煉獄原城魔王召喚編 三幕 原城脱出戦 その二

 翌日、早朝。

 原城の城門が、一斉に開かれた。


 まだ霧が晴れない島原の大地に、幽鬼のようにやつれ果てたキリシタン一揆勢の群れが、ぞろぞろと行進を開始していた。

 先頭には、伝説のかぶき者・水野勝成。


 水野軍団以外の一揆勢には、とても戦える余力などなさそうに見える。飢えているのだ。織田信長公が偽者だったという事実を水野勝成が暴きたて、城内を「降伏論」でまとめ上げたという。森宗意軒も天草四郎も、捕らえたという。

 

が、果たしてほんとうなのか。

 投降する一揆勢を出迎える幕軍の将兵たちは、(投降は誠か、偽りか)(絶対にこちらから撃つなと厳命されているが)(もしも連中の投降が偽りならば)(先手を打たれる)と固唾を呑んでいた。とはいえ、一揆勢にはもう、戦う余力は残っていない。戦えば、幕軍の一方的な勝ち戦。むごい虐殺劇となるだろう。暴れるために参戦している雑兵はいざ知らず、まともな武士ならば二日続けての百姓衆根切りなど御免被るというのが本心だった。家を乗っ取られた旧主・龍造寺家の死霊に憑かれた鍋島勝茂なべしまかつしげのように祟られそうだ。


 みな、(頼むから大人しく降伏してくれ)と念じていた。

「幕軍諸将よ! 織田信長公と天草四郎を捕らえて連れて参った! こちらに!」


 七十を過ぎた老人とは思えぬ大声で咆吼する水野勝成の左右に。

 黒い馬に乗った、織田信長。

 白い馬に乗った、天草四郎。

 忌まわしい二人の「邪宗門魔人」が、馬を進めてきた。

 信長の背後には、一揆勢の軍師・森宗意軒らしき老人が付き従っている。


「幕軍のひよっこども、ようも儂の前に立っておられるの! その無知故の蛮勇、褒めてつかわす! 儂が前右府、第六天の魔王織田信長デアル!」


 織田信長公が、声をあげた? 話しかけてきた? 待て。この魔王の如き迫力。この殺気。なにやら、ほんもの臭い。黙らせねばまずいのではないか、と最前線の幕軍兵たちがざわめく。が、松平信綱は「先に撃ってはならぬ。捨て身の戦法だ。信長公を射殺すれば、一揆衆はおそらくその瞬間に投降を拒否されたと絶望して襲いかかってくる」と全軍に自重を命じる。


「貴様らは、知らぬだろうのう。信仰心に凝り固まった連中が結束した宗門一揆の恐ろしさというものを。儂は伊勢長島で痛いほどに味わっておるのでな。本願寺のために戦って死ねば極楽往生間違いなしという顕如坊主の戯れ言を真に受けた伊勢の門徒どもは、それは手強かったわ! きゃつらは、死ぬために戦っておった! お家大事の武士などとはまるで別物よ! まともに戦っては織田家の武士を失うばかり。徹底的に包囲して干殺して門徒どもが衰弱したところで投降を呼びかけ、誘いに乗って城から出てきた門徒どもに種子島の弾を浴びせてブチ殺す。それが儂の取った策デアッタ。儂は、戦に勝つためならいかような詐術でもやってのける故。が、しかし――!」


 きゃつら、騙されていたと知った瞬間、切れおった。ここで全員死ぬる、極楽へ行くのだとわめきながら、儂の本陣めがけて殺到してきおった。


「いやあ。ブチ殺されたのは、こちらのほうであったわ! 死を恐れず突進してくる門徒どもを舐めておった! もはや暴れる体力など残っていないはずが、強いのなんの。撃っても撃っても、斬っても斬っても儂の首を目指して向かってくる! 賢明なる儂は咄嗟に逃げたが、織田家の一族郎党が、片っ端から門徒どもに討たれたのデアル! 儂が信頼しておった、わが兄弟たち。信興。信広。秀成。信成。他にもまだまだ伊勢長島の門徒に殺されたぞ。思えば織田家の衰退も、長島で宗門一揆を舐めておった儂のやらかしが発端よ」


 それほどに、飢え絶望し死ぬことのみを救いとする門徒たちは強い。武士階級に収まって生きていれば勝ちというお前らは「死にとうない」だろう? こやつらは違う。


「キリシタンも、一向宗と同じでのう。死ねば、ぱらいそへ行ける。宗門というものは、恐ろしい『武器』じゃわい。世界中に植民地を作りまくったイスパニアとポルトガルの侵略速度とその強さは、キリシタンの信仰心の強さ故。狸が恐れたのも、一理ある! さあ行け、徳川に虐げられしキリシタンども! 第六天の魔王、仏敵信長が保証する。キリシタンの敵を薙ぎ払えい! そして、死ね! それがうぬらの功徳よ。しかして儂の如く再臨せよ、復活せよ! 儂を生き延びさせよ、織田信長の王国を日本に再び築きあげてやろう! キリシタンも仏教徒もともに生きられる、元亀天正の日本を取り戻してやろう! うぬらの犠牲によってな!」


 まずい。まずい。これは……水野勝成は……やはり……!

