煉獄原城魔王召喚編 二幕 原城攻防戦 その八

「キンカンめ。家光め。儂が築きつつあった絢爛たる海洋交易国家・黄金の国ジパングを、ようもこのような息苦しい灰色の島国にしてくれたものよ! そもそも石高制とはなんじゃ。家臣への俸禄は、銭で払うべきではないか。今時、米なんぞで経済が回るか! 日本全土を草深い三河にしおって、狸が! 儂は幕府を潰すぞ、小僧! そして、儂が再び日本の王となる! この儂が王であれば、キリシタン如きに国を奪われるはずがない! ポルトガルもイスパニアもオランダもイギリスもことごとく儂の掌の上で転がしてくれるわ!」


「ええと。将軍家光の生母は、お市さまの娘さんのごうさんです。信長公の親戚にあたるわけですが、いいんですか?」


「構わぬ。顔も知らぬ孫世代など、儂の中では一族に数えぬ。一族として数えるのは、三法師までよ。だいいち、キンカンの手下の乳母が養育したのじゃろ。春日局とかなんとか言う。性根を叩き直そうにも、もう手遅れじゃ」


 これより「全世界の歴史」を儂が改竄する、と信長は宣言していた。


「おい森宗意軒。お前、オランダ語も明語も話せるのよな。採用。キンカンの後釜として、軍師にしてつかわす」


「は、ははっ! 有り難き幸せ!」


「あと、未来人を名乗るモヤシ小僧。うぬの未来知識、幕府相手の戦に使える。サルの後釜として、下僕にしてつかわす」


「森さんは軍師で、俺は下僕なんですかあっ?」


「破格の待遇じゃぞ。うぬは、わが息子に似ておるでな。ひいきしてやっておる」


「ええ? 俺が、信忠さまに、ですか?」


「阿呆の信雄によう似ておる」


「酷いっ!」


「鬼日向は、権六の代わりに戦場で使うてやる故、存分に戦えい」


「仰せの通りに!」


「天草四郎は、しばしの間棄教したことを原城の門徒たちには隠し、引き続きキリシタン一揆を率いる演技をせよ。お前ら全員今から魔王教団の門徒な、でうすなどどこにもおらんぞ、ありゃ嘘だなどと連中に告げたら反乱が起こるのでな。いずれこの一揆衆がキリシタン蜂起軍であることは『なかったこと』とするが、なに、長崎のポルトガル人を味方に引き入れるためにも、うぬは有用よ。ルイス・フロイスの後釜として、家臣にしてつかわす」


「……は、はい……で、ですが……それでは、原城に集っている皆さんを騙すことに……なりますが?」


 一揆の最中に総大将が宗旨替えなんぞすれば、信仰の力で盛り上がっておる百姓どもの士気はガタガタになり、内部分裂が起こる。黙っておれ、さもなくば儂ら全員助からん、味方の百姓どもになぶり殺されるわ、と信長は四郎に厳しく言いつけた。


 四郎はなおも「それは……私を神のこと信じて立ち上がってくださった皆さんを騙しながら、戦わせて死なせることに……そんなことは」と抵抗するが、森宗意軒と別府隼人が四郎を必死で説得した。


「でうすの救いが訪れなかったことも、四郎さまを邪宗に転ばせたことも、すべてこの宗意軒の罪ですじゃ。四郎さま、なにとぞ生き延びてくだされ。信ずる宗門が変わろうとも、島原天草の民が幕府の圧政に抵抗するために蜂起したことは事実。生き延びて、必ずや幕府を転覆いたしましょうぞ」


「四郎さんのお気持ちはわかります。でも、騙そうが騙すまいが、みんな幕軍に殺されるんですよ、四郎さん! そう『正史』で定められているんです! だったら、たとえわずかな数でも生き延びるための手段を取るべきです! 信長公と四郎さんさえ生きて原城を脱出できれば、再起は可能です! 混血児は全員国外追放だなんて法がまかり通るふざけた歴史を変えられますよ! キリシタンだって、禁教を解かれます! 信長公はそういうお方です!」


