月光よ、刃となりて怪生を討ち滅ぼせ(1)
鍛冶師でもあった怪僧『道僧山』によって鍛え上げられた謎多き大太刀『月下残滓』。
その月下残滓にモンスターの治癒能力や再生機能を阻害するスキルが備わっているのに最初に気づいたのは火神浩一であった。
それは移動中、中央公園ダンジョン地下十九階層の通路で『
『おぎゃぁ』
その手にもった包丁は形もそうだが刃が鋭利にすぎる。
何人もの学生に重傷を負わせて来たであろう斬撃が地面すれすれから繰り出される。
「ふッ!」
浩一はバックステップで大袈裟に攻撃を回避すると、瞬時に一歩を踏み出し、月下残滓を包丁鬼児に向かって袈裟懸けに振るう。
(ちッ、やはり刃が大きすぎて小さい敵には当たりにくいな)
今までの階層のモンスターならば確実に首を飛ばされたであろう斬撃は地面にべたぁ、と張り付いた包丁鬼児によって避けられた。
そしてほとんど回避と同時にタイミングで包丁鬼児の身体が
包丁鬼児の身体が
『ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!』
叫びは耳を通して脳を揺らしてくる。
――紛うことなき
可愛らしい裸の赤ん坊が包丁を握ったような
包丁鬼児の膂力は並の学生を軽く上回り、金属に骨格を変更した学生の頭蓋さえ容易く素手で破壊してくる。
そしてそんな包丁鬼児と共に生まれ育った包丁もまた特別だ。
このダンジョンのモンスターたちが持つ生体剣の中でも特別に硬度の高い逸品。
加えて切れ味もまた、並の刀剣を軽く上回り、折られても刀身を再生する能力すら有している。
『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!』
旋風となって浩一へ踊りかかってくる包丁鬼児。
回転斬撃に巻き込まれれば即座にミンチ肉だ。
だが、予測できない動きに苦悩しながらも浩一は斬撃の軌道を目で捉えている。
故に、頬に包丁が接するぎりぎりの間合いで前に出る。
「――ッシャ!!」
正確な判断で殺害圏内から抜け出せた浩一は、振り向きざまに鬼児がいるであろう地点へと月下残滓を一閃した。
キン、と未だ空中で回転殺法を披露していた包丁鬼児の包丁と月下残滓が火花を散らした。
異常な筋力を持とうとも、空中にいるために留まることのできない包丁鬼児は容易く迷宮の壁へと吹っ飛ばされる。
『――ぎゅぇ!?』
「――ッラァ!!」
吹き飛ばされ、未だ体勢を整えていないであろう包丁鬼児へと駆け寄るために、即座に追撃の姿勢をとった浩一が駆け出し――。
「ッ――。そう上手くはいかんかッ!」
走る浩一の背筋へぞくりと悪寒が走る。
地面を蹴り、脇へと跳ぶ。刹那、視界の端を鈍い銀光が走っていった。
――銀光の正体は殺意に塗れた包丁鬼児だ。
浩一の攻撃によって吹き飛ばされた赤児型のモンスターは、壁に叩きつけられるも柔軟な手足で衝撃を吸収すると、その衝撃を利用して弾丸の如く舞い戻ってきたのだ。
う、ぐぅ、と浅い予測に身を任せた己を、心中にて全力で浩一は罵倒した。
『ぐげげげげげげげ、ぐぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ』
包丁鬼児が嗤う。
浩一の喉が鳴る。
(まずいな。こいつ、本当に
背筋を冷や汗が流れるも、刀を握れば、その冷や汗を蒸発させるような熱が胸の奥から溢れだす。
(ああ、ああ、わかってるよ。俺の心よ。わかってるさ。上ッ等だ。この糞ったれたシュールなモンスターめが)
そうだ。強くて結構。世の中に強いモンスターがいればいるほど浩一は己を高められる。
殺すことに集中できる。技能を体得し、高みへ昇ることができる。今までがそうだったのだ。
今だって変わらない。ならばやることはいつだって決まっていた。
『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ』
包丁片手に床を跳ね、宙を跳ぶ鬼児。
(俺の首へ一直線かッ!!)
