煉獄原城魔王召喚編 第四幕 天下大乱の幕開け その二

 これが、昨夜、別府隼人が島津家と交わした「密会」のほぼすべてである。


 結局サルの息子は薩摩におるのかおらぬのかどちらじゃ、と甲板から炎上する原城を眺めていた信長が問うてきた。わかりません、と別府隼人。


「どっちでもよかったんです。その噂を口実に一気呵成に幕軍が薩摩に攻め入ってくる、と思ってもらえれば」


「いい加減なハッタリじゃの。儂を薩摩に受け入れたら、いよいよ幕軍が攻めて来るではないか」


「いえいえ。大坂城で徳川になすすべもなく敗れた秀吉の息子と、本能寺から不老不死者の如く蘇ってきた天下の覇王・織田信長公とではその『威光』の目映さは桁外れです。計算通りに調略が成功したのも、すべては信長公という巨大な存在のおかげですよ。それに、信長公が生き延びた今、九州はもはや『天下大乱』の戦国時代に戻りましたから。幕府の求心力は低下し、九州の外様藩の足並みはバラバラ。こんな状況では、さしもの知恵伊豆も薩摩攻めなんて簡単にはできませんよ――島津公も、そこは計算してくれるはずです」


 今、信長と四郎、森宗意軒もりそういけん、別府隼人は、生き延びた一揆衆の一部とともに島津の旗艦に乗っている。一揆衆のうち、乗船可能な者はことごとく島津船団に収容された。


 大転輪丸には、水野勝成みずのかつなりとその家臣たちが分乗している。

 ただし武蔵だけは、信長の護衛役として無言で侍っていた。


 隼人は(あの信長公と宮本武蔵が目の前に並んでいる……!)と気づくと、声を失った。彼は今、有り得ない光景を見ている。


「天草に着いたら風呂に入れ、武蔵。お主、臭うぞ。その歳で嫁がおらんのじゃろう」


「……我、恋慕の道に思いよる心なし」


「まったく、おかしな奴じゃな」


「あのう。どうして水野さまの船に乗らなかったんですか、魔王?」


「四郎よ。ありゃ、誰がどう見ても儂が乗っている織田軍の旗艦に見える。水野の船じゃしのー、いちばんでかくて頑丈じゃし。故に、幕府の水軍は遮二無二大転輪丸を狙って攻めて来る。要は囮よ。囮。ところがほんものの儂はいまだ敵か味方かもはっきりせぬ島津の船にちゃっかり隠れておるというわけよ。鬼日向も儂の囮役を務められて本望であろう。わはははは!」


 この人、ほんとうに魔王かも……と四郎は呆れた。


「宗意軒。モヤシ小僧。見えるか、有明湾の彼方のあの巨城が。なーんか儂の建てた安土城に似ておるが、熊本こそは九州の臍ぞ。あの城は、いわば中京における稲葉山城じゃ。鬼日向と武蔵を先鋒として、なんとしても熊本城を獲りたいのう」


「あれこそは、亡き加藤清正公が築きし日本一の名城にございます。清正公は豊臣秀頼とよとみひでより公を庇い続けたため、江戸柳生の刺客に暗殺されたとも。外様の加藤家は幕府に改易され、今では細川忠利ほそかわただとしが城主となっております」


「例のキンカンの孫か。ならば調略は無理じゃな、くけっ!」


「さ、西郷隆盛ですら落とせなかった堅城ですから、簡単には獲れないですよ、信長公。薩摩を本拠ととして、確実に熊本城を奪取できるよう手を打っていきましょう」


「モヤシ小僧、西郷とは誰ぞ。うぬは悠長すぎる。儂はもう四十九じゃぞ。稲葉山城攻めのように七年も八年もかけられるか」


「す、すいません。ところで宗意軒さん。由井正雪さんたち間諜軍団はどこへ?」


「この天下大乱の炎を九州で留めておいてはならぬ。みな、すでに日本各地へ散らせておる。九州の如き巨大な火薬庫はなくとも、あちこちに火種は燻っておるでのう。信長公の再臨を知れば、各地で続々と野望に火を付けられた連中が立ち上がる。その火種を炎上させるために、由井正雪たちが暗躍する!」


