第15話「行方不明者」
「いい話だね~」
「いい話だけど……なんかしょっぱいものが欲しくなるわね。アンタの
「の、惚気話……」
凛奈は苦笑した。陽真との思い出を話すと、いつも自分の惚気話に変わってしまうのだ。しかし、それほど二人は幼い頃から数々の大切な思い出を積み重ねてきたのだ。
「さてと、そろそろ作戦会議始めましょうか」
哀香がぱちんと手を叩き、話題を切り替える。蓮太郎は連携プレイの如く、テーブルの上に印刷してきた資料を並べる。凛奈はその隣に醤油せんべいの袋を置く。お望みのしょっぱいものだ。
「ネットで色々調べてきたよ。プチクラ山の噂のこと」
凛奈と哀香はテーブルに並べられた資料に目を通す。その中の一枚に、過去の行方不明者の発覚を知らせる新聞記事があった。
「ほら、森に入ると行方不明になるって言ってたでしょ?」
「噂ではね」
「うん。でも本当にいたんだ。プチクラ山で過去に行方不明になった人がね」
「え?」
次に蓮太郎は一枚のメモ用紙を見せる。何人かの名前と、その人物の特徴が事細やかに記されていた
「さらに深く調べてみて、ネットで実名が公開されているだけの人をリストアップしてみたんだ。全部で四人いた」
蓮太郎はメモ用紙の名前を指差しながら説明する。
「そのうちの二人は僕らがもう知ってる陽真君と副会長だった」
「うん」
凛奈が真剣な眼差しで、『浅野陽真』の文字を見つめながら頷く。
「それから残りの二人、一人は『
蓮太郎はその男性の顔写真をメモ用紙の上に置く。優しそうな好青年の雰囲気の顔だった。
「そしてもう一人、あっ……」
蓮太郎は最後の一人の写真をテーブルに置こうとした途端、何かを思い出したかのように手を止める。
「どうしたの?」
「えっと……」
蓮太郎は写真を見せてもよいかどうかを迷っているようだった。
「いいわよ、変に気を遣わなくたって」
哀香の表情からは、先程の笑みが幻想だったと思えるように光が消えていた。
「……うん」
蓮太郎は静かに写真をテーブルに置く。薄い黒髪のミディアムヘアーの少女の写真だ。こちらに向けて素敵な笑顔を向けている。
「黒田優衣……哀香の妹さんだよ」
「え!?」
凛奈は声を上げて驚き、哀香を見る。
「……妹は3年前、プチクラ山のキャンプに行って行方不明になったわ」
哀香は誰もいない清水家の庭を眺めながら呟く。哀香は優衣の失踪にひどく心を痛めていた。それから警察が捜索を諦めるのと同時に、彼女の存在を心の奥底にしまい込んで忘れていた。妹がいることは他人には秘密にしてきたのだ。
凛奈は掘り起こしてはいけない記憶を見てしまったかのように、心に罪悪感を浮かべる。
「……ごめん」
「別にいいわよ。もう過去のことだもの」
哀香は先程から凛奈達に顔を合わせようとしない。話していながらも、顔はずっと上の空だ。
「ねぇ蓮君、そういえば副会長もプチクラ山にキャンプに行ってたって、行方不明のポスターに書いてあったよね?」
「うん。そしてこの豊さんも、失踪当時プチクラ山にキャンプに行っていたんだ。多分優衣ちゃんと同じタイミングだね」
「三人とも同じなんて、偶然には思えないよね?」
「うん、やっぱりプチクラ山には何かあるね」
凛奈と蓮太郎は行方不明者の写真をまじまじと見つめる。確認できる事実はあらかた示した。後は行動あるのみだ。
「よし! 何が何でもみんなを見つけよう!」
「あぁ!」
「哀香ちゃんも!」
「え?」
哀香は凛奈の方を見る。
「頑張って優衣ちゃんを捜そう!」
「何言ってんのよ。もう3年も経ってるのよ? 警察ですら見つけられなかったのに、私達が見つけられるわけないでしょ? それに、生きているかどうかもわからないのに……」
「でも、まだ死んでると決まったわけではないでしょ? 少しでも可能性が残ってるなら、賭けてみるべきだよ」
凛奈は哀香の手を優しく握る。
「大好きな人のことは忘れちゃダメだよ。もう一度捜してみよ?」
哀香は凛奈の輝く瞳を見つめる。観念したかのようにため息をつく。凛奈は時として、どんな屁理屈を並べても打ち負かすことのできない前向きな心をぶつけてくる。
「アンタってほんと図々しいわねぇ」
「えへへ……」
「決まりだね」
凛奈達は再び行方不明者の捜索を続行した。どれだけ話し合ったところで、できることは足を動かし、目で捜すことだけ。それでも見つかる可能性が少しでもあるのなら、彼女は何度でも足を踏み入れる。
「待っててね陽真君、絶対にあなたを捜し出してみせるから」
