人間模様は歪に丁寧に(2)
スパン、と軽快な音が修練場に響いた。
「駄目だ駄目だ。何やってるんだいアンタは」
剣の師である相原桐華が持つSランク木刀である『ミジロギ』にて手を打ち払われた浩一は強く手を抑えた。
浩一の手から木刀が木床に落ちる。カラカラという音とともに転がっていくそれを見ながら、浩一は呻き声を漏らした。
――これでも『
『手加減』の
あれでなかったら腕ごと粉砕され、いや、手がそのまま消えていたに違いない。肉体改造をしている桐葉にとって、肉体改造をしていない浩一は粘土細工ほどに脆い存在だ。指導には素手よりも道具を使った方が安全なくらいに。
(一歩間違えば死んでるからな……)
そんな恐ろしい想像を弄びながら浩一はオーラを用いて手の怪我を治療する。
使えばオーラを桐葉が補填してくれるので体内オーラ量は問題ないが、やはりいちいち手を砕かれるのは良い気がしない。
しかし当の桐葉といえば、浩一の機嫌などどうでもいいのか。煙管を口に咥えて、修練場の床で粉々になっている
その美しい顔は浩一以外の誰かがそうさせていたならばきっとその者は絶望して自死を選ぶぐらいには不機嫌そうだった。
「なぜ、カカシが
「相原流だが?」
ならなぜこうなると桐葉は木刀で道場に設置された固定目標たるカカシを示した。
そこには上半身を消失させ、下半身もばらばらにされたカカシが転がっている。
「なぜわざわざ
消滅。桐葉はそう称しているが、正確にはそうではない。
月下残滓のオーラ圧縮率がすさまじい為に、一瞬だけでも空間に干渉するほどの威力が出ているに過ぎない。
浩一のオーラ斬撃は、空間に干渉し、歪ませ、その反発に対象物を巻き込み消滅にも似たような結末を辿らせる。そういう力だった。
高密度のオーラや魔力を纏う相手に使えば相手の防御に干渉されてそこまでの結果は出せないが、何も耐性を持たない相手に使う分の威力は
だが桐葉は不満そうに破壊された何体ものカカシを睨みつけている。まるで予定が狂ったかのような焦りの気配を桐葉から浩一は感じとった。
――相原桐葉が焦っている?
しかし浩一の疑念は発する前に桐葉の質問で塗りつぶされた。
「お前はお前の剣に何の概念を載せている? お前には私の剣を見せているはずだぞ?」
散々見せられた桐葉の剣技。確かにそれは美しい。美々しいとでもいうのか。
だがその優雅さの中に桐葉の剣は十分な暴力を宿している。圧倒的な武の存在。桐葉は浩一にそれを見せ、浩一に相原流の可能性を感じさせた。
だが、と浩一は自分の手のひらを見る。
自らの手に刻まれている己の戦歴。刃を握り、ただただ
オーラに載せたのは、あの強大なるミキサージャブだ。あのミキサージャブの一撃を月下残滓で浩一は再現していた。
そんな浩一の思考を見通したかのように桐葉は言う。
「……お前は、牛ではないんだぞ?」
「わかってる。わかってるが」
あの死の具現を生死の狭間にて見てしまえば、浩一はアレ以外には選ぶことはできなくなる。
浩一の脳裏には龍の破壊がいつだって鮮明に焼き付いているが、龍は殺す対象だ。だから憧れるという意味での破壊はミキサージャブに軍配が上がっていた。
こんと煙管で頭を叩かれた。びりびりと痺れ、膝を突く。浩一は自身を見下ろす桐葉を見上げた。
桐葉の表情は、少し悔しげだった。
「矯正が必要だが、お前は私の剣に魅せられるタイプではなかったか……これは私の未熟だな」
寂しそうな桐葉だが、そこには仕方のない部分もある。
桐葉の刃はあらゆる敵対物を刻み殺すだけの威圧があったが、
技術なら同等でも、威力においては桐葉の兄である相原三十朗にも及ばない。
その不足が浩一の目には大きく映ってしまう。そうするとその刃には興味を覚えても熱は抱けなくなる。
