第五話 心意

「お味はいかがですか」


 わたしの特製オムライスの表面の卵が見えなくなるくらいまで、べちゃべちゃにケチャップを掛けて無言でスプーンを動かし続ける彼に、溜め息をわざと混ぜた口調で聞く。高級老舗カフェで出て来るみたいに綺麗に盛りつけたのに、台無しじゃないか。料理は見た目も大事だ。それに、そんなにケチャップを掛けたら味付けだってまるで意味がなくなってしまう。ライスの部分に少し、冷蔵庫の中にあったお弁当に入っていただろう小さい袋入りの中濃ソースを隠し味として入れたのに。我ながら、次回再現できるか分からないくらい絶妙なバランスだったと思う。彼はまったくと言って良いほど、人に気を遣うことが出来ないようだ。


「うまいよ」


 わたしが思っていたのとは真逆の返事が返って来る。どうせ、まあまあとか、下手すればまずいとか言われるかと半分諦めながら聞いたのだった。オムライスを頬張る彼の顔は、無表情ではあるがこれまでで一番自然だった。おいしそうに食べているようにも見える。わたしはその様子を見て、洗い立ての洗濯物に顔をうずめた時のように頬が緩むのを感じた。

 彼にそれを悟られないよう、一度きゅっと口を結んでから一呼吸置いた。


「なんで人を殺すの?」


 婉曲的に聞いても答えてくれるはずがないので、火に向かう夜の虫のつもりで質問を投げた。相変わらず、彼はオムライスから視線を離さない。


「じゃあお前はなんで料理する」


「趣味っていう感じなのかな。料理をして褒めてもらったり、誰かが喜んでくれたらやっぱり嬉しい」


 いきなり質問で返されたので答えを考える間もなく、頭にまず浮かんだことを言葉にした。彼はオムライスをスプーンに一口分載せて口に入れる前に、わたしの方をちらりと見てから言った。


「それと同じ理由かな。趣味みたいなもん」


 そう言うと、彼はスプーンの上のオムライスをぱくり、と食べた。殺人と料理を一緒にされても困る。人を殺すことが趣味だなんて、やっぱりちょっとおかしい。頭のねじが何本も外れている。

 わたしははあ、と胸に溜まっていた息を吐き出して、その空いたスペースを埋めるようにオムライスを食べた。おいしい。本当に良い出来だ。


「なんで死にたい」


 突然スプーンを動かす手を止めて、彼が言った。自分の料理に陶酔していたわたしは、少しトーンの低い彼の口調を聞いて、とろんだ目に力を入れる。しかし彼の視線はわたしの方ではなく、オムライスの方でもなく、少し伏し目がちに、ただ空間に向けられていた。

 どう答えようか、頭の中で整理をした。でも、それはうまくまとまらなかった。わたしは彼の無表情なその顔を見て、何だか嘘を言う気持ちにはなれなかった。それにすぐに死ぬのだから、彼にどう思われようと関係ない、と思った。四歳の時に両親が殺されたこと。でも犯人を恨んではいないこと。わたしには身寄りがなく、施設で生活していること。温かい家庭というものを知らないこと。下手くそなスピーチみたいに話をした。途中、お腹の中の方にあったものを砂のごとくさらさらと素直に吐き出している自分に気づいて少し恥ずかしさを感じたが、続けることしか出来なかった。


「わたしね、自分は普通の人より感情が薄いと思うの。学校や施設で、みんなが楽しそうにしている時もわたしは楽しくないし、心から笑えない。みんなが泣いたって言ってる映画を見ても涙が出ないし、感動しない。それがすごくみんなより劣っているように思えて、なんだか疲れちゃって。それに、もし本当はみんなも心から笑ったり泣いたりしていないんだったら、そうしてるように見せて生きなきゃいけないなんて、ものすごくくだらないことだと思うし、わたしには無理」


「いじめられてんのか」


 本題に差し掛かったところで、やっと彼が口を開いた。わたしはその問いをバネに続ける。


「いじめられたことはないよ。学校が楽しくないと思ったことはないし、友達もたくさんいる。でも、楽しいと思ったこともない。それは学校だけじゃなくて、施設でも同じ。一人でいる時も同じなの」


 一息吐いて、テーブルの上のコップに入ったミネラルウォーターを少し飲んでから、わたしはさらに話を続けた。いつの間にか彼はわたしの方を向いて話を聞いているようだった。


「両親の件もそう。みんなは家族がいなくて寂しいよねとか、両親が亡くなって辛いよねとか言うけど、そんな風に思ったことは一度もないの。みんなが言うほど、人の命が重いって感じない。わたしは感情が薄いんだよ。もし、本当にみんなもそう思ってないのに言ってるのだとしたら、それは残酷なことだと思う。わたしはみんなよりも劣っているのなら、死ぬ時くらいはしっかり死にたいし、綺麗に死にたい。きっと疲れちゃった、くだらないと感じている今が、そのタイミングなんだと思うの。あんたならきっと、わたしの希望を叶えてくれると思ってる」


 思っていたことをすべて吐き出した自分がとても恥ずかしくなり、わたしはそんな感じ、と最後に大袈裟に大きな声を出した。顔の皮膚がつっぱる感覚がしたが、笑顔を作って彼を見る。


「そうか」


 彼はまったく興味がなさそうな返事をし、わたしから視線を離して、半分ほど残っていたオムライスをまた食べ始める。なんだ、ちゃんと聞いてくれているかと思ったのに。やっぱりこの人の辞書からは人に気を遣う、という言葉が欠落しているようだ。わたしは少し細めた目で彼を一瞥してから、オムライスを口に運ぶ。

 それはやっぱり、おいしかった。

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