尽きぬ炎は回廊を飲み込み(1)


 それ・・からは人間の耳では聞き取れない言葉・・が発せられていた。

「――――――■■■」

 曲がり角の壁に背を預け、浩一は進路の先を窺う。

 それ・・は生き物のようには見えなかった。

(警備ロボにしちゃ……ちと気配が剣呑だな)

 しかし生物には見えない。人工物の一種だろうかと浩一は疑いながらも、通路の陰から出ることはできなかった。


 ――戦意は未だ身中にみなぎっているが、敵が不穏に過ぎた。


 索敵即殺エリミネーターの効能の一つ、経験から敵の行動を予測する機能が働いたのだろうか?

 浩一には遠目に見えるそれが安全なものには一切見えなかった。

 いや、ただ危険なだけならばすぐに出ていっただろう。

 それにモンスターには、一見して生物に見えないものがいないわけでもない。

(種族がわからん……人工物系の、モンスターか?)

 探索の結果判明した、下階へとつながる唯一の通路に陣取るそれは、宙に浮かび・・・・・、警戒するように辺りを徘徊している。

 そして、しばらく観察しても目的の通路から一定以上の距離を離れない。

 ある種の機械的な行動はモンスターにはないものだ。

 そして、浩一のいる場所から気付かれずに、下階への侵入することは難しそうだった。

(なるほど、番人というわけだ。しかし強そうだな)

 学園都市の定説では異形ほど強いと言われている。

 例えば八本腕を持つ巨人。例えば百を数える触手を持つ球体。例えば見ただけで相手を石化させる鶏とトカゲの混合魔獣キメラ

 異形のモンスターほど特殊な能力スキルを持つ個体が多いのは確かだ。

 大崩壊後の人類もまた、最初は力を求めて異形の超人を作り出したことがある。

 異形となった人間の精神の崩壊によって、今に続くことはなかったが……。

 だから異形であってもなお、壊れることのない心をもつモンスターたちは強いのだ。

 そして浩一の視線の先にいるそれも、見ただけでわかる異能スキルを堂々と誇示していた。


 ――人間ほどの大きさをもつコイン型の異形が宙に浮いている。


 それだけではない。円状の縁からは無数の炎が触手のように噴き出していた。離れている浩一にも伝わってくる高熱だ。

(凄まじい熱量だな……)

 何の準備もなしに触れれば、浩一の身体など容易く消し炭となるだろう。

(顔があるな……喋っているし)

 コイン状の敵の表と裏には、まるで人の顔のように、老爺の顔と後頭部の意匠デザインが存在していた。

(さしずめ、炎の彫刻か。それとも太陽の偶像か)

 浩一が考えている間にも宙に浮いたソレは老爺の目を閉じて「■■■■■■」と、浩一には理解のできない言葉のようなを発している。

 あれが浩一に気づいた様子は見えないが、倒すべきなのかがわからない。

 浩一の戦意は十分だが、あれが何らかの警戒装置である以上、迂闊に接近するわけにはいかないのだ。

 浩一が遭遇していないだけで、あれがこの施設に大量にいる可能性があるのだ。浩一に気づいたあれがそれらを呼び寄せる危険はあった。

(とはいえ、見ているわけにもいかんがな)

 ここは喰い破ることの確定している罠だ。

 そこにどんな障害があろうと突き進むべきだと結論は出ている。

 しかし、と浩一は唇を噛んだ。

 あれ・・がなんであるのかがわからない。それが不安要素だった。

(コイン部分は石材に見えるから、石人形ゴーレムの亜種か? だがゴーレムは魔法と相性が悪い。あそこまで明確に炎の属性を持つ石材なんかあったか?)

 フレイムゴーレム、というモンスターがいないわけではないが、それの素材は溶岩だ。

 溶岩と、炎を噴き出す石では明らかにモノが違う。

 だから目の前の宙に浮いた炎のコインのように、炎を纏う石材、という形のモンスターは浩一も見るのは初めてだった。

 浩一自身の力量に不安がある以上、無策に突き進むわけにはいかない。

 Sランクを倒したことがあるとはいえ、ミキサージャブのときは情報も多く、何より事前の準備は怠らなかったから勝てたのだ。

 だからこそ、情報が欲しい。

 欲しいが、あんなもの見たことがない。基準にすべきものが思いつかない。

 これには浩一が未だB+ランクであるという事実が災いしていた。

 特異な能力を持つモンスターの大半はAランク以上が基本だ。

 故に浩一はそれらと出会った経験がない。ない以上は講義や鍛錬の記憶を掘り起こし、類似例を探すしかない。

(おそらく、モンスター。機械なら機械らしくするだろう)

 とりあえず敵はモンスターであることを前提に考える。

 あれが人工物でないことはなんとなく感覚でわかる。あれは生きている・・・・・

(機械的に徘徊しているが……体内のナノマシンが操作してるのか?)

