第九話 尋ね人

「お昼ご飯、何作ろっか」


「オムライス」


 またか、とわたしは思った。キッチンの窓から、まるで部屋を包み込むかのような暖かい日差しが入って来る。もう長い間外に出ていないので、少しは外気を吸いたいと思い、窓を開けてみた。キリと出会った頃は、身体が劈かれるように寒かった。それから今日で丸二ヶ月、外から入って来る空気は暖かい春のそれに変わっていた。


 この二ヶ月の間、わたしが行方不明になったことを報じるニュースはまったくなかった。情報源がテレビしかないので、インターネット上ではどうなっているか分からないけれど、思った通りわたしがいなくなっても誰も寂しいとか辛いとか思うことはなく、何も問題はないのだ、と思った。

 わたしは何度となくもう死にたくない、殺し時だとキリに懇願したが、彼がそれを信じて受け入れることはなく、話すら聞いてもらえなかった。もしかすると、わたしが作る食事を気に入ってしまって手放したくなくなったのかもしれない、このまま殺してくれないのかもしれない、と良くないシナリオが頭の中を走って行ったこともある。どうしたら殺してもらえるのか考えるのが面倒になって、足掻かずにこのまま待っていようかな、とぼんやりと思うこともあった。


 少し前にキリはまた一人、人を殺めた。今日は夕飯いらない、と出掛けて行った日の夜部屋に戻らず、朝方だるそうにふらふらと帰って来た。数日後、ニュースでまた殺人事件が起こったと取り上げられていた。殺ったと思われる日の二日前にはいつも通り友達と飲みに行っていたし、普通にアルバイトにも行っていたので、彼が何をきっかけに殺人をするのかわたしには見当が付かなかった。被害者に共通点はなく、無差別の可能性が高いとの報道だったので、気分での殺人なのかもしれない。しかし、常に無表情な彼の気分を知ることは、一緒に暮らしているからといって簡単なことではなかった。これで六人目。報道番組ではいつもトップニュースだ。特定はされていないものの、キリは世間的に立派な有名人だった。


 わたしはもうすっかり使い慣れた冷蔵庫から、材料を取り出した。キリに何が食べたいか問うと、必ず返って来る答えがオムライスだった。毎日同じものを食べて飽きないのかと聞いたことがあるが、好きなものは毎日食っても飽きない、というわたしには考えられない回答が返って来た。さすがに毎日オムライスは嫌なので、わたしは自分用に違うメニューを作ることもある。でも、キリはそれには目もくれず、おいしそうにオムライスを完食するのだった。


「飯食ったら出掛ける」


 玉ねぎを涙目になりながら切っていると、ソファの上で煙草を吸いながらパソコンを眺めるキリがそう言った。アルバイトの日ではないのに、こんな真昼間から出掛けるなんて珍しい。一度、美容院の時は昼過ぎに出て行ったが、まだあまり日が経ってないのでそれはないだろう。彼がアルバイト以外に外出するといえば、夜友達と飲みに行くか夕方スーパーに買い物に行くくらいだった。

 わたしは切った玉ねぎをフライパンに移して火に掛け、その手元を見ながら聞いた。


「どこ行くの」


 こういう質問は無視されるだろうと思っていたが、はい分かりました、と答えるのも何だか味気ない気がして出た問い掛けだった。


「原宿。服でも見ようと思って」


 いつもより少し明るく感じる口調で言うキリの言葉を聞いて、わたしはリビングの方を振り向き間髪入れずに答えた。


「原宿? わたしも行きたい」


 一度行ってみたい、と少しだけ思っていた。学校の友達から原宿に行った時の話を聞いていただけだが、どんなところか何となく興味があったのだ。みんなが楽しかった、と言うのは本当かどうか信じられない。だから自分の目で確かめてみたかった。それと、ずっとこの部屋から出ていないので外に出たい、とほんの少し思ったのもある。


「約束、忘れたのか」


 キリはそう言って大袈裟にゆっくりと瞬きをしてから、こちらを睨んだ。外出しない約束だ。それは忘れていない。でも、一度行きたいと言ってしまったし、引くに引けなかった。わたしはフライパンの火を止めて、ソファに向かって歩きながら言う。


「お願い。絶対に怪しまれないようにするから。それに、わたしのことを探している人なんていないんだから、誘拐だって思われることはないよ。普通にしてれば、友達なのかなって、誰も気にしない。ほかの人のことなんか、興味ないでしょ」


「なんで、誰も探してないって思う」


 流れるように話したわたしの言葉に、キリが意外な質問で返して来た。今わたしが言ったことの要点は、そこではない。しかし、キリはソファの定位置に座ったわたしの顔をその大きな目でじっと見つめていた。彼の問いに答えないと先に進めなさそうだ。


「だって、わたしが施設を出て二ヶ月も経ったのに、ニュースでも何も言ってない。探してるわけないじゃない」


 溜まっていた息と一緒にそう吐き出したわたしからキリは視線を外して、上の方を見た。しばらくの間を置いて、彼は言う。


「分かったよ。原宿、一緒に連れてってやる。ただし、お前は俺が行くところについて来るだけだ。勝手な行動をしたら、その時はもうここには戻って来られないからな」


 キリは煙草を手に取って、早く飯作れ、と付け加えた。話の流れに混乱したわたしはしばらくぼうっとそのままソファに座っていたが、少しずつ色を取り戻す頭で考えながら立ち上がり、キッチンに向かった。

 キリがどう納得したのかは分からないけれど、さすがにずっと外に出られていないのはかわいそうとでも思ったのだろうか。二ヶ月一緒にいる今でも、彼の考えていることはまったく分からなかった。それでもとにかく、わたしは二ヶ月ぶりの外出を取りつけることが出来た。湖の水面のごとく静かだった胸の奥で、魚が一匹跳ねたような感覚がした。

 わたしは玉ねぎが入ったフライパンを再度火に掛け、ご飯とハムを入れて少し炒めた後、いつもよりたくさんケチャップを入れた。

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