モンスターらしい、技術の一切が感じられない直線的な攻撃。
それは多くの学生達を恐れさせる殺意に塗れた軌道だ。
――普通の学生ならば、ここで身体が竦み、殺される。
だが、皆が恐怖に思うものでも浩一には心地がよい。
誤魔化しようのない命のやり取りがここにはある。それが
生物であるなら避けられない恐怖が心を犯しに来るも、『
いや、否だ。消えてはいない。心に灯る戦意の隣にひっそりと
「ははッ! わかりやすいぞモンスターッ!!」
命を直接狙いに来る直線軌道に浩一の身体が対応する。まるで浩一の身体が足を広げた
そうして包丁鬼児のさらけ出された
『――――――――――ッッッッッ!?』
驚愕。表情にありありとそんなものを浮かべ。包丁鬼児は、ぎゃ、と断末魔の叫びを上げた。
心臓を一突きに破壊されたのだ。
「ふッ!」
月下残滓を操り、浩一は串刺しにした鬼児を器用に宙へと跳ね上げた。
身体から刃を抜かれ、ところどころに赤の混じった銀色の血液を撒き散らしながら鬼児は宙へと放り出される。
人間ならば絶命するような傷を受けようと、モンスターに未だ息はある。
地につけば力尽きるまでに先程と同じ争いを起こせるだろう。
だが、浩一は駆け出している。そして空中にいるうちにその
苦痛に歪んでもなお愛らしい首が切り落とされ、べちゃり、と真っ二つになった身体が地面へ落下する。
『ぉ、ぎゃ、あ……』
首と胴体が分断された赤ん坊型のモンスターはびくりと痙攣すると、力尽きたように全身の力を抜き、絶命した。
No.0036857 包丁鬼児[new]
耐久:B 魔力:E 気力:C 属性:無
撃力:A 技量:B 速度:B 運勢:D+
武装:鋭い生体剣 強靭な皮膚
報奨金:790G
入手アイテム:生体基盤(八十六年式)
これほどのモンスターを一対一で倒してもSランクのアリシアスと同パーティーのため、単位入手報告はない。
「やっと終わりましたわね」
月下残滓を鞘に収めた浩一に話しかけたのは赤煉瓦の壁際にアンティークな椅子を取り出して戦いを眺めていたアリシアスだ。
手を出すつもりがないのか、浩一が戦闘を行っている間、アリシアスはこうやって座って待っていることが多い。
「だいぶ悪趣味なモンスターだったな」
「生体剣型のモンスターはシェルター外の廃墟街で人の行動を模して襲ってくるモンスターらしいですわね」
学園都市のダンジョンに放たれているモンスターは基本的に
だからオリジナルとなったモンスターはきちんと別の場所に存在している。その起源をきちんとアリシアスは知っているようで、浩一に解説してくれる。
「赤ん坊の姿で油断させて、ということか?」
「ええ、ただ人の住めない廃墟にこんなものがいたとしても騙される者はいなかったようですが……さて、ぐずぐずしてないで先へ進みますわよ。未だ十九階層も中途ですし」
アリシアスと話しながらも今の戦いの手ごたえを確認していた浩一は歩き出そうとするアリシアスを「待て」と引き止めた。
戦闘中に気づいたことをアリシアスに確認しておくべきだと判断したのだ。
今気づいたことを相談するなら
「アリシアス、周囲にモンスターもいないみたいだし少しいいか?」
「はぁ? 構いませんが」
応えたアリシアスは浩一の口ぶりからほんの少し
超高等な作業をたったの一動作で行なった少女に浩一は改めて人外を見る視線を向けるが、アリシアスはただ言ってみろ、と顎で指図するだけだ。
実のところ、魔力操作に全く詳しくない浩一が見た上での一動作は真実ではない。
また、結果のほうも効果を正確には見抜けていない。
ただ過去の経験から、なんとなくそういったモノがあるんだなぁという程度のものだ。
これは指先一つ、つま先一つの精密なる身体の動きと体内、外界含めた魔力操作等々、複数の要素を見事に操れるSランク
