36

 ドア越しのアスター……。

 困り果てた顔をしてる。


 そうだよね。

 でも、ボクも行くとこないし。

 のこのこ本宅には戻れないし。


 強気な振りをして、手に持っていたボストンバッグをアスターに押し付ける。


 呆れ返っているアスターを無視して室内に入った。


 めちゃめちゃ不機嫌なアスターに、『アスターもボクを追い出すつもりなんだね?いーよ。わかった。公園で野宿するよ。うん、そーする。そーすればいいんだよね? アダムスミス公爵の令息が野宿だなんて、暴漢に襲われて、身代金目的の誘拐をされて、挙げ句に殺されるんだ』と、ボクは逆切れ。


 野宿する気なんて、本当はまったくないのに。


 お願い、アスター。

 ボクを引き止めて……。

 野宿だなんて、怖すぎる。


「わかったよ。泊めればいいんだろ。だけどアリッサムは客室だからな。俺達は単なる同居人。この屋敷は今日から寄宿舎だと思え。門限は午後八時、いいな」


 渋々、アスターがOKを出した。


 よかったぁ……。


 これからボクとアスターの秘密の同棲が始まる。


 ん? ちょっと待って。

 今、何て言った?


 ボクは客室?

 俺達は単なる同居人?

 この屋敷は今日から寄宿舎だと思え?

 門限は午後八時!?


 それ、ジョーダンだろ?

 ボクのキモチ、まだわからないの?


 アスターは大人の男だ。

 ボクがキスをすれば、その本能に火が点くに決まってる。ボクのことも、異性として意識してくれるはずだ。


 昨夜考えた作戦を決行する時がきた。

 荷物を運んでくれたアスターに、ボクは勇気を出してキスをする。


 大人のくせに、テンパってる姿も……。

 困惑している顔も……。


 ボクの目の前で、顔を真っ赤にして怒ってる顔も……。


 全部、全部、好きだよ。


 でも……

 アスターは……。


「もしもまたこんなことを繰り返すなら、俺はここには住めない。その時は、出て行くよ」


 ――アスター……。


 わかんないよ。


 どうして、好きになったらダメなの?


 ボクは……ただの生徒なの?


 アスター……

 ボクのこと……好き……?


 ボクはアスターの心が見えなくて……。

 ボクが女子だとわかったら、アスターがボクの前から消えてしまいそうで……。


 不安で、不安で、しかたがなかった。


 ◇


 ――その日から、ボク達のヒミツの同居生活が始まった。


 ボクはアスターと同居したことで成績が落ちたと、兄に思われたくなくて必死で勉強したんだ。


 両親も兄も公爵令嬢が職に就く必要はないという古い考えを持っていて、パブリックスクールを卒業したら、親が決めた相手のもとに嫁ぐようにと常日頃から言われてきたけど、ボクの将来の夢はアスターと同じ教師になること。


 公爵令嬢は花嫁修業をして、政略結婚しなければいけないなんて時代錯誤もいいところだ。


 ボクの人生はボクのもの。

 生き方は自分で決める。

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