第三章『【獄炎の曙光】と有名の侍』
プロローグ(1)
「安定剤を注入。血圧を維持。脳と魂の連結を常に確認してね。慣れてる作業だからと言って油断しないようにね。
人ひとりを収容できるような巨大なカプセルの周囲に人が大勢いた。
白衣を着た研究者たちだ。彼らは手元の端末を用いて、遠隔でカプセルの中の人間に対して作業を行っていた。
――研究者たちの中に、一際目立つ女性がいる。
胸を張って、威風堂々たる姿で研究者たちに指示を出している女性である。
「骨格はタイプ『煉獄』にまるまる変更。筋肉やら内臓の配置も変えるから……うん、そう、やっと闇ルートでオリハルコンが人間一人分手に入ったのよねー。四鳳八院の連中もこれだけは定数確保してっから、手に入れるの苦労したわよぉ。あ、神経回路は今までの魔法系の『舞曲インドラ』より炎系統に増幅効果のある『イフリート・極式』で纏めちゃって。オーラはこの子使わないだろうけど、垂れ流し分でも多少は属性の強化がなるでしょう」
「まるまる変えるんですねー。はいですよー。おばばはどうしますです、っていたたたたたたッ。つねらないつねらないッひっぱらないでッねじらないでッ!!」
「おい、私はまだそんな歳じゃない。まだ孫だっていないんだから」
「雪には無理だと思う
「まぁねぇっていうか。なにその奇妙に不吉な言い方は」
「なんでも無い
「言い直しても無駄よ。まったく、なんでこんな子に育っちゃったかなぁ」
「僕が廃棄されそうになったのを助けてくれたのは感謝してますです。でも育つのは僕の勝手なのですよー」
「もう。はー、好きになさいなその辺は」
娘が落ち込んだときの様と同じようにむぅ、と頬を膨らませ落ち込む美女、東雲・ウィリア・雪の母、東雲・ウィリア・
その視線の先では踊るように、たったらったったー、と無邪気に笑う白衣を着た小さな子供がいる。
その髪の色は金属を固めたような
踊る少女の横には、人一人を収容できるカプセルがある。透明なカプセルの表面に触れながら朱は周りにも見えるように自身の胸に触れた。苦しげに顔を歪める。
「指示はこれで終わり。私は病室に戻るわ。倒れたっていうのは嘘じゃないんだから。それでちゃんと覚えてるわね?」
「魔力精製方式は『七つ目のケルベロス』、細胞外郭は『ホノカグツチ参式』、再生機構は骨格のオリハルコンに
カプセル内の溶液の中で眠る金髪紅眼の少女を横目に見ながら、虹の少女はつまらなそうにつぶやいた。
彼らの作品は兄、妹共に、最高の出来だと自負できるものだ。
特に兄の
(それでも、EX級には殺されてしまったのだけれどね……)
朱は皮肉げな表情を浮かべて、跡形も残らなかった息子の死を思い出す。
人間の間での背比べなど無意味だ。四鳳八院など彼女の眼中にはない。
情報が残らなかったためその経緯はわからない。しかし彼らの最高傑作は敗北したのだ。
朱の手がカプセルの表面を撫でる。
意識を失った金髪と紅眼の少女が――自分の娘が肉体改造を待っている。
その表情は未だあどけない子供の面影を十分に残している。
否、朱から見れば大人になど一切なっていない、ただの娘でしかない。
「雪には、このままが幸せなのかもしれないけど……」
「時計の針は進んでるですよ。というよりも
「そのための『殺害志向』。そのための基礎ナノマシンなのよ」
そう、と朱はカプセルの表面をなぞるようになで上げる。
「本当は肉体改造なんて必要ないのかもしれないわね……学園都市ではなく、かつて人工知能群が私たちに与えた、人に持たされた最後の牙。外界の魔物どもと渡り合うための正当な道。基礎ナノマシンの機能を全て解放できればね。例えば、浩一が手に入れた『
「僕にはないです」
「貴女は、シェルターの影響を排して作られなきゃならなかった四鳳の後継だから、貴女に基礎ナノマシンは搭載されていない」
朱の優しい視線を無視し、ぷくぅっと少女は頬を膨らませた。
「廃棄されましたのです」
「貴女の次が凄すぎたのよ。まさか、あんな化け物が生まれるなんてね」