だから浩一は十分な概念をオーラに載せきれず、桐葉の斬撃を浩一が刃に載せることはできなくなる。
浩一の過去にはミキサージャブが佇んでいる。何も語らず、だが圧倒的な存在感を示している。
その有様に浩一は死闘を交わしたものとしての尊敬を抱く。だからどうしても使ってしまう。知らず笑みを浮かべ、それを見た桐葉が煙管で浩一の頭を叩いた。
「お前のオーラ消費が多いのはその無駄に大仰な爆撃が原因だ。それと威力も大きい分、溜めと隙が大きい。それは相原流の流儀には合わん。どうしてもそれをぶつけるには正面から向かう必要も出てくるからな。回避に集中力を割けなくなるだろう。敵が一撃で殺せる相手ならばいいがな、脆いお前が
それは正論だ。
クシャスラ戦で浩一が重症を負ったのもそのせいだ。那岐がいなければ、アリシアスと知り合っていなければ死んでいただろう。
歯が軋る。だが浩一にはミキサージャブ以上に破壊に満ちたイメージを生み出すことはできなかった。
それを桐葉も察しているのか、悔しげだった。桐葉の武は浩一の想像の中に収められている。
火神浩一の中にはかつてのナンバーズの本気の姿などもあるのだろうが、それすらも使わないということは、ズィーズクラフトに負けてしまった人間ではイメージを構成できないのかもしれなかった。
考え込む浩一に対して、桐葉は諦めたように言う。
「浩一、頭を切り替えなさい。お前に今必要なのは龍を殺す刃ではなく、戦うための手段の筈だろう。ならば剣に載せられる概念をいくらでも切り替えられるはずよ?」
「そうは言うが……俺は、そんなに器用じゃない」
桐葉の見立てでは攻撃概念を載せる手法を浩一はきっちりと習得している。
いや、精霊を殺している時点で既に習得していたと言っても過言ではない。それがオーラ操作を覚えたことで洗練され、月下残滓以外の武具にも適応できるようになった。今は『月下残滓』を使わせているが、他の、それこそ飛燕でも短時間ならば以前よりもオーラを浩一は剣に載せられるようになっている。
しかし浩一は載せる概念を
火神浩一に必要なのは空間を破砕する超威力ではなく、急所を切り落とす刃の鋭さなのだから。
「とりあえず時間の無駄よ。もうやめなさい」
桐葉の言葉に浩一はああ、とうなずくと月下残滓を鞘に収め、息を吐いた。
そんな浩一に桐葉は言う。
「他に何かないわけ? お前の中には、剣の骨子となりそうなものが」
なかったら、面倒だが現役のナンバーズか。それとも刃の専門である剣牢院か。
桐葉は伝手を総動員して浩一が気にいる
問われた浩一は首を傾げた。
「何か……か」
考え、考え、何かに当たる。昔の記憶だ。『赤』と『炎』。紅の原風景。浩一は記憶の中のそれに手を伸ばすも届かない。
消失していく。雪に受けた記憶操作の影響だろうか?
(……なんだ、今の記憶は……)
「浩一、何か思い出せたか?」
桐葉に不審な様子を問われ、いや、と浩一は首を横に振った。
「わからん。俺はたぶんそれを知ってはいるんだが。どうにも記憶が曖昧だ」
浩一の返答に即座に不機嫌になった桐葉は、浩一の肋骨に手を這わせてそのまま数本へし折った。
「早く思いだせ、以上だ。思い出すまで来なくていいぞ」
「お、おぐぉ……。おお、わかった……」
崩れ落ちた浩一は自分の傷を自分で癒やしながら思うのだった。
オーラ治癒を覚えてからしごきに致死レベルの攻撃が加わるようになったと。
そして幼少期にここでしごきまくられ、血反吐を吐くほどに厳しい修行をさせられたのも、記憶が曖昧なのに関係している気がしてならなかった。
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