この想いはまるで恋に似て(1)
開拓村と呼ばれた場所がある。開拓シェルター『ヘリオルス』内部に作られた、草原や森林を配置した区画だ。
富裕層向けの別荘地として作られたそこは、かつて
その区画の外れにある人工湖の湖畔に、髪を金色に染めた改造軍装の男と、彼に連れられた少年がいた。
「なぁ、三十朗」
アん、と相原三十朗は湖面を見ながら雑誌を捲る。
傍らには釣竿とバケツがあった。バケツの中には釣果だろうか? 湖に放された養殖魚が数匹が泳いでいる。
「なんだよ。飽きたか? 浩一」
浩一と呼ばれた少年の傍らにも釣竿とバケツがある。だが少年のバケツの中に魚はいない。
「釣れねぇんだもんさ」
大きなあくびをして、シェルターの天井を浩一は見つめた。太陽光から有害物質を除去する、都市を覆う膜が見える。
「浩一ぃ、てめぇ『殺害志向』意識してっかぁ? てめぇにあんのはそれだけなんだからよ」
「えぇ? なに?」
三十朗が竿を巧みに使い、湖から魚を引き上げた。竿につながった糸の先には丸々と太った魚がぶら下がっている。
「だぁかぁらぁ、殺害志向だよ。殺害志向。歌月も言ってただろうが。お前が一番才能あるってよ」
「歌月がほめてくれたのはうれしいけどさぁ。そのさつがいしこうだっけ。なんなのさ?」
針を外した魚をバケツへ投げ入れ、餌を針につけ、三十朗は再び竿をしならせて湖面へと投げ入れた。その仕草は手馴れたものだ。
浩一が三十朗の釣果をじぃっと見ながらバケツの中に手を突っ込んだ。人工湖に放たれた安全な養殖魚だ。
今晩の夕食になるのだろう。メニューを想像した浩一が涎が垂らす。
「はぁ、まぁ餓鬼だから意識しろっての無理だろぉけどな。まぁ、あれだ。敵を愛せって奴だな」
雑誌をぱらぱらと捲りながらの軍人の言葉に浩一は首をかしげた。
敵を愛すること。殺すのに愛する。それが釣りにどう関係するというのだろうか。
「わかんないよ。それよりさ。街のほうにあたらしいゲーセンができたってケビンが言ってたんだけど」
紙面から顔を上げた三十朗は呆れ顔で浩一を見た。
だが上目遣いで自分を見てくる幼い子供の姿に、ため息をつきながら道具を片付け始める。
「ったく、灯火とラインバックには黙っとけよぉ。あいつらゲーセンを不良の巣窟と勘違いしてるからな」
「へへッ、やりぃッ!!」
浩一は三十朗のバケツから自分の釣り道具へと走り、慌てたように叫んだ。
「さ、さんっじゅうろう!! おれの、か、かかってるかかってる」
「あん、って、うぉ、すげぇッでけぇぞ浩一ッ! 放すなよ!!」
慌てるな、気をつけろ、殺害志向だ殺害志向と釣竿を必死に掴んでいる浩一に傍に走る三十朗。
――そんな昔の夢を見た。
◇◆◇◆◇
――『【スプンタ・マンユ】 第五階層【クシャスラ】』
黄金竜の殺害の準備には二日掛かった。
二日も、というべきか。それともたった二日というべきかは勝敗のみが教えてくれるだろう。
浩一が治療を終えるまでの時間。体調を整える時間。得た技能を研鑽する時間。
気を扱う術に少しだけ熟練でき、オーラによる斬撃も四発から五発まで回数を増やせた。
気の総量が上がったのではなく、慣れただけだが、一発でも多く撃てるのは有難かった。
「勝算は?」
那岐に問われ、浩一は腰の月下残滓を見る。武具は万全だ。問題は自分だが……。
「わからん。最悪、また逃げることも考えてる」
「……それが、アンタの生き様なの?」
「死ななきゃ負けはない。それがどれだけ無様でもな」
それでもその無様さを選ぶかどうかはやはり、そのときの感情で決まってしまうのかもしれない、という言葉は飲み込んだ。
浩一にも、意地はあるのだ。なるべくならそんな無様は晒さないと決意して、その扉を那岐と一緒に押し込んだ。
前回は三十朗による導きによって扉以外の直通通路を用いて黄金竜の座す玉座の間に直接侵入したが、今回は正面からの侵入だった。
正面の大扉を那岐と一緒に開き、中に踏み込む。
赤いビロードの絨毯、林立する巨大な柱、美と財の極致ともいえる彫刻芸術が浩一を出迎える。
周囲の壮大な意匠が浩一を見下ろし、フロアの格となって圧倒してきた。
先日の戦闘で破壊された柱や壁もダンジョンの作用で修復されており、戦場の雰囲気など未だ欠片も存在しない。
浩一は後ろに立つ那岐を見る。平常だ。一度敗北した場所に来たというのに気に病んだ様子は見せない。
流石は四鳳八院というところだろう。
浩一は月下残滓の柄に手を当て、身体と精神を整えた。
既に敵は見えていた。荘厳な雰囲気を醸し出しているフロアの奥の奥、玉座にそれはいる。
竜。
それがフロアの名前を冠する相手ならば、きっとクシャスラという名なのだろう。
浩一の胸から、内から溢れる感情が溢れる。『殺害志向』によって熱い熱を持つ。
「先手をとるッ! 戦霊院ッ! お前は下がってろ!!」
「言われなくてもッ」
浩一は叫んだ後には地を蹴っていた。
那岐は障壁魔法を唱えて後ろへ下がる。事前に決めてあった通りだ。那岐が手を出すことはない。
那岐には覚悟が定まっていない。そんなふらふらとした状態で戦闘に参加はできない。
――否、浩一にとっては極上の料理に手を出されるようなもの……!!
