煉獄原城魔王召喚編 三幕 原城脱出戦 その一

水野勝成みずのかつなりからの返答は、以下の通りです。我、織田信長おだのぶなが公の真偽を確かめるべく敢えて寝返って原城に潜入せり。しかるに織田信長公は真っ赤な偽者であった。その正体は、一揆勢の軍師・森宗意軒もりそういけんの一族。総大将たちを討たれたため、最後の秘策として苦し紛れに織田信長公を騙ったまでと判明。我、夜間のうちに偽者の織田信長公と天草四郎あまくさしろうを捕らえ、一揆勢の士気をくじき、彼ら全員を率い城を出て降伏する。刻限は明朝――我に従い投降する者はおよそ一万五千。くれぐれも攻撃は控えられよ。『この場では』投降した全員を助命すると約束なされい。降伏を許されず幕軍に撃ちかかられば、百姓たちが暴発して手に負えなくなる。処分するのならば、一揆衆を小分けにして各地に移してから、隠密に行うべし」


 松平信綱まつだいらのぶつなのもとに、原城へ送った使者が戻ってきたのは、深夜のことだった。


 水野勝成のこの「返答」を信用していいものかどうか。


 松平信綱は悩んだ。「織田信長公が偽者であったから天草四郎ともども捕らえて原城を開城する」「一揆衆全員を城外へ連れ出し、投降させる」。つまり、今日のような悪夢めいた強引な原城攻めを回避できるということだ。幕軍方からこれ以上の犠牲者を出すこともなくなった。


 だがこの話は、あまりにも幕軍にとって好都合すぎる。かえって怪しかった。

(しかし、水野勝成は名うての猪武者。このような策謀を自ら考えつく御仁ではない)


 夜の本陣に立花宗茂たちばなむねしげ小笠原忠真のおがさわらただざね二人を呼び出し、意見を問うた。


 立花宗茂は、ともかくこの陰惨な一揆衆との戦争に倦んでいた。武士と武士同士の堂々の決戦ならばともかく、二日続けての「百姓根切り」など御免被る、という思いが強い。また、水野勝成の旧主であれば、彼の性格は熟知している。


「あのご老人に、手の込んだ陰謀は無理だとは思いますが。旧小西家家臣の牢人・森宗意軒とやらも、小身の身。神君家康公の従兄弟・水野勝成とは面識などありますまい。勝成は神仏を頼まぬ男で、キリシタンとの交際などござらぬ故。手柄自慢したがる男なので言葉に多少の誇張はあるでしょうが、すべてが偽りという可能性は……」


「いやあ。ないとは言いきれませぬぞ。織田信長公がほんものであれば。わはははは!」


 小笠原忠真は、糠漬けを二人に勧めながら「ひょうげた戦になりましたな」と事態を笑い飛ばしていた。


「織田信長公は、卑怯卑劣な手段を用いてなにがなんでも勝ちを収め、負け戦からは我一人で逃げだそうとするお方だったとか。なぜか本能寺では妙に諦めがよかったようですが、これは、明智光秀あけちみつひでほどの者が相手では逃げられる可能性はない、と瞬時に判断されてのことだったとか。勝成の申し出、すべてが嘘ということも」


「小笠原どの。織田信長公がほんものならば、謀略かもしれぬが。ほんものであるはずがない。私はこの目で見ている。年齢がまったく合わない」


「拙者は本陣より動いておらぬが、天草四郎も絶世の美少年と聞いている。織田信長公似の美男子を捜し出してきて、落城寸前に出してくる最後の切り札として原城に置いていたという可能性は考えられる。織田信長公が自領でのキリシタン布教を許可し、安土にセミナリオを、京に南蛮寺を建てるなどして、キリシタンと南蛮人にとことん甘かったことは、周知の事実。とりわけこの九州のキリシタンどもには、キリシタンを保護し仏教を破壊した伝説の名君と崇められている」


 それは事実です。伊勢長島では二万人の一向宗門徒を焼き殺したそうですからね、私などにはとてもついて行けぬ陰惨な話ですが……と立花宗茂が頷いた。


「ふむ。ですが知恵伊豆どの。そんなうまい手があるなら、最初から連中が偽織田信長公を一揆の首謀者に担ぎ上げていてもおかしくないはずですがなあ」


「立花どのの申す通り、年齢的に勘定が合わず、話として嘘臭すぎる。少し探られれば、偽りであることはすぐに露見する。苦し紛れの最後の一手だったのでは? 今の追い詰められたキリシタンたちならば、『神の奇跡が起きた』と四郎が叫べば信じてしまう」


 小笠原忠真は「織田信長公の名前が出てきた以上、水野の爺さんの言葉を安易に信じないほうがよろしかろう。きな臭い話ですぞ」となおも疑うが、松平信綱は「将軍家光公からは、原城の一揆衆は虫一匹とて生かしておくなと命じられているが、彼らと正面から斬り合えば今日以上の犠牲が出よう。ほんとうに勝成が原城を開城させられるのであれば、幕軍の武士たちの犠牲を減らせる。それに、これ以上偽織田信長公を生かしておくのがもっともまずい。頼みの細川忠利どのはとても使い物にならぬし、こんな異常な戦が長引けば長引くほど九州一円の外様大名が動揺する。明朝、投降させよう」と決断した。


「小笠原どの。水野勝成の申し出を蹴れば、あやつは立腹して誠に一揆衆に加わってしまいましょう。あやつを相手にすれば、どれほどの死人が出るかわかりません。承知しました。明日はこの立花宗茂、万一のために伊豆守さまをお守りいたす」


「立花どのは人を信じすぎる。危ういですぞ」


「私はそれで結構。人を信じぬ領主が、民をこれほどまでに怒らせこたびの一揆を招いたのでござる、小笠原どの」


「それでは、それがしも立花どのとともに知恵伊豆さまをお守りしましょう。いやあ、それにしても悪い予感がしてなりませんなあ」

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