もっともこれは簡単な衝撃で霧散してしまう
ただ、ある程度の秘匿性を保てるものであることは確かである。
とはいえそういったことをアリシアスは懇切丁寧に浩一に説明してやる気はなく、浩一もわざわざ馬鹿丁寧に聞き出そうとは思わなかった。
ただ両方の認識に、この会話は学園の
―――もっとも八院だから許される行為ではあるが。
監視を妨害するなどダンジョン法では許されていない。
今現在、彼らの探索を監視しているこのダンジョンの担当技官が、八院であるアリシアスに気を使っているから許されているのだ。
で、あるから多用していると文句じみたお小言を技官の上司の上司あたりからアリシアスは言われることになるし、あんまり長いと監視装置に備わった魔力放出端子で結界を破壊されるから本当に小話限定の行為だ。
「で、な。
アリシアスの目線が浩一の腰にある刀に向く。
白鞘に収められた大太刀が浩一の呼吸に合わせてゆらゆらと揺れる様は、実戦に持ち出されて
「『再生破壊』か『治癒阻害』系統のスキルがついてるんじゃないかと思うんだが。どう思う」
「とりあえずそう考えるに至った経緯などを詳しくお願いしますわ。わたくしもそれを引っ張り出しただけで性能確認はしてませんし」
「ああ、そうだな。まず、だ。戦闘で刀身に体液や皮膚などがつかないことが一点。で、次に、再生スキル持ちの連中に突きを放ったときだ」
「突き、とはどういうことですの? いえ、わたくし、ある程度の武器防具並びに装飾品に付与されるスキル等は覚えてますけど、スキル発動時の状況まで網羅しているわけではありませんの」
それに、そうか、と浩一は考えながら身振り手振りを混じえて説明していく。
「えっと、大抵、刀剣で再生技能持ちに突きを放つと貫いた箇所の刃を巻き込んで再生が行なわれるんだ。オーラなんかあれば別だが、俺は使えないしな。だから、俺なんかはあんまり突きを多用した戦闘は行なわないんだが。さっきの戦闘なんかじゃ、
浩一様、と呆れた声で止められる。
「ごちゃごちゃしてて非常に解りにくく、不鮮明です。伝えたいときは簡潔に、結果のみでお願いしますわ」
「あ、ああ。えっとだな。さっきの包丁鬼児を突いたら
「最初からそれを言って下さいませんか……はぁ、とりあえず
アリシアスが呆れた表情で言えば、浩一も自分の説明下手に地味にへこむ。
「ほら。早くしてくださいませ」
「あ、ああ」
アリシアスが染み一つない柔らかな手のひらを浩一の目の前に突き出せば、浩一は慌てて月下残滓の柄をアリシアスの指輪型PADに触れさせた。
そして目の前に浮かんだウィンドウに月下残滓のセキュリティを解除するパスワードを入力する。
「浩一様は技官系の
浩一とアリシアスの目の前に巨大ウィンドウに表示され、大量のアルファベットや数字が流れ出す。
これは先程の戦闘で月下残滓が記録した包丁鬼児との戦闘データだ。
一流の研究者や鍛冶師などはこれにPADや迷宮管理からの情報を重ねることで、戦闘そのものを追体験することができたりもする。
なので基本的には信頼する研究者以外にこういった情報を学生が開示することはない。
「資格は戦闘系含めて一切持ってない。だからコードを見せられても全く理解できないぞ」
「どうすればそんなに威張って言えるのか理解に苦しみますわ」
呆れた顔をしたアリシアスにジト目で睨まれ、いや、しかし、などと見苦しい言い訳を重ねた浩一は諦めたのか、そう褒めるな、と言いながら胸を張ることにした。
「はぁ…………理解に苦しみますわ」
とりあえずその辺に座っててください、と冷たい視線で態度を示し、浩一の前でアリシアスは作業に入るのだった。
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