煉獄原城魔王召喚編 三幕 原城脱出戦 その七

 松平信綱本陣を襲撃していた「決死隊」が、包囲網をことごとく破ってついに信長のもとに辿り着いたのである。


「信長公! 知恵伊豆を取り逃がして申し訳ござらぬ。水野勝成が、お救いに参りましたぞおおおお! ともに向かいましょう、合流地点まで! 露払い役は、この鬼日向と!」


「――この武蔵が務めまする。松平伊豆守を撃ち損じしこと、お詫びのしようもござらぬ。かくなる上は直接信長公にお見せいたす。わが二刀流の『殺人剣』を――」


「すまぬのう武蔵どの! わが水野兵の半数はお主が指揮せよ! だが戦況はあまりに不利じゃ。今いちど、剣客として剣を振るってくれぬか!?」


「言うに及ばず」


 水野勝成。宮本武蔵。勝成と古くから戦場を駆けてきた、百戦錬磨の水野軍団。

 みな、血みどろになっていた。どれほどの敵兵を斬ってきたのか。


「おお! 縦横に暴れい。鬼日向よ、武蔵よ! 二人合わせて、『鬼武蔵』じゃな! 儂のために血路を切り開くのじゃ!」


「「御意!」」


 信長率いる「退却軍」は、一個の塊となって島原の大地を駆けた。

 弾を浴びせても、一揆衆の男たちが次々と壁になって、信長には届かない。

 撃ち終えた瞬間に、水野勝成と武蔵が、騎馬兵を率いて幕軍鉄砲隊へと突進し、次々と彼らを斬って落としていく。


 二刀をその人間離れした豪腕で自在に操る武蔵は、まるで四本の腕を操っているかの如くだった。四方から打ちかかってきた敵兵を、的確に、そして瞬時に一息で斬り倒す。腕力頼みではない。信じがたい精緻巧妙の剣だった。この男は人外の阿修羅じゃ、と信長は呆れた。これほどの男がまともな禄も得られずに流浪の人生を過ごしておったとは、徳川の世とはやはり人間を活かさぬ封建の世よ、「人は己の能力と才覚と野心こそすべて」という儂の世造りを否定し血筋と門閥の世に逆行させおって、狸の一族め、と舌打ちせずにはいられない。


「あと少しですぞ、信長公!」


「お待ちください、父上……! 父上より家督と福山藩を継ぎしこの水野勝俊が、ここを通しませぬ! 徳川に仕える譜代大名として……!」


「勝俊じゃとっ? ええい、なぜ逃げなんだっ?」


「……御老中に掛け合い、父上の出奔の罪を取り消していただくためです。降伏してください、父上」


「それはできぬ! わが主君は信長公のみ! 生きておられた以上、再び旧主に忠義を尽くす。それが俺という男よ! 家康にはもう、さんざん尽くしたわ!」


「……では、この勝俊を斬れますか」


「う、ぐ、ぐ……」


 想定外の事態となった。

 福山藩・水野勝俊軍が、最後の最後に信長たちの前に立ちはだかったのである。


「父が息子を斬る。かぶき者とはいえ、情の厚い水野どのには酷であろう。この武蔵が、斬ろう。我は父に何度も殺されそうになった。父子の修羅場には、慣れている」


「ちょ。む、武蔵どの? お、お待ちを……! 信長公、俺にはどうしても……これ以上の我が儘を倅には……! き、斬れませぬ……! ぐぬぬ。俺はどうすれば……!」


「鬼日向。うぬも年じゃな。鬼武蔵なら、ゲラゲラ笑いながら自分の息子であろうが立ち塞がる者は斬っただろうがな。いや、あやつの外道ぶりはそのような甘いものではなかった。卑劣にも、人質に取って盾にして逃走に利用するか……」


 その手がございますな、と森宗意軒が膝を打っていた。


「武蔵どの。殺さずに、その者の捕縛を。できますかな?」


「心得た。十手術ならば、幼き頃父から学びましてお手の物にござる」


 水野勝成は「天下の武蔵どのには勝てるはずもありませんね」と苦笑し、「家臣たちよ、抵抗をやめよ」と軍団に明示ながら剣を放り投げていた。自分を盾として用いて逃げてください、と父に目で告げながら。水野勝成は、泣いた。


 信長たちが到着した先は、原城の末端に位置する浜辺。

 黒田軍の水軍が海上を封鎖しているが、この黒田水軍は「始祖官兵衛の夢再び」と野心に火を付けられて立ち上がった黒田忠之が機能不全状態に陥らせている。家老の黒田三左衛門は今、うかつ者の主君を諫めようと必死になっているが、黒田軍は陸海ともに主君派と家老派とに二分して身動きが取れない状態だ。故に、この隙に海路より脱出できる。


 なぜならば、黒田水軍の艦隊のみならず、海上には――。


「あの巨船ですぞ、信長公! あれが、俺が幕府の法を無理矢理に破って築いた巨船、『大転輪丸』じゃ!」


「デアルカ、鬼日向! あれ一隻だけでもかなりの人数で逃げることができるのう、うわははははは!」


 かぶき者の水野勝成が「巨船建造禁止など、俺の知ったことかよ」とばかりに建造した大転輪丸が、信長たちを待っていたのである。


 そして、その大転輪丸を守るかの如く、海上に陣形を組んで「守り」を固めていた船団の姿があった。黒田水軍ではない。

 そう。

 本隊の島原参戦を許可されず、およそ千名のみの先鋒隊だけの参戦を許可されていた薩摩島津家の船団だった。


「信長公! 急いでください! 一人でも多くのお味方を乗せてください! 大転輪丸と島津の船団に分乗し、天草へ向かいます! そこで薩摩藩主を説得して、同盟が成立すれば一路鹿児島へ!」


