若き天才たち(2)
戦霊院那岐とアリシアス・リフィヌスは四鳳八院にしては珍しい、派閥を形成せず、派閥に所属していない学生である。
戦霊院那岐は心に疑念を飼い、他人をそこまで信用できなかったため、人を周囲に近寄らせなかった。
アリシアス・リフィヌスは、主家であった聖堂院を裏切り、その家格を簒奪したため、悪評を持っていた。
とはいえ、優秀すぎる彼女らだ。
主席で構成されたクラン『
当然、勧誘する者たちも一流の学生だ。
それは勝利の塔が消えたために、アーリデイズ学園のトップになれたクランだったり、他校のトップクランだったり、四鳳八院の分家で構成されたクランだ。
だが、二人はそれらの誘いの全てを断っていた。
そして、火神浩一の傍にいる。
魅力的な勧誘の悉くを断りながら、組んでもメリットのない、クランですらない男のパーティーへ所属しようとする姿は、周囲から見ればもったいないどころではない。二人の正気を疑ってしまってもおかしくない行動だった。
口さがない人々は浩一を悪く言うだろう。女二人を色気で誑かし、利益を貪らんとする寄生虫だと。
しかし、それは火神浩一を知らないからだった。
この男を知れば、この男の
理解できる類のものではないとしても、諦めと共に思い知るのだ。
――火神浩一は壊れている。
かつて正気でないと浩一を見限った者がいた。
浩一に心酔しつつもその苛烈さに遠くから眺めることしかできないものがいた。
その将来性を見抜き、強く自分のパーティーに誘った者もいた。
だが、浩一はただ一人、雪のみをパートナーにして今までダンジョンに潜ってきた。
力のないものほど浩一が刀一本で潜る事実にパーティーを忌避する。
逆に力のあるものほどパーティーに誘いたがる。
――火神浩一には、奇妙な
共にいると、勝利などどうでもよくなる。共に戦って、戦地に屍を晒しても構わなくなるような熱が。
戦士の共感――荒野に突き刺さる一本の剣のような郷愁が、心に囁くのだ。
この男の隣に立っていたい、と。
それに理由は他にもある。強い者ほどわかる。火神浩一は
戦闘に役に立つ道具はこの世界では多くある。戦闘に遠距離から攻撃できる銃や、予め用意しておけば下級の魔法を無詠唱で発動できる魔法筒などだ。
費用はかかるとはいえ、高価な弾丸やそこそこの威力を発揮するそれらの道具は下位のモンスター相手なら絶大な効力を発揮する。
だが、道具は所詮道具でしかない。
上位のAやSを超えるモンスターにそれらは通用しない。
もちろん、それらは便利で、実際にAランク以上の学生でも補助として使っている道具だ。
だがそれに頼りきるような人間を高ランクの人間は望まない。
火神浩一が持つ、戦闘用の道具を使えないという欠点は上に行けば行くほどなんの問題もなくなっていく。
そうだ。道具を使わずに今まで生き残ってきた浩一を評価するものは多い。
わざわざ吹聴する者はいないが、そういう意見がある。
その事実を浩一は知らない。
しかし彼を再度調べなおした那岐は知っていた。自分の価値を知らない侍のことを。
◇◆◇◆◇
暖かな陽光が降り注ぐ、喫茶店の屋外席に浩一たちはいる。
那岐は浩一の指を
「くそッ、また取材の依頼が来てやがるな……」
仏頂面を晒す浩一の前には浩一の写真と経歴の載ったウィンドウが表示されていた。
雑誌の取材や配信映像への出演要請だ。那岐も何度か受けたことのあるものだ。
ここが学園都市である以上、そういった学生向けの番組や特集を行うことでメディアが学生相手に視聴率を稼ぐのは当然のことである。
そしてこういった取材は学生にとってもメリットのあるものだ。
那岐には必要ないが、有力な学生は武器メーカーと契約して、最新鋭の武具のテスター兼宣伝役として活躍するものも多い。
そういった意味でこの学園都市で知名度を上げることは、強さを求める上での最短距離と言っていいだろう。
(学園都市の伝統だから仕方がないけど。浩一に知名度は必要ないし、深く調べられても困るのよね)
那岐やアリシアスは浩一の目的を知らない。彼が何故闘うのか。どうして未強化の身体で修羅道を突き進むのかを。
けれど二人は浩一の力になると決めている。
那岐は命を救われ、心を救われた感謝の気持ちから。
アリシアスは――那岐が考えるに恐らく浩一が発している熱を求めて。
そこまで考えて、那岐は内心で首を振る。アリシアスはそうかもしれない。でも、それだけではないのかもしれない。
アリシアスがどう考えているかは置いておくことにする。
とりあえず彼女は浩一に好意的だ。それは状況が変わるまではそのままだろう。
それに浩一が戦う理由も、話してくれるまで聞くのはやめておこうと那岐は決めていた。
(だからまぁこういうこともしてるんだけど)
にぎにぎと浩一の指をもみほぐしながら那岐は思考を続ける。
那岐やアリシアスが武具やその他諸々道具の支援を行うことを決めている以上、浩一が無名であることのメリットは大きい。