「『虹の暴虐』が規格外なのですよー。生まれた瞬間に四鳳の馬鹿たちが僕の廃棄を決定する程度に。それで、今回もやっちゃうですけど、ホントにいいですか? もうこんな偽装を施さなくても雪と同じステージに火神浩一は立てるですよ?」
少女の言葉に朱は周りを見渡した。
――熱意を感じたからだ。
東雲の抱える研究チーム。歌月が死んだことで零落しかけているとはいえ、東雲自体は未だ名門だ。
だからこそ、その次代にかける周囲の目は厳しい。朱を見る研究員たちの目は切実なものだった。
「表面と性能を『強化版魔法使いパック』と同じになるように偽装しておきなさい。まだ何も始めてないんだから。雪が立つ舞台の幕もそろそろ上がるわよ」
「それよりそろそろ『神器』は摘出するですよ。あれがあれば僕たちも多少は息継ぎできるし、雪も――」
「
名を呼ばれ、ひぅッ。と少女はおびえたように口を閉じる。恐る恐る見上げる先にあるのは、かつて自身を棄てた、四鳳の老人たちと同じ目をする朱の姿だ。
朱が持つ優しい雰囲気や穏やかな気風など、飾りでしかないのだと思う一瞬だった。
それでも、竜の逆鱗の上でタップダンスを踊るような気分で少女は続ける。
拾ってくれた東雲を潰す事だけは許すわけにはいかなかったからだ。
「朱……いい加減に」
「何よ。雪の次は作らないわよ。貴女の考えもね。わからないわけじゃないのよ。
朱が回りを見渡す。そこにいるのは研究員たち。彼らの目に宿るのは雪に期待していいのか、と朱を問う目だ。
かつてナンバーズとなるべき人物を常に輩出し、隆盛を誇っていた東雲家が崩れ落ちたのは十年前。同盟暦2078年の十二月。零れ落ちるようにして、空から白い雪の舞い落ちる、旧時代の救世主の誕生を祝った日のことだ。
その日のことを朱は忘れない。死体さえ残らなかった息子の死を、朱は忘れていない。
ぎりり、と口から言葉をこぼす。その、全てを決める言葉を。
「報復を」
「……朱」
「血の報復を。黒竜ズィーズクラフトに報復を。雪の代用品なんていらない。歌月の再来はない。そして私はッ。私、は……東雲の当主としての義務を果たさなければならない」
望む答えは朱の口からは出されなかった。
理解していたことだが、目を背けるようにして研究員たちは顔を俯けた。
それでも真魚と呼ばれた少女だけが朱を見上げて問いを続ける。
「それでも、雪に神器はいらないと思うのです。雪に仕込んだ神器から『赤の弾丸』は五発も作れました。これ以上雪に負担をかける必要はないです。それに、雪と浩一はたった二人でダンジョンにもぐり続けてるですよ? もし四鳳八院に回収されたら……」
「五発じゃ足りないかもしれない。『赤の弾丸』の生成には雪の魂を削っても一発一年という膨大な時間がかかる。いざというときの補充は容易ではないわ。それに、二人が負けたならそれはそこまでということよ。EXに挑む過程でAやS程度に殺されるなら、そこまでだったということ。東雲は緩やかに自殺する道を選べばいい。そのときにはあんたらも好きにさせてあげるわよ」
息を呑むようにして研究員達は唇を噛み締めた。
朱の表情は穏やかだ。殺気のひとつもない。
東雲を離れて他の組織に行くことを許してくれるのではないかという、そんなあり得ない期待を抱いてしまうほどに。
しかしそれでも、零落と同時に東雲を離れたかつての同僚たちが、今では一人も、遺体さえも見つからない事実を思えば……。
そんな空気の中、真魚だけが言葉を続ける。
「棄てないですよ」
「……知ってるわ」
「棄てられた僕だからこそ、棄てられる悲しみは知ってるです。だから僕は棄てないですよ。朱」
「感謝、するわ」
だから棄てないでくださいね、と真魚は続けなかった。ただ小さく朱の白衣の袖を引っ張り、そうしてカプセルに横たわる雪を見下ろした。
東雲・ウィリア・雪。次の東雲を。
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