 島津旗艦の甲板には、未来人・別府隼人の姿があった。

 別府隼人は、昨夜のうちに間諜たちの手引きを受けて自ら島津の陣へと乗り込み、直談判を果たしたのである。そしてそのまま、「俺はそれじゃ島津方の人質になりますね」と島津兵とともに海に出て信長たちを待っていたのだ。


「……父上。私はこれまでです。父の分まで、幕府に忠義を尽くします。また、尽くさねばならなくなりました」


「勝俊よ。これより先は敵味方じゃな。しかし、徳川がそなたを誅しようとしたならば、その時はいつでも信長公のもとへ来い。忠義に殉じることはないぞ」


「信長公への忠義に殉じようと暴れ回っておられる父上に言われましても、説得力が」


「俺はかぶき者だからな、わっはっは!」


「人質」として加わっていた水野勝俊は、この時に解放された。父子の別離である。

 父親が殺しても死なぬような化け物というのも面倒なものじゃの、と信長は蒼天を見上げながら呟いている。信長公のお父上は病で若死にされたんだった、と別府隼人は思いだしていた。


「その点、儂の倅どもは信忠、信孝、信雄をはじめ、おおかた死に絶えておるじゃろうな。気兼ねせずに、暴れられるわい」



「知恵伊豆」松平信綱は、九死に一生を得て幕軍壊乱を水際で阻止した。立花宗茂と武蔵の勝負は、「間一髪、伊豆守に逃げられた、武蔵どの! お手前は無駄死になされるな、一軍の将として戦う時は今じゃ! ともに切り抜けるぞ!」と乱入してきた水野勝成によって水入りとなったが、「島原の乱」の勝者は鍋島勝茂の再度の寝返りによって幕軍と定まった。


 とはいえ、完勝には程遠い。もはや戦う以外に道がなかった松倉・寺沢の両藩主は、恨み骨髄の一揆衆に集中攻撃を浴びて討ち死に。信長と裏で手を組んだ松浦重信と、とにかくかつての領民を殺したくない有馬康純は戦線に加わらぬまま「領国を守ります」と帰国。黒田家は当主と家老衆がなおも揉め続け、当主の忠之が兵の半ばを率いて福岡城へと舞い戻ってしまった。早く戻らにゃ家老の三左衛門たちに城を奪われるタイ、と言い捨てての無法な所業である。かろうじて戦場に踏みとどまっていた細川忠利も、「信長公に逃げられた! もう終わりだあ! あのお方は蛇みたいに執念深いんだ、再び野戦をやったらこんどこそ殺される。熊本城へと巣ごもりするう!」と言いだして、戦線から離脱。


 このような有様では、原城から出てきた一揆衆を根切りにする余裕など、幕軍にはなかった。生き残った一揆衆の面々は、信長と天草四郎の脱出を見届けて歓喜の声をあげ、暴れるだけ暴れるとそれぞれ戦場から離脱し、一斉に逃げ散っていった。小笠原忠真と立花宗茂が、「逃がしておきなされ。もはやキリシタンを狩っている場合ではなくなり申したぞ」「今や幕府の敵は、キリシタンにあらず。冥界より蘇りし織田信長公にござる」と進言したことで、松平信綱も「その通りだ」と追撃戦を諦め、「自称」織田信長の捕獲に全力を注いだのだった。


 今やその魔王織田信長は、あろうことか徳川の「天敵」島津家への合流を果たした。

 しかも幕軍本陣へと決死の斬り込みをかけていたはずの水野勝成とその精兵たち、さらには宮本武蔵までが、生きて信長のもとに到達したという。


「――信長公が、島津の手引きで落ちたか……」


「これは一大事ですなあ。水野勝俊の処遇はいかがいたしますか、知恵伊豆どの」


「父親には逃げられたが、彼自身は幕軍方としてよく戦った。そもそも今、水野勝俊や黒田、松浦たちの罪を問うている余裕は幕府にはない。むしろ、水野勝俊には西国の守りの要としていっそう幕府への忠節を貫いてもらわねばならん。あの者の性分ならば、貫くだろう。当方は水野家に借りをひとつ作った」


「では、上様への報告はすべて事後承諾ということで、よろしいですな」


「事態は風雲急。拙者は上様より白紙の朱印状を得ている全権上使である。江戸からの下知を待っていれば、いよいよ後手後手に回る。これ以上の戦線拡大は許されぬ」


 松平信綱が内心もっとも恐れていた事態が、現実のものとなった。幕軍は戦には勝ったが、勝負に敗れた。


 この日より九州は、戦国の世へと逆戻りしたのだ。


「必ず討ち取る。ほんものであろうが偽者であろうが、天下太平の徳川の世に織田信長公がいてはならぬのだ――徳川幕府は、戦乱に倦み疲れた日本に『戦なき世』を保証することこそが存在意義。なればこそ、豊臣家を強引に攻め滅ぼす暴挙も許された。乱世の覇王の跋扈など、絶対に徳川の世では許されぬ」

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