それに那岐は万全ではなかった。心ではない。装備だ。防具である聖盾『星厄』は壊れたままだった。
幸い中心核は無事だったために自動修復が働いているとはいえ、機能が再生するまでには最低でもあと三日は掛かる。
だから今回那岐が着てきている外套や衣服は慣れた装備ではない。
那岐の身体を覆っているのは、戦霊院の研究者の手によるものの中でもSSランクの評価を得ている高次戦闘用魔導聖衣『ローディナス』だ。天空を駆ける天馬を模した純白の聖衣とも呼ぶべき意匠。獅子の
光を放ち目立つが、その分防御能力は同ランクの金属鎧と遜色のない強力な防具だ。
また、聖衣の下には同じくSSランクの特注品、肩に大きく校章の描かれた紺色のブレザーと、同色のスカートで構成される戦霊院那岐専用アーリデイズ女子学生服を着てきているものの、あの敵を相手にそれがスペック以上に役に立つかは那岐次第だった。
そんな装備だけは立派な那岐は、聖堕杖ドライアリュクに魔力を込めながら浩一を見つめる。
玉座より飛び立ち、フロア上空に舞う黄金竜を睨みつけながら駆ける侍の姿を。
◇◆◇◆◇
――初撃からして、浩一が対処できる許容を超えていた。
那岐に叫んだ時点で、既に疾走していた浩一は、空中に浮かぶ魔法陣から、自身へと放たれるだろう射線を推測するとすぐさま魔槍の射線と射線の合間にあるだろう安全地帯へと駆け出していく。
通常の学生ならば体内に仕込んだ、予備の機械脳の演算能力を用いた射線解析が使えるが、浩一は肉体改造ができないので
(くくッ、ははははッッ!!)
安全地帯――自分で想像したその単語に口角が吊り上がる。
天井近くを飛行する黄金竜の周囲の魔法陣は百を越え、それぞれの魔法陣からは魔槍が秒間三発以上放たれていた。
「安全地帯なんか、あるわけねぇだろッッ!!!」
人の腕ほどの太さの鉄の槍、それが大量に、三百や四百を越す量が降り注ぐ。
射出の速度は浩一の知覚の限界ギリギリだ。射線を確認した以上は空を見上げながら走るなどという愚は犯せない。
既に勘による計算を終えているルートを駆け抜けるだけだ。
無論、初弾以降は相手も射線を変更するだろうが浩一には関係がない。距離は稼いでいる。目的の場所まではもう少しだった。
放たれた槍と槍の間を抜けるようにして浩一は駆け抜ける。紙一重――皮膚一枚に触れるか触れないかの、そんな駆け抜け方だった。
空気の唸りと共に魔槍の弾幕が加速する。轟音。衝撃で地面が揺れる。
だが浩一は真後ろに着弾した魔槍に一切の注意を向けずただ疾走した。
――量が量だけに外れる魔槍も多い。
クシャスラは、中級の魔法を大規模に、無造作に扱うだけだった。
ここまでの物量であるならば、命中補正は逆に邪魔になる。浩一が那岐に放たれた『貧者の杭』を労せず斬り落とせたようにだ。
正確すぎないことで、回避を困難にするはずだった。
(軌道はわかる。わかるが――ちぃッ……こうも数が多いと)
浩一は唸る。黄金竜の攻撃にミキサージャブのような凄絶さはない。アックスのような必死さもない。
しかし、攻撃の無機質さはアシャに通じていたし、容赦のなさも似ている。
無機質な金属の物量が浩一に襲い掛かってくる。
まさしく攻撃に色はない。クシャスラに浩一と打ち合おうなんて気は全くなく、ただ押しつぶそうとしてくる。
魔槍が一本一本ならば打ち落とせただろう。
しかしそれが束になれば自力が足りず、降り注ぐ槍衾を避け続けるには身体能力が足りていない。
着ている防具は最新の科学で作られた高性能な衣類だが、これほどまでに加速された槍を防ぐには足りず。
ならば役に立たない防具を纏うよりも、身体を軽くするために、まだ裸で走った方がマシなのかもしれない。
だが浩一の着る着流し『白夜』はただの布ではなかった。
学園都市の誇る超科学によって製作されたそれは、着用者の身体を外部から強化する。
浩一の意思に応じて白夜に搭載された『速度上昇B』『俊敏上昇B』が浩一の速度を強制的に上げていく。
魔槍の群れが浩一の遙か後方の床に突き刺さった。速度を隠す欺瞞。たった一度しか使えないフェイントが浩一の命を救う。
――まず、一手。
胸から湧き出る熱意のためか、思わず空を見上げてしまう。
浩一を見てもいない存在。全てを睥睨するようにして空を征くクシャスラ。
色のない眼と熱の篭もった目がぶつかった。それは浩一と相手の実力差を物語るものだった。
先日の戦いでは浩一は正体不明だった、だがすでにクシャスラにとって浩一は手の内の割れた相手だ。
クシャスラにすれば、空への攻撃手段を持たない火神浩一など取るに足らない存在だった。
「舐めるなよ。直ぐに引き摺り下ろしてやる」
その立ち位置があまりにも過去のそれと似ていたからか。
――この一瞬、浩一の意識は過去を思い出してしまう。
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