「無論じゃ、小僧。奴らは海の向こうからたんまりと新兵器や財宝を持ってくるからのう! もちろんどれほどキリシタンが増えようとも、武具を取っての蜂起なんぞさせん! イスパニアが日ノ本を植民地にするなど、不可能よ! この儂が率いる日本水軍をこそ、世界史上最強の水軍部隊として育て上げてやる故! そのためにも、南蛮人紅毛人の造船知識や軍事知識は必要不可欠よ――」


「ほら。信長公は日本史上最強にして最高人気を誇る大英雄なんですよ、四郎さん。信じましょうよ、信長公を」


「おう、儂を信じよ。功徳があるぞ。儂は伊勢長島で痛い目に遭ってきたのでのう。信仰心に凝り固まっておる百姓どもを騙すなど簡単じゃ。『我こそは誰よりも一向宗門徒を殺した仏敵・第六天魔王にして、でうすの遣いデアル。諸君もでうすのために戦って殉教すれば儂のように再臨できるぞ、安心して迷わず戦うのだ』と連中の前で顕如の声色を用いながら言い張ってやるわ。これで飢えきった一万五千の死兵は、一晩限りじゃが、十万の戦力に大化けするわい。くっくっく」


「……は、隼人さん……この人……ほんものの魔王なのでは……人の心がありません!」


「つ、つ、ツンデレってやつですから! あ、未来語なんでわからないですよね? すみません。信長公は、口では憎まれ口を叩きますけど、けっこう優しい人ですから! 俺は信長公のことならなんでも知ってるんですよー。家老の平手久秀ひらてひさひでさんが信長公のうつけぶりを嘆いて切腹された時に、信長公がどれだけ悔やんで泣いたかとか」


「やめんか! なんでそんな話を知っておる、貴様! だがまあ実際、儂ほど家臣に甘い主君もおらんぞ。家臣に優しすぎて、弟に謀叛されたり妹婿に謀叛されたり弾正に謀叛されたりまた弾正に謀叛されたりいちばん信用しておった有能家臣に焼き殺されたりしたがのー」


 一刻後に主立った面々を集めい、我こそはでうすの遣いと宣言する演説をぶつ、しかし儂は丸焼きにされたばかりで疲れておるので少し寝る、と信長は四郎が用いていた天蓋付きのベッドに倒れ込んで、たちまち寝息を立てていた。


「……すでに多くの仲間が倒れ、明日にはさらに……許されるならば、私はみなとともに死にたいです、隼人さん。でも……棄教者である私には……殉教する資格も、ないんですね……」


「し、四郎さん。四郎さんの罪じゃないですよ。あなたはまだ子供です。それこそ森宗意軒さんたちに担ぎ出されただけじゃないですか」


「いいえ、誰にも無理強いされてはいません。私自身が選んだ道です。棄教して外法に身を委ねたのも、私自身の選択です」


「外法も邪法もないですよ。キリシタンや百姓を苦しめるこの圧政から、人々を解放したい。その動機は、間違っていません。るしふぇるではなく織田信長公が召喚されたのは、四郎さんのその祈りが通じたからだと思いますよ。俺はその、偶然巻き込まれただけだと思いますけれど。お、大勢の人が死んでいるのに、いまだに実感がなくてすみません……あまりに非日常過ぎて」


「……いえ。こちらこそ巻き込んでしまってすみません、隼人さん」


「いいんです! 俺の人生も、二十代にしてもう煮詰まってどうしようもなくなっていましたから! 俺が暮らしていた未来の日本は、いろいろとどん詰まりだったんですよ! 民主国家とは名ばかりで、上級国民と下級国民に分断された逆転不可能な階級社会、しかも人口が減る一方の超高齢化社会。俺たち若い世代は、貯金もできず結婚もできず。俺の憂さ晴らしといえば、せめて想像力を戦国時代や幕末に飛ばしての趣味の歴史小説投降くらいでして。それだって、史実とあそこが違うここが違うと叩かれるばかりでストレス源に……ストレスというのは、ええと、精神的苦痛ってことです。だから、こんな地獄のような戦場に呼ばれたことは怖いし悲しいんですけど、とても不謹慎なんですけど、個人的には少しだけ嬉しいんです」


「嬉しい?」


「だって、こうしてほんとうに江戸時代初頭に来ることができたんですから。俺は、完全に行き止まりになった世界で生かさず殺さず蟻のように働かされて、虚しく一生を終えるはずでした。それが今はこうして、憧れの織田信長公にお仕えできて、四郎さんとも出会えました! 俺が知っている『正史』の四郎さんとはちょっと違いますが、世界線は違えどご本人ですからね! どうせ死ぬなら、最後くらい自分なりに、誰かのために頑張ってみたかったんです。四郎さんの運命は、必ず変えてみせますよ! あ。俺がじゃなくて、信長公が、ですけれどもね!」


「……不思議な人ですね、あなたは。私も、未来を見てみたいです」


「いいところもあれば悪いところもあり、ぱらいそとは程遠いですよ。医療が発達していますから、平均寿命は延びていますが、庶民はなかなか結婚せず、たとえ結婚しても子供を育てないんです。みんな、それほどに生活が苦しいんです。でも、この時代よりは『命』の危険は少ないかもですね――ただ、生きている実感は、この時代のほうが強いと思います。文字通り、死と隣り合わせですから」


「混血児は、いますか?」


「もちろんです。いっぱいいますよ! 鎖国されてないですから、この時代と比べればぜんぜん開けっぴろげです! 四郎さんが未来に来たら、きっと殿方にモテますよ! 芸能事務所にスカウトされると思います。俺なんかたぶん近寄ることもできなくて、一生口も聞いてもらえないと思います……って、すいません。こんな大変な時に」


「いえ。私が想像もつかない未知の世界が、あるんですね……私は、あなたに生き延びてほしいです。ですから……精一杯、頑張ります。ありがとうございます」


 天草四郎は、この別府隼人という未来から来た青年に、興味を抱いていた。引かれはじめていた、と言っていい。


 二人が肩を寄せ合って、「最後の夜」の語らいを続けようとしていたその時。


 ベッドに倒れていた信長が。いきなり起きあがっていた。


「一刻が経った! 腹が減ったぞ! 湯漬けをもてい、モヤシ小僧! 徳川に骨抜きにされた未来人とやらは戦も知らぬ腑抜けかと思うておったが、うぬは違うようじゃな! かような地獄の戦場でいきなり娘を口説くとは、サルのような男じゃ!」


「うわっ? の、信長公? い、いつから目を覚まされて……? あと、口説いたりしていませんから! 俺の時代では、四郎さんの年代の女性に手を出すのは条例違反で……」


「ごちゃごちゃ抜かすな。儂は目を閉じて眠りながら頭の片隅でずっと起死回生の策を練っておったわ。桶狭間の時もそうじゃった」


「結局寝ていたのか起きていたのか、どっちなんですか?」


「両方じゃ。貴様が『戦など良くないことでございます、平和はなにより尊いものでございます』などと腸の腐ったことを言っておったら、迷わず無礼打ちにしてやったところだが、どうやら貴様も大人しく畳の上では死ねぬ因果な男らしいのう。サルと同様、尋常な世では這い上がれぬ下賎の生まれか……ならば、この儂とともに狂え。退屈はさせん。一手、策を閃いた。うぬの未来知識を、儂に貸せ」


「は、はい……! なんなりと!」


 森宗意軒が「主立った面々を、すでに本陣の外に待機させております。拙者にもひとつ献策が。おそらく信長公のお役に立てるかと」と信長のもとに侍り、なにごとかを囁く。


「デ、アルカ。やはりそちは、怪人妖人の類いじゃのう。そうでなくば、キンカンの代わりの軍師は務まらぬわ。幕軍の使者はまだ城内に足止めしておるな?」


「無論。歓待の限りを尽くしております」


 ならばよし。今宵のうちにすべてを決する、と信長は豪語していた。

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