 こういう人外の化生の類いは儂は苦手なんじゃがな、背に腹はかえられん、と信長はぼやいた。


 しばらく揺られているうちに、山田弥九郎が、信長たちのもとにはせ参じていた。


「右府どの。細川水軍は、熊本へ逃げ帰った模様。黒田水軍は内紛を起こしていて、追跡してきませんでした。まもなくわれら、天草に着きもす」


「弥九郎とやら。儂は、天上天下唯我独尊よ。官位はすべて朝廷に突き返したでな。とうの昔に、『前右府』よ」


「それでは、どうお呼びすれば」


「あー。そういえばみな、そのことを面倒がっておったのう。官位なんぞ儂ほどの大英傑ともなれば無意味なものよ。『殿』『信長公』『魔王』から適当に選べ」


 山田弥九郎はいよいよ困惑した。奇矯なお方であるという伝説は聞いておりもしたが、天下を盗っておきながら官位を放り投げるとは破格の英傑にも程がありもそう。されば、わが殿は島津公のみ。殿とは呼べないので、「信長公」と呼びもす、と告げた。


「デ、アルカ。無難じゃな。『魔王』のほうが響きがいいと思うがのう」


「い、いや、さすがにそれは遠慮しもす。それより、そろそろ四郎どんの名前を変えていただかねばなりもさん。キリシタン一揆の首謀者を島津公に会わせたり、鹿児島住まいを公認したりするわけには」


「……わかりました。私はすでに魔王に仕える身です。魔王に決めていただきます」


「本名を名乗ればよかろう。天草四郎時貞は仮の名じゃろう? 娘、本名はなんと申す」


「……おとき、です」


「では、男装を解いておときと名乗れ。あーあと、モヤシ小僧とここで祝言をあげい。主君の儂直々に仲人をやってやろう、泣いて喜ぶがよいぞ。今より四郎、お主は『別府おとき』じゃ。甲板に寝そべっていられるのもあと少しじゃ、急ぐぞ。断れば二人とも武蔵に斬らせる」


「「え、ええええええっ!? どうしてっ!?」」


「どうもこうもあるか。悪久に斬られれば仕舞いじゃ。さっさとくっつけい。そもそも儂は家臣同士で縁組みさせて、情やらなにやらで家臣どもをがんじがらめにさせるのが趣味でのう。ほれ。謀叛とかしづらくなるじゃろう? キンカンの娘を長岡に嫁がせたりのー。ああ。長岡とは、先々代の細川のことな。まったく、キンカンの阿呆が、細川との縁を頼りに本能寺で暴れ腐りおって……! あの世渡り上手の細川がキンカン如きの突発的な謀叛に乗るようなタマか!」


 女子との接近を禁じられている島津の若い武士たちにはお稚児趣味がありもすので、おなごに戻られた上で身を固められたほうが安全かと、と弥九郎も祝言を勧めてきた。


 なにがなんだかわからないうちに、別府隼人と四郎こと本名おときは、船上で夫婦にされてしまっていた。


「あ、あのう、信長公。こういうのは長い時間をかけてゆっくりと……」


「未来人は悠長じゃな。すでにお前は戦国の世に生きておる。うじうじグダグダと迷うて

おるうちに人生はあっという間に終わるぞ、うつけが。武蔵ほどにお前が強ければ、話は別じゃがな」


「う、うう……す、すみません、おときさん……信長公の命令には俺は逆らえません……そ、それに、鹿児島で完全に過去を消すいい機会です。おときさんの身はかなり安全になるかなと」


「……は、はい。ほんとうは島原で散っていった皆さんのために生涯を修道女として過ごしたいのですが、すでに棄教してしまった私です。ふつつか者ですが、どうかよろしく……こ、これでほんとうにいいんでしょうか、魔王?」


 浮世は夢じゃ、ただ狂えばよい、と信長はカン高い声で笑っていた。

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