強い女たち(3)


「ひぃいいいいかぁあああああああみぃいいいいいいいいいいいッッッ!!!!」

 強く握られた拳が壁に叩きつけられた。

 学生の修練の為に特別頑丈に作られた建築物だ。オーラも纏わせていない拳では罅すら入らない。

 もっともそれと同じく、壁に拳を叩きつけた男子学生、グラン・忠道・カエサルの鬱憤は欠片も減じてはいなかった。

 ぐるると獣がごとく、歯の隙間から蒸気のような煙が出ていた。体内の熱が溢れている。

 強靭な肉体を持つ前衛学生が本気で怒りを覚えた時の現象だった。

 怒りによって生じた体内の熱エネルギーが行き場を失っているのである。

 そんなグランの傍には女子学生が壁に背を預け、グランを呆れたように見ていた。

「おいおい、火神が師範から寵愛を受けているのは何年も前からだろう。そんなに怒るな。寛容になれ」

 森羅しんら王姫おうき。相原流の女子の主将だ。この世界では男子女子で力の強さに代わりはないが、性によって性格の差はある。そういう意味で、男女別に取りまとめる者がそれぞれ必要だった。

 がつん、ともう一度壁に拳が叩きつけられる。

「森羅! お前は! お前だってそうだ! お前だって奥義の一つも教わっていないだろう! 主将だぞ俺たちは! いくらなんでも基本的なものしか教われないのは不公平じゃないのか!」

「とはいってもな、私は別に不満はない。私達が主将といっても火神の方が私達より古参だ。あいつの実力が足りぬ故、門下生たちを纏める役目を私達が担っているが、相原流に関しては奴の方が上だろう? 下級生たちには人望もあるようだしな」

「下級生には……だ? 上に上がればわかるだろう。相原流の真髄は奴にしか教えられないんだぞ。今は慕っていてもいずれ憎悪すら抱くようになる。なぁ、お前は本当に不満がないのか? 欠片もないのか? 明らかに実力が下の火神に奥義が伝授されて俺たちには与えられないことに怒りは抱かないのか?」

 憤懣やるかたないといった様子のグランを、ショートカットの髪に手櫛を入れつつ王姫は、ははと笑ってみせた。

「それこそ私たちの実力が足りないというところだろう。何しろ実戦経験に関しては奴の方が上になってしまった。私たちがSランクモンスターをソロで討伐することなどいつになることやら。それに、相原流は基礎的な技もなかなか興味深いぞ。歩法に関してだがな、師範から教わったものに工夫をすれば戦闘効率が上昇することが理解できた。師範は自ら教えず私が気づくように誘導している節があったが、いや、これは他の流派を学んでいるお前の方が――」

 王姫の言葉を最後まで聞かずにのしのしと早足で歩いて行くグランに、あーあー、これだから師範の贔屓はと王姫はため息を吐いた。

「まぁ、グランも暫くすれば頭を冷やすだろう……全くあいつは騎士のくせに侍を主とする相原流で主将に至れた自分がどれだけすごいのかわかってるのかね」

 それこそ浩一にも劣らぬ武の才というものだろうと王姫は一人頷くと、のんびりと修練場へ向かっていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


 魔導士を専門に育成する『魔導の園』は第二十二区画に存在する。

 練武館と同じく、多くの専門の施設や大規模魔法の実験場などで構成された専攻科専門の育成機関だ。

 その中庭で東雲・ウィリア・雪はむむむと、自分の顔の前に浮かぶウィンドウを眺めていた。

「うーん、どうしようとりあえず学習装置で使える魔法は全部覚えてきたけど」

 雪は浩一がSランクを撃破したという報告を聞いたとき、自身の戦技ランクをAランクに昇格させていた。

 ランクの昇格に際し、通常は多少の手続きがかかるものであるが、研究者である東雲家ならば昇格手続きを省略できる。

 もちろん肉体性能はAランクに相応しいレベルに調整してある。

 だからAランクに必要な身体能力に加えて、武器性能に依存しないAランクの撃力技能を今の雪は所持していた。

 雪は、自力でそれらを取得するしかない浩一には悪いと思うものの、これも改造が可能な者の特権だろうと躊躇なくその操作を行っていた。


 ――とはいえ、Aランクに相応しい判断力を雪は持っていない。


 魔導の園で購入した行使可能な魔法のリストを雪はカフェテラスの屋外席に座りながら眺めている。

 Aランクの魔法使いメイジが取得可能な公開魔法式である。

 適正料金を払い、機械の力でポン・・と脳に直接覚えてきたのだ。

 もちろん無料ではない。相応の金額が必要になるものだが、他者の世話になるのを嫌い意地を張って自力でそういった諸々の費用を稼いでいる浩一と違って、雪はそれが必要ならば実家から金を無心することに抵抗を覚えない。

 そして流石は学園都市の魔法職の拠点『魔導の園』だ。

 雪の目の前には膨大な数の魔法が表示されている。環境変化系、補助、単純火力、範囲火力、集団魔法、結界、治癒……エトセトラエトセトラ。雪の一生を持ってしても使いきれるか怪しいぐらいの魔法がそこには存在している。

 とりあえず施設の学習装置で脳に焼き付けた為に使おうと思えばいくらでも使えるそれらの魔法であるが、むむむと雪は唸るしかない。

 何をどう使うべきか、それに悩んでいるのだ。

 もちろん戦闘に際して効率的に動くマニュアルはあるが、それに頼って戦っても浩一のような特殊な戦士のサポートは十全に行えない。


 ――何度か一緒に戦って調整するしかないだろう。


(浩一の役に立つのは楽しいけど、こういうのはめんどくさいなぁ)

 元々雪はこういった細かい戦闘思考は得意ではない。戦うことが好きではないのだ。

(はぁ……やめたやめた)

 Aランクでここまで戦闘における選択肢が広がるなら浩一の『気の心得』習得を待った方がいいなと雪は考える。

 投げやりなのではない。向いてない以上は向いている人間に任せた方がいいと判断しただけだった。

 戦い方に関しては浩一に丸投げしよう。自分の全ては浩一のために使うと決めている。それで死んでもなんの後悔もない。

「ま、それはそれとして」

 雪は顔を上げ、自分の隣を見上げた。自分の顔に影が掛かっていた。人がいる。

 そこには背後に取り巻きを侍らせた戦霊院那岐その人が立っている。

「私になにか用ですか?」

 あまりいじめるなと釘を刺されている雪は、なるべく友好的に見えるようににっこりと微笑んでみた。

 

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