 わからない。浩一が今まで相手にしたことのあるモンスターのたぐいは皆、人の形や既存の動植物の範疇から外れたことがなかった。ミノタウロスやアックスなどはモンスター的な特徴はあるが、人型だ。人の身体でできる攻撃をしてきた。だから異形の行動がわからない。

 思考が止まる。何か判断材料が欲しい。

(あの言語が何かわかればいいが、人間には発声不可能な音だ。可聴域が異なる可能性もあるか?)

 高価かつ浩一のランクでは無意味な為、PADに異種族言語の翻訳アプリは入れていない。

 またはそういう人体改造をし、それに関わる知識もあれば意思疎通を可能にできたかもしれないが、今それを言っても全てが無意味だろう。


 ――あるべきもので対処するしかないのだ。


 あれがどんな能力や力を有しているかわからない以上、迂闊に攻撃するべきではなかった。

(つまり迂闊でなければいいわけだな)

 あそこまで堂々と炎を発し、太陽の形をしている以上は温度や熱、衝撃が能力の基本だろう。

 しかし、そう思わせる擬態かもしれない。現にそういうモンスターがいないわけでもないが……浩一は遭遇したことがない。

 索敵即殺は初見の相手では効果が鈍い。

 擬態か擬態でないか、どちらかの考えにも同じ程度の肯定を感覚で返してくる。

(まぁ対策するなら炎だろう。擬態に機能を割いてるならその分弱いだろうから、そこは問題ない)

 浩一は白夜を脱ぐ。そして少し考えてから歩き出した。

(転送は……少し離れておくか)

 インナー姿の浩一は白夜を片手に、隠れている通路から離れ、道を戻ることにする。

 転送は周囲に微弱ながらも魔力を放つ。あのコインがなんであれ、警戒装置の一種であるならばそのあたりの嗅覚は強いだろう。

 浩一はその考えの下に、余裕を持って距離をとることにした。

(さて、熱を長時間完全に遮断できる薬は高くて購入する気が起きなかったが、使い捨ての耐熱剤は以前買っておいたはずだ)

 PADを操作し、アイテム倉庫ストレージを検索した。この倉庫には、浩一が十年近い学生生活で入手した雑多なアイテムが入っている。

 その中に目的のものはあった。

 浩一の手元に格子状の転移ボックスが出現する。

 中に入っているのは、ラクハザナル薬師連合製の『汎用耐熱薬』だ。格子を砕き、瓶の蓋を開け、液体を一息に飲み干す。

 汎用耐熱薬とは、服用することで一時的に皮膚や眼球等の器官に極薄の保護膜を発生させ、水分の蒸発や体内に高熱が伝わることを防止する薬剤だ。

 ただし、これは高熱に対する耐性をつけるだけであって、炎を直接肉体に喰らってしまえば意味はない。

 だから浩一は同じくラクハザナル薬師連合製の耐熱ジェル『コキュートス2088』を転送し、インナーを脱ぐと、半裸の身体に塗りたくっていく。

 効果は殆ど一度きりだが、ジェルを身体に塗布することで、炎攻撃を浴びても肉体が炭になることが避けられるようになる。

 このジェルは下級の火属性魔法『飛瀑』程度の炎なら、直撃しても火傷程度にまで効果を減ずることができるのだ。

 ジェルはひたひたと冷たく、鳥肌が立つも顔や髪、上半身に隙間なく塗りたくっていく。

 もちろんそのあとは下半身全てにも塗り、余った分は白夜とインナーにもたっぷりと塗布しておいた。

 白夜は衣類系の防具にしては珍しいほどに高性能だが、布装備ゆえに、特別炎に強いわけではない。

(ったく、真面目にインナー系防具は揃えておくべきだったな)

