煉獄原城魔王召喚編 第四幕 天下大乱の幕開け その一

 別府隼人べっぷはやとは昨夜のうちに、島津家を自ら調略していた。


 薩摩から出撃した島津軍本隊が、幕府に警戒されて島原上陸を許されず、天草に留められていたことはすでに書いた。


 とはいえ、島原しまばらに薩摩兵を一兵も上陸させないとなれば、いよいよ島津家と幕府の関係がこじれる。


 このため、松平信綱まつっだいらのぶつなは妥協策として、島津家の家老・山田弥九郎有栄やまだやくろうありなが率いる千人の島津先鋒隊だけの島原参陣を許可し、戦場の片隅に配置していた。


 この山田弥九郎は、関ヶ原の戦の折に東軍に追い詰められた島津軍が伝説の「敵中突破」を敢行した際、猛勇を振るって島津義弘を守り抜いた伝説の勇将である。いわゆる薩摩伝統の「郷中教育」の基礎を作った者も、この山田弥九郎だ。万が一にも島津が異心を起こせば、僅か千人であろうとも幕軍を大混乱に陥れることができる。関ヶ原以来、島津の徳川への恨みは募っている。故に、松平信綱は戦場に島津軍を繰り出さず、軍議にも山田弥九郎を参加させなかった。


 島津陣に通された別府隼人は、早速「信長公がご帰還された今こそ、関ヶ原の恨みを晴らす時です」と弥九郎に説いた。弥九郎はもう老境に入っているが、心身ともに頑強そのもの、全身是武人といった凄まじい迫力を放つ男であった。なにしろ、関ヶ原で島津義弘を退却させるためにことごとく敵中で玉砕していった伝説の退き陣部隊の生き残りなのだ。


「おいが山田弥九郎にごわす。~●×△□●×□●□●□□●×●~●×△□●×□●□●~□□●×●●×△□●×□●□●□□●×●~」


「す、すいません! 薩摩弁はわかりません! ええと、に、日本語でお願いします……俺はその、未来から来た日本人でして。すいません!」


「ならば、下手くそで申し訳なかですが、江戸言葉で話しもそ。おいはいまだ、あの退き陣のこつば忘れられんど。毎夜毎夜、関ヶ原で散っていった薩摩の輩たちが夢に出てきもす。叔父上を守るために見事に討ち死になされた島津豊久公をはじめ、一人また一人と倒れていった薩摩隼人どものこつを思うと、今でも涙が止まりもうさん。う、ぐ、ぐ……」


「……や、山田さま……ううっ……」


 別府隼人も、「関ヶ原」での島津の凄惨な「退き陣」は何度も映画やコミックで見聞して追体験している。思わず、山田弥九郎の涙に釣られて泣いた。本気の男泣きだった。弥九郎たち島津家臣団は、この、なにを見ても「うわーこれがほんものの島津家かー」「強そうだなあ」「みんな身体が大きい。江戸時代末期とは体格が違う。凄いなあ!」と喜んでいるばかりの怪しい若者にはじめて好意を抱いた。


「じゃっどん、今や豊臣を滅ぼした徳川の力は圧倒的。われら島津藩士一同、臥薪嘗胆の思いで何年でも『機会』を待ち続ける覚悟でござった。島津の武士すべてを剽悍な薩摩隼人として育て、知と武を磨かせ、徳川が安穏と平和を満喫している間に薩摩一国は鎌倉武士以来の『真』の武士としての力を蓄え続ける覚悟でありもした」


「知っています。信長公は五十年の過去から原城に呼ばれました。俺は、二百年以上の未来から。これより約二百年の後、俺が知っている歴史では、薩摩藩は江戸徳川幕府を倒します。朝廷の帝を奉じて、武力討幕に成功することになっています」


「……二百年の後……誠でござるか、それは?」


 島津家の家臣団一同、未来から人間が来るものだろうか、と首を捻るが、現に織田信長おだのぶなが公が年を取ることなく現れている以上、嘘だとも言いきれない。

「はい。しかしそれは、この島原の乱が幕軍に鎮圧された場合の歴史です。信長公が帰還された以上、すでに歴史は違う方向へ分岐しています。かつて足利尊氏あしかがたかうじは、畿内を追われた後に九州で戦力を整えて、再び畿内へと上洛し覇者となられました。島津家は今、織田信長公という『神輿』を手にすることができます。織田信長公こそ真の天下人にして、徳川を討つ大義名分です。大島津と信長公が手を握れば、討幕の歴史を二百年、前倒しできます」


「たしかに信長公を擁せば、九州に割拠することはできもそ。じゃっどん、上洛すっためには、九州の臍となる熊本城、そして本州に蓋をしておる毛利が邪魔になりもそ」


「はい。ですから二百年後の討幕戦では、薩摩と毛利が同盟を組んで、ともに幕府軍を倒すんです。互いに、関ヶ原で徳川に煮え湯を飲まされ、以後もえんえんと幕府から謀叛を疑われて嫌がらせを受け続けている外様の大藩同士。関ヶ原の恨みは、二百年、晴れるどころか募るばかりです。今、毛利と結んで京の帝を押さえれば、その二百年をなかったことにできます」