凛奈、哀香、蓮太郎の三人は大きく足を踏み出してプチクラ山の入り口を通り抜けた。
ここはとある城の大広間。一人の少女が椅子に座り、腕を頭の後ろに回して足を組んでいた。ドレス姿であるため、端から見ると淑女として実にはしたない。だが、彼女にとっては、その目線の考え方が非常に不愉快だった。今日も己の人生に絶望している。
「はぁ……」
ため息を一つこぼす。それは、窓の外から覗き込む夜の暗闇に消えていく。今日も外に出られなかった。両親の目が以前より鋭くなっている。自分が城を抜け出そうとすると、すぐに感づいて連れ戻される。おかげで最近は外の大地を踏みしめていない。
あの感触が好きだった。自然と心も体も一つになったような、心地よい気持ち。剣を握って戦い、飛行機の操縦幹を握って空を飛び、馬に乗って草原を駆け回った。数々の感動をもう一度味わいたい。
だが、現実というものは無慈悲なものである。この頃毎日退屈だ。彼女は天井を見上げながら、外に出ることを夢見る。このマンネリとした気持ちを受け取ってくれる者は、この城には誰もいない。
一人を除いて。
キー
彼がドアを開けて大広間に入って来た。
「どうしたアンジェラ、ため息なんかついて」
「あら、アーサー! ここに来たってことは、今夜もやってくれるの?」
アンジェラという名前の少女は、彼を見つけるとあっという間に笑顔を取り戻し、椅子から立ち上がって彼の元へ駆け寄る。
彼女の目の前に立つアーサーという名前の男。どうやら騎士のようだ。背中に赤いマント、茶色の軍服のようなものを身にまとい、腰には大きな聖剣を携えている。
「俺が来た途端に急に元気になったな……ていうか、あれはお前の仕事だろ?」
「別にいいじゃない。誰が祈ったってどうせ一緒よ♪ ねぇ、アーサーお願い! 今夜もあなたがやって!」
何かをお願いするアンジェラに、アーサーはひどく呆れた様子だ。
「昨日も俺がやったじゃねぇか。祈りを捧げるだけだろ。面倒くさがるなよ……」
「嫌だ~! ねぇ、お願い♪」
アンジェラは潤んだ瞳で上目遣いをする。この上目遣い、一体何度目だろうか。アーサーは観念したかのようにため息をつく。彼女のわがままには、なぜか勝てる気がしない。
「しゃーねーなぁ……」
「やった! ありがと~! そろそろ時間だからよろしくね。私先に寝るから。おやすみ~♪」
アンジェラは大広間のドアを開けて最後に付け足す。
「あ、明日もよろしくね」
バタンッ
大広間のドアが閉じられる。一人取り残されたアーサーは再びため息をつく。呑気なお嬢様だ。とても全国民が慕っている女王様とは思えない。
「やれやれ……さてと」
気を取り直し、アーサーは大広間の奥にある巨大な神様の石像の前に立つ。ズボンのポケットから聖典を取り出し、開いてページをめくる。所々付箋が貼られたり、マジックで付け足しの文書が書かれた聖典を、アーサーは次々めくる。
読むべきページを見つけると、それを見ながら心の中でその言葉を唱える。声に出しては読まないのだ。祈りは心で捧げることによって、より真意が込められたものとなり、神様に届く。
これは、毎晩アンジェラが行っている祈りの儀式である。彼女は最近この儀式をサボり気味であり、近頃特別親しくなった騎士のアーサーに押し付けている。彼はしぶしぶ承諾するのだが、だからといってこの儀式が面倒なわけではない。
この城では、神様に祈りを捧げることは大切なしきたりなのだ。それに、神様に祈りを捧げると、不思議な安心感に包まれる。この心地よさが気に入り、毎晩彼はこの大広間に来る。そのせいでアンジェラに目をつけられ、儀式を代わりにするよう押し付けられるようになったのだが。
「……」
まただ。心地よさと共に胸に降りてくる謎の歯がゆさ。一体何なのだろうか。ここで祈りを捧げるようになってから、毎晩この胸の痛みに襲われる。
祈りは神様との距離を近づける行為だと聞いている。それが何か関係があるのだろうか。アーサーには分からない。とにかく心が苦しがっているのだ。自分がここにいてはいけないような背徳感も抱いてしまう。
「一体何なんだ……」
心の中で何かが出たがっている。それが何なのかはわからないが、自分は何か大切なことを忘れているような気がしてならないアーサー。儀式を終えると、彼は無理やり苦しみを振り払い、大広間を後にした。
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