様々なことに煩わされては浩一に必要な、経験を蓄積する時間が減っていくからだ。
だがこうして注目されてしまった以上、これから否応なく浩一は有名になっていくだろう。
装備を変えただけでSランクを打倒できた男だ。きっとこれからもっと成長していくに違いなかった。
期待を込めて浩一を見つめる那岐だったが、浩一はそれに気づかず、ただただ諦めたようにアリシアスの勧めに従い、取材の依頼を断っている。
――那岐の目にそれは、後輩に振り回される青年の姿に見える。
(でも……この姿は擬態だわ。だって……)
那岐の心にはいつだってあの精霊と死闘を繰り広げていた浩一の姿が残っている。
こういった場ではただの青年にしか見えないが、その奥底には計り知れない力がある。
自分が男の価値を知る数少ない人間であることに少しの嬉しさを那岐は感じる。
(そう、私は数少ない人間――でも……浩一の真実を知る人間は他にもいるはず)
長く学園都市にいる浩一は戦果はなくとも戦歴は長い。
親しくはないが知り合いもそこそこにいる。『刀だけ』なんて名前が通ってしまっているのもその長年の積み重ねからだ。
那岐は浩一のことを思うがゆえに、今までの浩一の足跡を調べた。調べなければならなかった。
那岐と浩一を死に至らしめようとした悪意ある罠。それらについて考えれば怪しいのは浩一の知り合いでもあるのだから。
(とはいえランクの低い連中が何かを知ってるってこともないだろうし。浩一が何を隠してるかは知らないけどぺらぺらと喋り回ってるわけもない。だからまずそういう低レベルな浩一の知り合いは無視していいのよ。そもそも浩一が目立つっていったらスロットと改造なしぐらい? 他には……?)
那岐は隣でアリシアスと話している男を見ながら首を横にかしげた。
浩一は開拓都市ヘリオルスで育った、と取り寄せた
深く調べられた場合。何かが出てくるのだろうか。
那岐は浩一が刀しか使えない理由やスロットや改造を行わない理由を知らされていない。
だから那岐は浩一がヘリオルスで何かをされたのではないかという推測を立てていた。
でなければこの年までになんらかの改造を普通の学生なら行っているものだ。なにしろ改造にデメリットは何もないのだから。
那岐もそれは例外ではない。生まれてからこの歳に至るまでに改造を続け、戦闘力は人外の域に達している。
それはこれからも続けていくことだ。きっともっと自分は強くなる。
だが反面、浩一は変わらない。十年前にアーリデイズシェルターに来た浩一は、八歳である子供のころから無改造でダンジョンに潜り続けていた。
――そんな子供の頃から戦っていた。戦うしか強くなる道がなかった男。
(……子供が戦うなんて恐るべきことだけど、無法ではない……)
アーリデイズは四鳳八院が支配する学園だ。
コネがあるなら特別幼年学級などに口利きで入学が可能だ。そこのコネを使って低難易度ダンジョンを利用したのだろう。
無改造の子供などをアーリデイズ学園が入学させるなど、那岐としては信じられない思いだったが、ここで浩一は人脈を使って学園に入り込んでいる。
浩一は名家の生まれではないが、入学の際に、開拓都市ヘリオルスで死亡した相原三十朗の親族から紹介状を貰っていた。
――『刀姫』相原桐葉。
近接戦闘でならば那岐は絶対に敵わない、ゼネラウス八剣聖と呼ばれる剣豪の一人である。
(しかし、浩一が戦ったのは八歳か……未熟な歳での戦闘行為は苦行以上にいろいろな問題も多いわ。改造で能力はあっても戦いに耐えられる身体になってないから誰もしないしね。それを未改造でこなしてたってことは相変わらずでたらめな精神と運ね。で、浩一に推薦状を書いたっていう相原桐葉。どこまでの知り合いなのかしら? 浩一は『理不尽』相原三十朗とは親しくしてたっていうし、『刀姫』相原桐葉と知り合いでも不思議じゃないけど)
『刀姫』は引退し、道場を開いていると聞く。
(なんで浩一は改造ができないんだろう……体質ってのがまずおかしいし)
一流の研究者である峰富士智子にコネがあるのだからなおさら改造をしていてもおかしくないというのに、どうして浩一は脳に人工スキルたるスロットを埋め込まず、身体改造すらしないのだろうか。
浩一の過去や心に踏み込むべきか否か。
戦いの理由と同じく信頼して話してくれるのを待つべきなのだろうか? 那岐はどうしてかそれを聞くことが躊躇われた。
今のところ、那岐は浩一の内面に強く踏み込むことを避けていた。
それは気づかいか、はたまた断られることで自らが傷つくのを避けるためか。
(……裏でこそこそと調べるより、聞いた方がいいんだろうけど……)
曖昧にごまかされそうでもあって、那岐は聞くのが戸惑われた。
那岐は精神的に成長し、他者へと強く出られるようになった。
しかし浩一は例外だ。そして自分が例外を持っているという事実を那岐は楽しんでいた。
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