 山田弥九郎の顔色が変わった。関ヶ原で西軍と東軍の二股をかけて日和ったあげく、最後まで総大将が大坂城から出てこなかった毛利家に、島津家の武士たちは憤慨しているらしい。というか、理屈を唱えるばかりで実践力が伴わない毛利家を気風的に信頼していない。


「いや、別府どん。関ヶ原で日和見して家康に天下をむざむざ与えてしもうた毛利とは、手は組めもさん。長州者は怜悧なれど、決断力がありもさん。毛利公は、へたれ者にごわす」


「……だ、ダメかあ……坂本龍馬さかもとりょうまさんだったら、説得できるんだろうけどなあ……どうするかな……」


 逡巡している時間はない。明朝、「奇襲攻撃」がはじまる。その予定はもう変更できない。信長たちを一人でも多く海上へ逃がすためにも、島原から信長たちの身柄を「薩摩」へ移すためにも、島津との同盟は絶対に成功させなければならない。


 窮した別府隼人は、「奥の手」を用いることとした。

 一か八かの賭けである。殺されれば、その時はその時だ。自分の舌先には憧れの信長公と、そして可憐な天草四郎の命がかかっているのだ。


(どうせ俺はなにをしても這い上がれない世界で虚しく死んでいくはずだったんだ。俺のこの寛永年間での嘘のような人生は、「夢」みたいなもの、最後に誰かが俺にくれたおまけのようなもの。だったら、信長公や四郎さんたちのために、精一杯生きて死のう)


 薩摩の示現流の太刀を浴びて瞬時に絶命できるのならば、本望。


 あ、でも、拷問されてじわじわとなぶり殺しにされるのは嫌だな、痛いなあ……嫌だなあ……そうだ。なるべく、瞬殺してもらえるように過激に「脅そう」、と隼人は決めた。

 隼人はとびきりの小心者だが、炎上する原城に召喚されて織田信長と邂逅して以来、どこか頭のネジが飛んだままになっている。あるいは、悲劇の運命を背負っている四郎の美しさに惑っているのか。


「それでは、この件は秘しておくつもりでしたが、仕方ないですねえ。島津公はかつて、密かに大坂から落ち延びてきた豊臣秀頼公を匿っていますよね? それこそ、なにかあった時に神輿として担ぎ上げるために。家康公ご存命中はお目こぼししてくれたでしょうが、大坂の陣が終わった直後に家康公は亡くなっています。二代将軍秀忠は必死になって秀頼公を狩っていましたから、執拗に薩摩に間者を放ち続けてきて、島津公は頭を抱えておられますよね? その秀忠よりもさらに臆病な今の将軍家光に秀頼公の件が発覚したら、島津は改易どころでは済みませんよ?」


 すでに公然の秘密ですからここで俺を斬っても秘密は守れませんよ、は、は、は、と隼人は震えながら虚勢を張って笑ってみせた。


 むろん、島津が徳川秀頼を匿っているという「伝説」がこの世界では「真」か「偽」か、まったくわからない。丁半博打である。が、どちらでも同じだ。「噂」はすでに出回っているはずなのだ。


「明日この島原で信長公を見殺しにすれば、次は秀頼公狩りが大々的にはじまります。島津家の秘密主義、薩摩藩の二重鎖国も、九州に来ている老中・松平信綱に打ち破られますよ。細川、黒田、鍋島の大軍をもって。秀頼公がいようがいまいが、同じことです。要は、島原が片付いたら次は薩摩ということです」


 小僧、おいら島津を脅すか!? と島津家臣団が殺気立つ。

 だが、山田弥九郎は「秀頼公狩りを口実に、知恵伊豆が一揆衆を蹴散らした勢いで薩摩に攻め込んでくるか。現に知恵伊豆は、島津本軍を島原へ入れようとせず、天草に留めておりもす。これは、島津を徳川幕府の敵とみなしているからこそ。有り得ることでごわす。これは一本獲られたでごわすな」と笑顔で彼らを制止した。


「明日、乱戦の中で信長公をお救いしもす。この山田弥九郎、武士に二言はござらぬ。ただし、おいに約束できるのは、そこまで。すべては天草で藩主・島津家久公に決めていただきもそ。われらが藩主は家老をお手討ちにするような極悪人にござって、家臣団からも裏では『悪久公』と呼ばれておりもす。信長公も別府どんも殺すやもしれもさん。お覚悟はおありか」


「あります! なにがなんでも生き延びようとしておられる信長公には、ないかもしれませんが……まあ、他に原城から生きて脱出する方法はありませんから……あ、でも、四郎さんだけは許していただけませんか? も、もう、キリシタンから転んでいまして、決して布教とかしませんから。お願いします!」


「薩摩では、一向宗とキリシタンはご禁制。キリシタン一揆の首謀者は薩摩に入国できもさん。ただしすでに現在の一揆衆は『織田軍』になっておりもす。見逃す故、四郎どんは名を変えられよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます