エピローグ。そうして彼は、彼の世界が広がったことを知る。
No.0131875 ミノタウロス[亜種]『ミキサージャブ』
耐久:S 魔力:E 気力:SS 属性:無
撃力:SS 技量:B 速度:A+ 運勢:C
武装:魔戦斧『漆黒の咎』 黒獣の皮
スキル:『急速治癒』『肉体再生』『恐怖無効貫通』『喰人』
報奨金:200000G 懸賞金:20000000G
入手アイテム:『漆黒の咎』
イベントクリアボーナス:『機密レベル3キー』
実習単位数量『7』
非売品スロット『増設』
非売品スロット『
非売品スロット『
「怪物は、人を襲わなければならない。怪物は、勇者に打ち倒されなければならない」
背後からかけられた声に内心の動揺を表さず、火神浩一は浮かべていたPADのウィンドウを消した。
ここは学園都市アーリデイズシェルター第9区画。アーリデイズシェルターにある高級商業区画のひとつだ。
設置されているダンジョン『天竺蚕の繭玉』から得られるモンスターが服飾素材に有用なアイテムをドロップするせいか、有名服飾品店や個人ブランドでも大成している店が多く立ち並んでいる。
浩一が現在いる通りもそうだった。
第九区画大通り、通称『
大昔に著名な美術家がデザインしたとされる大通りだ。
建築にあたって当時高名だった細工師や建築家が呼び寄せられ、道を飾る色煉瓦から石像、各商店や治安維持の詰め所の外観まで凝りに凝って造ったとされる道。
無論、普段の浩一ならば訪れることのない場所だろうが、今日浩一がここに来たのには理由があった。
「この星の戦いは調整されなければならない。
「なぁ、俺に話しかけてるのか?」
十一月五日。今日はシェルター国家ゼネラウスの英雄『アリス』が千年前、世界で初めて、単独でSSランクモンスターを倒した日。
ゼネラウスの祝日だ。
当然、ゼネラウスに所属している学園都市アーリデイズでもそれを祝う。人類の勝利として世界に認定された祝日だからだ。
だからかこの大通り、その入り口にある『偉大なる美術家』ザビーネ像の周囲には祝日を楽しもうとするカップルや恋人待ちの若者が多くいる。
家族で出てきたのか、夫婦らしき男女に連れられた少年が駆けているのが浩一の目に映った。
――
ここは学園都市でありつつも、大量の戦力を持つ人類側の拠点のひとつだった。
ただ前線ではないので研究員や商社の社員を始めとして、彼らの家族も住んでいるし、まったく軍とも研究所とも関係のない学生やその家族である一般市民なども生活を営んでいる。
だから祝日は皆が外に出てきて、きちんと祝う。浮ついた空気が都市に漂う。
そんな人々が行き交う中でも修繕の後が目立つ着流しを着て、腰に月下残滓を佩いた浩一は、周囲から浮いていることを自覚しつつも、待ち合わせの相手を待っていた。
――そんな浩一に話しかける人物がいた。
それは浩一の待ち人ではない。面識のない人物だった。
「はい、火神浩一。私は
「英雄の雛形……? いや、それをどこで知って……ああ、いや、有名なのか? 俺は?」
知らない間に情報が出回ったかと警戒する浩一。相手はふるふると首を横に振ってみせた。
「いいえ、まだまだ無名ですけど。私が勝手に知っただけです。なので最近面白いこともなかったので面白いことをした人を見に来ちゃいました」
えへへと無邪気に笑う
だが、異様だった。浩一は見間違いかと目を擦り、改めてその全身を見てしまう。
そこにいるのは金属的な光沢を放つ虹色の髪を風に靡かせ、髪と同色の虹の光線を、目にも皮膚にも走らせている奇怪な少女だ。
陽を浴びて、きらきらと輝くその少女の姿は、
四鳳八院か。どこかの研究所の人間か。遥か昔の
場違いな思考を抱きつつ、浩一は腰の月下残滓の柄に指を触れさせ、否、と自身の腰にも届かない身長の少女の目を見て、柄から手を離した。
「はい、浩一は間違ってはいませんよ。でも正しくもありません。私がひとりじゃなきゃ、無礼者なんて言われて死んでますよー」
「ああ、
「あははは。はい、正解ですッ。お見事ですッ。でも何もあげませんッ」
「いや、どうせ厄介ごとしか貰えなさそうだからな。なにもいらんよ」
あはは、と浩一の返答に無邪気な笑いを少女は返した。
無邪気な仕草の全てが浩一には恐ろしく見えた。
――これは少女の形をした
それもアリシアスよりももっと深い、深淵よりやってきた化け物だ。
この少女からは煮詰めたドブの気配がする。死臭にも似た不吉さが漂っている。
この生き物は、浩一の目にはミキサージャブより恐ろしく、強大な怪物のように見えた。
刀の柄を握ってしまったのも防衛本能だった。