 幕軍が、一斉に浮き足立つ。


「お、お待ちください、信長公! 天草四郎が、一揆勢の皆さまに申しあげます。こちらの信長公はほんものです。ですが、『神の奇跡』によって再臨されたのではありません。すみません、信長公。やはり、私、皆さんに嘘をついて死なせることは……できません!」


「デアルカ。やはりのう。ならば言いたいことを言え、天草四郎」


「私は昨日、原城での地獄図絵に耐えられず棄教しました! でうすは、原城に奇跡を起こしてくださいませんでした……! 冥府魔道に堕ちて、あんちきりすとと契約し、悪魔るしふぇるを召喚したのです! 幕軍を追い払う力を、神ではなく、悪魔に求めたのです! ですが、にわか仕込みの術式は不完全なものでした。現れたのは『魔王』違いの織田信長公だったのです! すでにこの一揆は、キリシタン一揆ではなく、信仰を捨てた私の『私戦』……! 一揆衆は、私に騙され謀られた人々なのです! 水野さまは、どうか信長公を連れて血路を開き、お逃げください! 私は、幕府に降伏し、処刑していただきます……! 松平伊豆守さま! すべては一揆衆の総大将である私の責任です。私の首と引き換えに、どうか一揆衆の皆さんの命を保証してください……!」


 阿呆な娘よの、一揆には投降を呼びかけて、儂には血路を開けと申すか、そんな都合のいいことができるか、と信長が呆れながら四郎を睨んでいた。が、その表情は怒ってはいない。四郎は、信長に斬られることを覚悟で「真実」を告白した。しかし、斬られなかった。


「理屈は無茶苦茶じゃが、お前のその愚かなまでの正直さ、純粋さは、坊主やパードレの言葉よりも強烈に輝くのう。さすがは天草島原の一揆衆を束ねた天草四郎じゃ。告白すると信じておったぞ。すべては、儂の計算通りよ」


「……えっ?」


 四郎のもとに行軍を続けていた一揆衆は、この四郎の「告白」を聞いて奮い立った。


「四郎さま。われらのために」


「でうすへの信仰を捨ててまで、われらを救おうと……」


「転ばれてなお、あなたさまは聖人、神の子ですじゃ」


「四郎さまのそのお涙こそが、織田信長公が『ほんもの』である証!」


「ついに、でうすの奇跡は起きず。しかし、四郎さまは奇跡を起こしたのじゃ!」


「織田信長公がほんものならば、必ずや作ってくださいましょう。キリシタンが人間として生きることを許される国を!」


「われらが武器を捨て、百姓として静かに生きられる国を!」


「天主の隣に南蛮教会が立ち並び、南蛮商人やパードレが日本人とともに港町を往来する、あの懐かしき黄金の日々を再び……!」


「たとえぱらいそへ行けずとも、われらは」


「四郎さまと信長公をこの死地より脱出させるため、散ってみせましょう!」


 水野勝成が、「そうじゃ! 俺はここを死に場所とする! こんどこそ、信長公をお救いするために! わが生涯に悔いを残さぬために、燃え尽きてみせようぞ!」と叫びながら幕軍の最前線へと馬を駆って突進する。


「みな、行け! 幕軍へ、かかれえええええっ! 狙うはただひとつ! 老中松平伊豆守信綱の首のみぞ!」


「うおおおおお!」


「死ね、死ねえええええええっ!」

 ほうれ、全員死兵となった、伊勢長島と同じになった、と黒馬に跨がった信長が「得たり」とばかりに笑みを浮かべた。


 幕軍の最前線は、「わっ」と崩れた。

 殉教のために戦う死兵の集団。武士の戦とは違う。信長が伊勢長島で味わった恐怖を、こんどは幕軍が味わう番だった。


 しかも、その死兵たちを率いている総大将は、あの織田信長公!


「……あ、あ……そんな……み、みんな……どうして」


「信仰の対象は、目に見えぬ神仏だけデハナイ。むしろ、生きている聖人こそが必要よ。なにしろ、みな、内心ではわかっておる。見えぬ者とは存在せぬ者だということをな! 故に、一向宗には、顕如坊主。この一揆には、天草四郎。生きた聖人の言葉こそが、連中を殉教のために戦う死兵に変える。まだ死にたいのならば死ぬるがいい、小娘。儂は姑息であろうが卑劣であろうが連中を贄に生き延びて、キリシタンも仏教徒も生きられるわが王国を築いてやろう。もっとも、この儂を神として崇める『織田信長教』門徒を優遇するがの! またぞろ摠見寺を建て直しじゃ、うわはははは! どうする?」


「……私は……私は」


「生きてわが戦いを見届けるのならば、ともに来るがよい。お前が死ねば未来から来たモヤシ小僧が落胆してやる気をなくすだろうからの。あやつは、お前に惚れておる。故に、足りない勇気を無理に振り絞っておる。健気なものよ。しかも、自分では気づいておらぬ。条例がどうこうのと、妙な念仏を唱えてお前との間に壁を設けようとしてまでのう。どうにも未来とは面倒な世界であったらしい。この世界に、未来の条例だの法だのは関係あるまいに。阿呆な男よ」


「……隼人さんが……?」


 でしたら……私は、償えない罪を背負いながらも、生きられる限り生きようと思います、と四郎は嗚咽しながら呟いていた。

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