 今使っているものはさほど性能が良いわけではない。

 生身の浩一は基本的にB+以上のモンスターと対峙し、一撃でも喰らえば腕は千切れ、足を砕かれる。

 もちろん頭に攻撃が当たれば即死だ。他の前衛のように心臓の予備や補助脳を体内に持っているわけではない。

 学園都市の学生にとっては、装備も強さのうちだ。

 そして浩一はその点で言えば、まだまだ強くなれる要素があった。

 インナーもそうだが、グローブもブーツもまだまだ改良の余地がある。

(要は耐性付きの装備を全属性揃えられればいいわけなんだが、それは高いんだよな。防具は消耗品だし――だが高すぎると俺の収入じゃ買っても維持が難しくなる)

 高価な武具、それも月下残滓クラスの武具は一般的な軍人なら、維持に家が傾くほどに金がかかる。

 ただ、浩一の場合はドイルが無料で整備をしてくれているし、月下残滓自体に自己修復機能がついているから、まだ大丈夫だ。

 だから月下残滓がある以上、武器は金を掛けずに済む。

 何かにつけて気の利くアリシアスに改めて浩一は感謝をした。

 そして浩一はここから外に出た後、インナー系防具のカタログを取り寄せることに決めた。

 武具用に貯金していたミキサージャブの報奨金を防具にあてるのだ。

「ま、今は正面の敵に集中だがな。未来のことばっか考えてりゃ鬼が笑うと」

 耐熱性能が申し訳程度に存在するグローブとブーツを転送し、浩一は顔面全体が隠れる耐熱マスクの留め金を締めた。

 この耐熱マスクには長時間持つわけではないが、戦闘時に周囲の酸素がなくなった際に酸素を装着者に供給する装置がついている。

 炎の攻撃で一番怖いのは燃焼によって周囲の酸素を奪われ窒息させられることもそうだが、肺を焼かれて呼吸そのものができなくなることだ。

 相応の改造をしている人間ならば自己回復機能で窒息する前に再生するだろうが、浩一はそうではない。

 あの敵が、その偶像の通りに、本当に太陽並みの火力を有しているとは思わないが、事前に思いつく限りの対策が必要だ。

(だがまぁ、太陽ってーと。あー、いや、流石に、ないだろう……たぶん)

 そしてすぐに思いついたことを否定する浩一。

 太陽ということは時間概念を持っている可能性があったが、それなら月がそばにあるはずだ。

 太陽ひとつでは時間に関しては手落ち……だと思いたかった。

 時間概念はこの世界に存在する属性の最上位に位置する。流石にそのランクになると浩一では完全に敵わない。

 そこまでいくと攻撃手段が空間全体だったり、この世界そのものだったりもするからだ。

 だから、それは元からいない敵だと判断するしかない。

 無論、本当にそうだったなら逃げるしかないが(そもそも逃げられないが)、そんなランクのモンスターを浩一相手に用意するなんて無駄を敵が考えてるわけもない。

 あるいは太陽であるなら光属性の可能性もある。

 光は聖属性の面以外にもレーザー系魔法の属性でもある。

(レーザーか。撃たれたら避けられるかわからないな……いや、意匠を模したならばその攻撃も意匠化してるか……ふむ)

 恐らく発射は炎の触手の先端か、もしくは口か目。

 それらが光ったなら回避行動を取るべきだ。いや光った瞬間には撃たれている以上、事前動作を読まなくてはならない。

 レーザーには注意しようと考えつつ、閃光防御ができるようにマスクの設定を変えておく。

 マスクは安物の為に明暗が多少わかりにくくなるがそれは感覚に頼るしかなかった。

(いろいろと考えてみたが。決定的な根拠を得るには接触してみなければわからないな……あとやっぱり他の道具も高級品を揃えるべきだなぁ。金はないが)

 やはり自分にはAランクにはまだまだだな、と浩一は結論した。他のAランク学生のように、スポンサーかパトロンが欲しかった。

(なるほど……物欲ってのはやっぱり必要に迫られないと出てこないな)

 今なら那岐に頼っても良い気分になり、浩一はマスクの中で顔を綻ばせた。

 そうして浩一は通路を戻り、のいるだろう通路へと顔をひょいっと出すのだった。


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