胸の熱を必死に押さえる。強者と戦いたがる自身の性質を押し隠す。
アリシアスと対峙したときよりも重圧はないが、それは相手が戯れているだけ、何も発しようとしていないからに他ならない。
立ち振舞いでわかる。
暴虐の上に道を作り、暴虐を持って他者を従わせる。
振る舞いに無邪気さと力を感じる以上。その推測は間違ってはいないだろうと浩一は感じるままに怯えた。
浩一の反応を楽しそうに見ていた少女はああ、と残念そうに背後を見やった。
「うーん。あの子、デートだからって時間守りすぎだなぁ。私、行かなくちゃいけないじゃない」
「……あまり話してないが、いいのか?」
「私はどっちでもいいですけど。私を見ると都合の悪い子が近づいてるみたいだし」
「うん? どういう意味だ?」
「私はどっちでもいいんですよ。でもね、あまり追い詰めても面白いことが起きない人が近づいてきてるからね。浩一は恩人を責め滅ぼしたい? 私はホント、どっちでもいいんですけどね。面白くしてくれるなら手伝ってもいいですよ?」
楽しそうに笑う虹色の生き物。浩一は一瞬だけ視線をそらし、周囲を見た。誰も近づいてはこない。
そしてこの異様な会話にも、異様な人物にも誰も気づいていない。
ぼろい着流しに、戦闘の空気を微量にだが漂わせる浩一の周囲に人が少なかったとはいえ、
そう思い、浩一は視線を少女に戻すも、少女は影も形もなく消えていた。
手を自然と月下残滓の柄に近づけさせ、それでも握らず、浩一は額の汗を修繕した白夜の袖で拭った。
今は十一月だ。四季を再現するシェルター内の気温は、少し涼しい程度なのに、全身が汗で湿っていた。
そういえばと浩一は遥か昔に、浩一に軍の機密を面白おかしく話していた男と、そのときに語られた技術を思い出し、苦笑する。
「そうか。まぁ、実体ですらなかった、ということか。そうだよな、護衛もなしに歩き回るはずもない……か」
「襤褸を着たみすぼらしい男しかいないと思いましたら、何をぶつぶつと独り言をしゃべってますの?」
涼やかな声に、浩一は背後を振り返る。
そこには目立たないローブに装飾の少ないティアラを付けた、天使のように美しい容姿の少女がいた。
アリシアス・リフィヌス、四鳳八院がひとつ、聖堂院の遺産を管理し、聖堂院の座を過去に奪ったリフィヌス家の後継者。
「なんでもない。ただ、面白おかしいことって中々起きてくれないと思っただけだ」
「貧しさが頭に蛆でも湧かせましたか? 意味があり、深みのある話をされても理解を得られなければ狂人と同じですわよ」
「忠告感謝。だが、少し言葉をやわらかくしてくれると助かるな」
それにふふん、と笑うだけで応えないアリシアスは、自身を見る周囲の人間へ煩わしそうな視線を向けると、どうでもよさそうに浩一の手を取って歩き出した。
「さぁ、無駄話せず行きますわよ。礼服すら持ってないのでは勲章のひとつも飾れませんわ」
「箪笥から出したらサイズが合わなくなってただけで、持ってなかったわけじゃないんだがなぁ」
「公式の場でわたくしと並ぶのですから、少しは見れる格好になっていただきますわよ。浩一様の隣に立つわたくしが舐められますもの。有象無象の評価などどうでも良いものですが、上げられるものを上げずにいることは怠惰と変わりありませんわ。そして、わたくしは怠惰と無駄が嫌いなのです」
さぁ、最初に『和』の本店に向かいますわよ、と楽しげに浩一を見上げるアリシアス。
この少女との関係が変わったのは明らかだったが、こんなにも親しげなものだったかなと浩一は内心で首を横に傾げた。
外見からは想像のつかない膂力を持つ、学園有数の神術師。アリシアス・リフィヌス。
その背を見、うなじ、蒼い髪を見、気づく。
「ああ、結び、変えたんだな」
結い上げていた髪の形がただ見ただけでは気づけない程度に少しだけ変わっていた。
ぴたり、とアリシアスの歩みが少し止まる。浩一はアリシアスを追い越しかけ、握られた手が少しだけ熱くなったことを知った。
それでもからかうような真似はせず。
「似合ってるな。ああ、綺麗だよアリシアスは」
世辞と本音を言葉に含め。浩一はアリシアスの手を少しだけ強く握ると歩き出していた。
背後でアリシアスが何か言っていたような気もしたが、どうせ毒舌だろうなぁと思い、聞かないことにする。
言い慣れない言葉を使った浩一の頬も少しだけ赤くなっていたことに気づかないのは本人ばかり。
『手垢に塗れた英雄譚』
第一章『【唯我独尊】と無謀の侍』
これにて、了。
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