら足をばたつかせて見せた。キリは今日、わたしのために連れて来てくれたはずだ。少しくらいのわがままを言いたい気持ちだった。

 彼はわたしのことをじとっと睨みながら、ここからも見えている観覧車を小さく指差して言う。


「あの箱の中に二十分間、閉じ込められるだけだぞ」


「景色が綺麗でしょ。それに、半年間も部屋の中に閉じ込められてても平気なんだから、二十分くらい全然平気」


 わたしはわざと嫌味を含んだ言い方をして、にかっと笑ってやった。


「……機転が利く子どもだな。分かったよ」


 キリは無表情のまま、わたしのわがままを聞いてくれた。わたしはやった、と大きな声で言って、両手を上に上げる。キリはそんなわたしをしらっとした様子で見た。

 前にも同じように言われたことがあったけれど、あの時のキリと今の彼は全然違う人のように感じる。あの時はひやっとした冷たい感覚だった。でも今はぽかぽかと、とても温かい。自然と笑顔になれるような、心一面に花が咲くような、そんな温かさだった。

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